中編
前回の長々とした開戦前話を潜り抜け、次話に進んでくれた方、本当にありがとうございます!
今回からは(少なくとも作者自身は)お待ちかねの本格軍略(笑)ドンパチ合戦に突入していきます。まだまだ稚拙な文章が続きますが、どうかお楽しみいただけると幸いです。
空は清々しいまでに晴れわたり、一陣の風が平原を駆け抜ける。
軍議から数えて約8日、獣人の軍勢は両国の緩衝地点、境界平原南部のガウボローズに到着した。
小高い丘陵に布陣出来るこの地でなら、騎兵の機動力を抑えれると踏んでの選択である。直ちに辺境伯軍の軍勢が集結し合い構えの状態となったが、こちら側の指定した戦場に敵を引きずり出せたあたり、まずまずの流れだろう。
そんな軍勢の後方、仮設本部にて、開戦を目前に控えた獣人連合は最終確認を行っていた。
「斥候からの情報で敵の兵力はあらかた割り出せました。弓兵、重装兵を含む中央歩兵二万強、両翼の騎兵七千、そして予備隊と思わしき騎兵が千ほど後方に控えているのが確認できます。」
「伏兵は?」
「近隣の森林地帯にまで捜索の手は広げましたが、それらしき者は見つからなかったので心配ないかと。」
「戦場におけるイレギュラーの心配を解消できたのはでかいぞ。つまりは敵兵力約三万に対しこちらは、中央の重装歩兵一万、後方の擲弾兵六千、両翼の軽装機動歩兵九千の合計約二.五万でぶつかるってことだ。」
正確な兵数の把握、伏兵の有無など獣人の優秀な嗅覚だからこそ分かる情報は多い。戦争の基本は〝己を知り、敵を知る″こと。両軍の配置をもとに、ハルケールの脳内にはすでに戦いのヴィジョンが構築されていた。
「全体の総数ではこちらが劣っているが、実質的に騎兵と同等の動きをできる獣人の軽装機動兵のおかげで、両翼の兵力ではこちらが上だ。俺の傭兵隊の弓兵も付けて援護させる。よって今回は騎兵優勢の状況を利用し包囲殲滅を行うことにしよう。」
「流石にそれだけで騎兵優勢と判断するのは早計では?確かに胸部装甲によって防御は局所のみに絞り、その分兵の動きは大分早くなりましたが、それではいかんせん防御力に欠けています。」
確かにこんな苦肉の策も同然の部隊では誰もが不安を感じるだろう。彼自身、そのことは念頭に置いている。しかし、〝己を知る者″はだからこそ策を弄するのだ
「そのために用意したのが擲弾だ。全軍を前進させる際に、両翼近くの奴らに敵騎兵へ向けてブン投げさせる。ぶっちゃけて言っちまえば、前方の歩兵は無防備になりやすい擲弾兵の盾としての役割が大きい。」
「だから中央は硬い重装歩兵にしてあるってことかァ。」
「それもあるが、こいつらにはできるだけ耐久勝負をしてもらいたいってのが本音だな、。両翼が回り込むまで何としても踏ん張ってもらわんと困る。一方が引き付けてる間に片割れが敵側面をブッ叩く、そういう意味では鉄床戦術と言った方が正しいかもしれねーな。」
数的劣勢を覆す手段として、包囲殲滅は古代から戦術の花形だった。騎兵の数さえ勝っていれば、いかな大軍でさえ蹂躙できるため、過去多数の軍人が挑み、そして成功と失敗を繰り返している。
先人たちの思いを背に、なんて大層なことは言えないが、それでも彼らの経験はこの戦いの重要なカギであり、構成となるのだ。胸中に計略と一抹の不安、そしてそれへの解答を秘め、彼は言葉を重ねる。
「なーに、やりようはいくらでもある。万が一囲めなかったときには別の作戦をとるさ。いいか…」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
最終通達として両軍の使者による和平交渉、もとい降伏勧告が行われる。しかし、当然ながら互いに引くことはなく、両者は自陣に引き返していった。
初めから分かりきっていた結果、つまるところ一種の形式的な伝統儀礼でしかないのだ。
「良かったんですか~、これで?もう後には退けないですよ~。」
「ここまで来たんだ。殺るか殺られるか、二つに一つだ。気張ってくぞ。」
戦場に張り詰めた空気が広がる。いよいよ開戦のときだ。
両軍布陣図
辺境伯軍
森林地帯
ケーニス
↓
ーー予備隊 アルテウル卿
ーーーーーーー ↓
ーーー騎兵 ーーーーーーー歩兵 ーーー騎兵
ーーー機動兵ーーーーーーー歩兵 ーーー機動兵
ーーー ーーーーー擲弾兵 ーーー
丘陵 ↑
ハルケール
獣人連合軍
最初に動いたのは獣人連合側の軍勢だ。当初の打ち合わせ通り、両翼の部隊は中央の歩兵になるべく歩調を合わせて前進する。馬ではなく、己の肉体により高速機動を行う彼らだからこその、細やかな芸当だろう。
