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大好きです!ファルナルークさん!

 

「ね、シルスちゃん。『フクロウメガネのお月さま』って知ってる?」


「知らないです。なんですか?それ」

「指でメガネ作って、それで満月を見てみて」


「こう、ですか?」

「それでフクロウの鳴き真似するの」


 シルスは言われるままに指メガネを作り顔にあててホウホウ、とフクロウの鳴き真似をしてみた。


「……なんですか、これ」

「か……っ」


「か?」

「かわいい……」


「えっ!?これだけですかっ?」

「そう。だめかな?私は教わった時、面白いって思ったよ?」


「えー!ちょっと恥ずかしいですよお!でもファルナルークさんがかわいいって言ってくれてうれしいですっ」


『フクロウメガネのお月さま』は祖母から教わったのよ、とファルナルークが微笑んで言う。


 なんてことはない会話。

 なんてことはない時間。

 こんな事の小さな積み重ねが友情や愛情を育むのだと。

 それも、祖母の口癖だったのよ、と。


「ファルナルークさんの……おばあちゃんかあ……」


 つまりは自分の高祖母にあたる。


「どんな人だったんですか?」


「厳しくて、優しくて、おおらかで、おおざっぱな感じかな。大好きだった。剣術と体術はおばあちゃんから教わったんだよ」


「おおらかで、おおざっぱ……」

「シルスちゃんは、おばあちゃんはいるの?」


「……生まれる前に亡くなってるから、全然わかんないんです」

「そっか……おばあちゃん、シルスちゃんの顔見れなかったのか……」


 ファルナルークは知らない。


 今、こうして同じ時間を、時を超えてやってきた孫と過ごしている。

 奇跡のような時間を。

 シルスは、少しだけ泣きそうになった。


 シルスは、シェラーラが懸念する三つの禁忌全てを破ってしまった。今のところ何も起きてはいないが、未来に帰った時、何かが変わっているかもしれない。


 創造ーシュレスとファルナルークのバイト先アトラクスで新メニューを提案した事。


 破壊ーシュレスが泊まっていた宿屋のテーブルを真っ二つに割ってしまった事。


 救済ーファルナルークにかけられた三つのエルフの呪いを解いた事。


 三つの内、二つは大した事ではないかもしれないが、ファルナルークにかかった呪いを解いた事は明らかに『救済』に相当する。

 しかし、シルスに後悔の二文字は無い。


 好きになった人を、救いたい。

 自分にはそれができる。

 実行あるのみ!


 自分のいた時代に戻った時、どうなっているかが非常に気になるところであるが、済んでしまった事は仕方がない。

 しかし、シルスは真っ二つに割れたテーブルの欠片を見てふと思う。もし、この時代に来た時にテーブルが割れなければ、未来で見たテーブルの補修跡はなかった事になるのでは?と。


 つまり、テーブルが割れる事は決(・)ま(・)っ(・)て(・)い(・)た(・)事なのではないのか?と。


 ファルナルークの呪いを解いた事で、未来の何かが変わってしまったかもしれないが、それは帰ってみなければわからない。


 だが、それすらも。


 未来から過去に飛び、ファルナルークにかけられた呪いを解く事さえも、決(・)ま(・)っ(・)て(・)い(・)た(・)事なのでは?と。


 ――難しいなあ……アタマからケムリ出そう……帰ってから調べてみようかな……うーん……難しい事は後回し!今は、今しかないこの時間を大切にしよう!うん!


「シュレスさん、初対面のわたしに耳舐めさせてって言ったんですよお!ヘンタイさんですよねー!」


「……シュレス……初対面って……そうなの?」


 シルスの耳を舐めた事で探索《サーチ》レベルがあがった事は知っていたが、まさか初対面時だったとは。

 これにはファルナルークどん引き。


「だって、ハーフエルフちゃんの耳だよ!?この先もう出会えるかわかんないんだよ!?しかもカワイイシルスちゃん!フツー行くでしょ!」


「いや、フツーの人は初対面の女の子の耳舐めないでしょ……」

「ヘンタイさんの力説って、なんか説得力ありますよね……キモいですけど」


「いやいやっ、結果的にシルスちゃん早く助け出せたでしょー!?ファイスのスキルのおかげもあったしね。あっ、ファイスのコト忘れてた!ファイスもこっち来なよー!まぜてあげるからさー!」


