番外編4 「王子 結婚方法」①
「――家で食べる分はこのくらいでいいかね?」
花柄のエプロンに長靴、頭にはサンバイザーといういかにも農家な姿の母が言った。
「いいんじゃない?」
私は食い気味で即答した。
母が指差すカゴには山積みのさつまいもが入っているからだ。村中の人間に配っても余るくらいある。我が家には十分過ぎることは考えるまでもなかった。
そして、そのカゴの横にはさらに何十倍という量のさつまいも。1トン袋まるまる2つ分もある。
「今年もいっぱい取れたなー」
「ねー……」
私は今日という日を、1日中さつまいもを掘って過ごした。朝から夕方まで芋を掘っては袋に詰めるという作業を繰り返した。
母と変わらぬ見るからに農家の服装で、長靴と軍手を土だらけにしながら、掘って掘って掘りまくった。
そのザ・農作業の成果がこれである。ようやく運び終えた、長屋を埋め尽くすほどのさつまいも。
見ると「たくさん」とか「いっぱい」という感想で埋め尽くされる。ただひたすらに芋、芋、芋という光景。
私は匂いも景色と同じ長屋で、それをじっと見ていた。ゴソゴソと片付けを続ける母を手伝いもせずに、突っ立っていた。
今日1日の仕事量が形になっていて、見ていると達成感が心地良かったのだ――。
「疲れたなー。ほら、いくぞ。お父さんが待っとる――」
ここは、ある自然豊かな地域の農業が盛んな地区だ。こういうと聞こえが良いけど、一般的にはド田舎だとか過疎地域だとか言われる場所。
軽トラの窓からは、見渡す限り山と畑しか見えない。進む道のアスファルトも荒くて、街灯もろくに立ってない。テレビもねえ、ラジオもねえ……というほどではないけれど、あの歌と一致している箇所がいくつかある。
そんな場所に私は住んでいた……。
別に嫌と言っている訳ではない。生まれた時からここに住んでいる私にとっては当たり前の場所だし、経済的には充実している。今のご時世、田舎だってインターネットは普及しているし、宅配で最新の電子機器も届く。
穏やかな父と母の元で、のんびり田舎生活。不自由は無かった。
ただ1つ問題があるとすれば私が26歳ということだろうか。
ほとんどが50歳以上の高齢者の村で、私はピチピチの26歳。何がダメかって出会いが無いのである。
私が結婚したくてしたくてしょうがないのに、相手がいないと言っているのではない。親からも近所のおじさんおばさんからも「そろそろ結婚相手が欲しいね」と言われるのが鬱陶しいのである。
私は何も焦っていないのに、日常的に寂しい子だと扱われる場面がある。さすがに深刻な顔をされる訳ではないのだけど、笑顔でさらっと言われるのだ。
悪気が無いから言い返すこともできなくて、鬱陶しい。
結婚への不安や将来への不安なんて全く無かったのに、そのせいで最近、私は寂しい女なのだろうかとふと考えてしまうことがあった。
26歳と言えば確かに結婚を考え始めるくらいなのかもしれないし、少なくとも彼氏や身近に思い人がいたりするのだろう。添い遂げる相手を選ぶ真剣な恋愛を楽しめる時期だ。なのに私には異性どころか、身近に同性の友人すらいない。
これってやっぱり寂しいことなのだろうか……。だとしたらそれって誰が決めたことなんだろう……。
私は別に寂しくない。私本人が寂しくなかったら、つまり寂しい女ではないということじゃないだろうか。
それに……だって私にはちゃんといるのだ……運命の赤い糸で結ばれた相手が……。
畑から10分くらいで家に着くと、母がすぐに取れたてのさつまいもを料理し始めた。私も手伝おうとしたのだけど、母が「今日はたくさん疲れとるじゃろうけ私1人でやるよ」と言ったので私は父と居間でテレビを見て待った。
19時のバラエティが始まる前にはさつまいもの天ぷらがテーブルに置かれた。私はそれを1個つまみながら食卓の完成を急ぐ。
ちょうど良い時間にご飯ができた。どうでもいいニュースがやっている内にお酒も一緒にテーブルに並べよう。これから見たいテレビがあるのだ――。
もちろんさつまいもだけでなく、海老やちくわや他の野菜の天ぷらもあった。私はそれらを1つずつ口に運んで、所々で好きな味のお酒を顔を上げて飲んだ。
色んな具材の天ぷらがある中でもやっぱり一際舌をうならせるのがさつまいもの天ぷらだった。この辺りの土地はさつまいも作りに適した気候や土壌をしていて、どこでも作れるさつまいもとは全く質が違うさつまいもが作れる。
糖度がなんと10度も違う。家で取れた、取れたてのさつまいもがこんなにも甘いことは声を大にして世の人々に伝えたい。値段も安いさつまいもの数倍するが、買う価値はあると思う。
甘い甘い……。特別で深みのある甘さだ……。
食事が終わって、見たいテレビも終わると、私は一番風呂を頂いた。いつも父が私に譲ってくれるから、私は遠慮なく長風呂をした。芋掘りで疲れた身体をしっかり癒さなくてはならなかった。明日も農作業があるのだし……。
寝るまでの準備まで片付けて、私は2階にある自室に入った。明日までにやるべきことは何も無い。明日以降の不安も全くない。気持ちの良いプライベート時間への以降だった。
とても幸せだ。なんだかんだこの瞬間以上のものはない――。
部屋に入るとまずは、私が習慣にしている儀式を始めた。
まず私の部屋の壁の真ん中に貼られているポスターの前に正座で座って、そのポスターを満足がいくまでずっと見つめる。
そして、心の準備ができたら、ポスターに写った1人の男にキスをするのだ。
ああ、ドキドキする。きっとあなたもいつか私と同じ気持ちに……。
「愛してるわ……私の王子様……」