それに呼応して辺境伯側も前進、騎兵を特出させた鶴翼陣の形で動き出す。
しばしの怒号を孕んだ進軍の果てに、まず両翼の部隊が衝突した。敵側は重騎兵を全面に出し、その背後に騎乗弓兵を含む軽騎兵が続く編成だ。
下馬した騎士たちからの援護射撃を背に、猛然とした突撃が敢行される。対する獣人勢はその動体視力で攻撃を見切りつつ、徐々に散開してゆく。ハルケールが新たに導入した、一対多数で敵兵を各個撃破する戦法に転じるためだ。個の実力では良くて互角だった彼らだが、数で相手を上回る今ならこれで優位に立つことが出来る。
しかし、相手の勢いは一行に衰えず、激しい抵抗が続いていた。敵左翼を指揮しているのはあのレトエルス辺境伯本人、故にその士気は最高潮に達しているのだ。
かくして両翼での戦闘は一進一退の攻防が展開されていた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
一方そのころ、開戦からやや遅れて両翼に横並びとなった中央歩兵同士でも,戦闘が開始されていた。
両軍ともに、装備を纏い、防御を固めた重装歩兵で編成された部隊である。
レトエルス辺境伯はここに、信用の置けない傭兵や各地の志願兵を配置している。当初から戦力としては期待せず、最低限踏ん張ってもらい騎兵が攻撃に集中出来るようにするのが狙いである。いずれにせよ、人間の歩兵では身体能力で秀でた、ましてや明確な軍律の下に統制された獣人になど勝てるはずがないのだ。
祖父のそのまた祖父の代から言われ続けていたそんな常識を、誰しもが抱いていただろう。だからこそ、目の前に広がる光景に辺境伯側は苦笑せずにはいられなかった。
かつて伝え聞いたその恐ろしさはどこにも無く、覇気など微塵も感じない弱兵の集団がそこにはあったのだ。
思いもよらない手柄を前に、調子付く辺境伯軍。片や獣人側といえば長方盾を全面に押し出し、密集体形で守りに徹するのみ。誰がどう見ても劣勢である。しかし、獣人連合を束ねるその男の余裕は崩れない。
「うわっ、あんなあっさりと引っかかってると、むしろちょっと不安になっちゃいますね~。」
「まったくだ。愛国心にしろ功名心にしろ、つくづく不幸な連中だ。」
後方の部隊で戦場全体を俯瞰していたハルケールは、事が目論見通りに進んでいる状況に内心歓喜しつつ、それを抑え、号令を発した。
「中央以外の擲弾兵を両翼後方に展開!同時に重装歩兵は背後の丘陵の上まで後退だ!できる限り守りにのみ重点を置き、消耗を押さえろ!」
その言葉を合図に彼の指揮下にあった擲弾兵の約三分の二がそれぞれ両端に散ってゆく。それとすれ違うように中央歩兵たちは徐々に持ち場を離れあくまで潰走、の如く後ろへと引き下がってゆく。
傍から見れば拍子抜けも良いところ。獣人、恐るるに足らず!などとのたまいながら男たちの哀れな前進は続行される。逃げて、追って、そんなことを繰り返すうち獣人の軍勢は、最初の布陣地点よりもさらに後ろまで後退していた。
そのときになってやっと彼らは違和感に気づいた。妙に疲れるのだ。先ほどと比べて明らかに息使いが荒くなっており、逆に獣人の攻撃は逆に増すばかり。おかしい、奴らはただの負け犬のはずだ、そんな悔恨と疑問を募らせても、もう時すでに遅しといったところだ。
戦場における高所の優位性は非常に高い。下から攻める側は登りながらの行軍のため、その分体力の消費が激しく、上に向けて矢を射かければ威力は減退してしまう。逆に上に陣取った側は悠然と、己の攻撃を攻め手に放てばよいのだ。
かくして、自身の優位な土俵へ敵を引きずり込んだ獣人はその不慣れな演技を捨て、有らん限りの闘志を開放させる。辺境伯軍の前面を囲むように隊列が広がり、槍衾が突き出される。
思わぬ反撃にあい、一転して辺境伯側の中央歩兵は窮地へと追い込まれた。
「ガハハハハハ、ざまーみろ、市民くずれの非正規兵どもが!散々舐め腐った態度でかかってきたこと、後悔させてやるぜぇー!」
「ありゃりゃ、ハルケールさん、また荒れてるよ~。」
幸先の良い出だしに興奮冷めやらぬ総指揮官を背に、獣人の作戦は開幕を告げる。
両陣営の未来を賭けた戦いは始まったばかりだ。
前回よりは一話あたりの文字数を減らしてみました。「こんなの架空戦記でも何でもない!」と失望した方も多くいると思いますが、所詮青二才が勢いだけで作ってしまった駄文ですのでどうか平にご容赦ください。後編で一応完結なのであと少し、お付き合いいただけると嬉しいです。