「えっいいの!?やったねっ!オレ、ファルの隣ぃ!」


 放置されガールズトークに入れてもらえないファイスは少し離れた場所でぼんやりしていた所をシュレスに呼ばれ、犬のように喜び勇んで駆け寄ってきた。

 ファルナルークの隣に滑り込むように腰を下ろし、にかっと笑う。


「やだ、くっつかないでよっ!」

「なんだよ、ホントは嬉しいクセにー」


「嬉しくないっ!乙女だんごには入っちゃダメだからねっ」


 呼ばれはしたものの、毛布《ブランケット》に入れてもらえないファイス。

 肩と肩がふれ合うほどに距離が近いが、ファルナルークは嫌がる割りに完全拒否ではない。

 旅の初めの頃のツンツンと冷たい態度の頃に比べれば、大いなる進歩である。


 ――そういえば、わたし、おじいちゃんの名前知らないや……ファルナルークさんのお相手って……まさか……ファイスさん?聞いてみよっかな……


「ファイスさんて……おじいちゃん?」


「え!?そりゃシルスからみたらおっさんかもしんないけど、おじいちゃんてひどくないかっ!?」


「あれ……『ピー』てならないや……ちがうのかな……?」


 『わたしの』という名詞を付けていない事に、シルスは気付いていない。


『誰がおじいちゃんなのか知りたい?なにを今さら!』


 と、呆れ顔で言うシェラーラが思い浮かぶ。


 ――もう少ししたら、シェラーラに会えるんだ……話したいコト、たくさん出来たよ!


「あっははー!ファイスはおじいちゃんかー!笑えるねー!」

「オレってそんなに老け顔かー?」


 四人の時は優しく流れる。

 いつまでもこうしていられたら。

 誰も口にはしなかったが、想いは一つになっていた。


「シルスちゃん、綿ボコリどうすんの?一緒に連れてくの?」

「はい!このコ達は、わたしが立派に育ててみせます!」


「……綿ボコリって、育つの?」

「おっきくしてみせますよー!抱き枕くらいまで!」


「ニオイはなんとかしないとなー。でも、洗うとぺっちゃんこになるんじゃないのか?」

「リュックの中でスデにぺったんこです!でも大丈夫!日干しすれば復活します!」


「……スゲーな、綿ボコリ」


「夜明けまで時間あるから少し寝た方がいいよ、シルスちゃん」

 と、シュレスが気遣うが……


「えー!そんなあ!もっとお喋りしたいですよお!せっかくのガールズトークですよー?ウフフな夜ですよー?」


「まあ、気持ちはわかるけどねー。睡眠不足はお肌の大敵だし、カラダ辛くなっちゃうんだよ?ねえ、ファル?」


 いつの間にか日付は変わり、いつもなら深い眠りについている深夜の時間帯である。


「まあ、そうだけど……」


 もごもごと口ごもるファルナルーク。


「なに?自然が呼んでるとか、屁をガマンしてるとか?」と、またおバカな事を言うファイス。


「違うっ!寒いから離れたくないのっ!」

「なんだよ、シルスとくっついてたいだけじゃん」


「えっ!?そうなんですか!?」

「……寒いから毛布から出たくないのっ」


「言い直さなくても……ファルナルークさんて……カワイイですね!」

「でしょー!カワイイよねー!」


「カワイイとかいらないからっ……もう」


「じゃあ……ムチャ振りします!ファルナルークさんの歌……歌声が聴きたいです!そしたら寝ます!」


「えっ!?……シルスちゃんはいきなり過ぎだよ……」


「アタシも聴きたいなー♪」

「オレもー♪」

「ダメですか……?」


「えー?……んー……うーん……じゃあ、ちょっとだけ、ね。笑わないでね……?」


 ふう、と息を吐き。


 静かに、囁くように歌を紡ぎ出す。


 緩やかなリズムは、懐かしい子守唄のような、さざ波に包まれているような不思議な安心感で満ち溢れていた。


 月明かりの元、ファルナルークの唄でうとうとするシルス。


 ――母さんのと同じだ……


 母、メルリラの鼻唄と同じメロディをファルナルークが紡ぎ出す。


 繋がっている。

 時を超えて、繋がっている。


 ――この唄を、わたしもいつか誰かに伝えられたら……


 シルスは目を閉じて、心静かにそう思うのだった。


 ファルナルークの唄が、静かな夏の夜と、シルスの心に溶けていく。



          ◇



 やがて、東の空が白み始め、満月の下端が山の稜線に近づいてきた。

 天空には翠の彗星。その魔力の高まりを皆が感じていた。


「……そろそろ夜明けだね」


 シュレスが名残惜しそうにポツンとこぼす。


 乙女だんごの毛布を皆で片付け、リュックをごそごそとあさり出すシルス。お菓子や携帯食は無くなり、軽くなったリュックから取り出したのは旅の始めにシュレスから借りたナイフだった。


「特に何もしてませんけど準備は万端です!サクッといっちゃいますね!シュレスさんに借りたナイフ、お返しします!」


「あげるよ、それ。持っててくれたら嬉しいなー」


「お気持ちはスゴく嬉しいんですけど……切り株親分が……木は金属を嫌う、らしいんです。だから、キモチだけいただきますね!」


「じゃあ……レンタル料もらおっかなっ」


 ムフフとうすら笑いを浮かべ、すいっ、とシルスに近付くシュレス。


「耳ペロは……」ダメですよっ。と言いかけたシルスを、シュレスは、ぎゅっ、と抱きしめた。


「この先も良い旅を、ね!」


「……はい!……わたし、そろそろ行きますね!」


「包帯はちゃんと交換するんだよ!交換しないと傷口化膿して小指もげちゃうからねっ!」


「もげ……っ!?」


「……あっ」


 ファルナルークが何か言いかけたがシルスは気付かず、たたたっと切り株に駆けて行き、ぴょん、と飛び乗った。

 鏡面化した切り口からは、彗星の魔力に呼応するように魔力の粒子が蛍の光のようにちらちらと溢れている。


 ――スゴい魔力量だなあ……呪文詠唱なんて必要ないってこの事なんだ……


 沈み始めた満月がどんどんその姿を山の稜線に隠していく。

 東の空には、冷えた空気が氷の粒となり太陽光に反射し、太陽柱(サンピラー)となっているのが見えている。


 三人が横に並び迎える、別れの時。


「ファルナルークさん……あと、その他のみなさん」

「「おい」」


 思わず、ファイスとシュレス、二人のツッコミが重なった。


「お別れです。淋しいです。やっぱ淋しくないです」

「どっちだよ」とファイス。


「みなさんと過ごした夏休み……わたしの宝物の時間です!昨日の花火は最高でした!きっと、ずっと忘れません!……目を閉じれば思い浮かぶファルナルークさんの笑顔……

ファルナルークさんの寝顔……

ファルナルークさんの水着姿……

ファルナルークさんの下着姿……

ファルナルークさんの白い柔肌……

ファルナルークさんとの熱い口づけ……っ!重ねた唇の甘さはパンケーキのハチミツよりも甘くて、身体の芯までとろけそうで……っ」 


「わかったからっ!もういいからクネクネしないでっ!恥ずかしくなるからやめてっ!ていうか、口づけなんてしてないよねっ!?」


 メレディスの元で行った魔力吸引(マジックドレイン)のあられもない姿をシルスに見られなくてよかったと、ファルナルークは心の底から思うのだった。


「シルスの中では、オレとシュレスの顔は便所のラクガキレベルなんだろーな」

「そうかもねー……」


「シュレスさん!色々お世話になりました!むやみに耳ペロしちゃダメですよっ!

 ファイスさん!おんぶでダッシュ、楽しかったです!

 ルディフさんがいないのはちょっと残念だけど……もし会うような事があったらよろしくお伝え下さい!」


「シルスちゃん……ええ子やなあ」

「シュレスさん、年寄り臭いですよっ」


「前言撤回!悪気のない悪口はやめなさいっ」


 今思えば、シルスが宿を飛び出していった時点でルディフは姿を消してもよかったのだろう。大した荷物があるわけでもない。だがルディフは戻って来た。

 わざわざファルナルークにひっぱたかれに戻って来たようなものだ。

 真意は定かでは無いが、やはり罪悪感があったのではないか、とお人好しのファイスは思うのだった。


 刻一刻と、彗星の魔力が高まっていく。


 ――来た!このぞわぞわする感じ……!スゴい魔力の波だ……!


「みなさんの事、絶対絶対忘れません!一緒に旅した想い出は、ずっとずっと!わたしのたからものです!」


 鏡面化した切り株が翠色の輝きを増していく。

 呪文詠唱も魔方陣も必要ないほどの高負荷の魔導圧力。

 それに耐えられるのはやはり、エルフの血とマジクスの血の両方を引いているシルスだからこそ。


 だが、そこに……



「……シルスちゃん!!」



 突然、シルスの元にファルナルークが駆け出し、魔導圧力が高まりつつある切り株の上に飛び乗った。

 ちりちりちりっと数本の髪が焦げる音がする。


「えっ!?えっ!?ファルナルークさんっ危ないですよっ!!」


「私だけ……してない」


「えっ……?」


「私だけ……シルスちゃんにギュってしてないからっ!!」


「昨日、わたし抱きつきましたよっ!?」


「ちがうの!私が、したいのっ!」 


「ファルナルー……ク……さ……っ」


 輝く翠の光の中、シルスが言い終える前に、ファルナルークはシルスを抱きしめていた。


 ――ファルナルークさん……っ


 シルスも、ファルナルークに応えるように、きつく、きつく精一杯に、抱きしめ返した。


 二人の心に、切なく、柔らかく、温かい感情が胸の奥から沸き上がってくる。


 愛おしい、と。


「元気でね……!」


「はい……!」


 たった数秒の別れの抱擁だったが、二人には永く、とても永く感じられた。

 

 ファルナルークが切り株から離れると、さらに翠色の輝きが増していく。


 北の空に『凶星(まがつぼし)』


 南の空に『穿星(うがつぼし)』


 太陽が昇り。


 満月が沈む。


 天空の翠の彗星が妖しく輝く。


 時渡(ときわたり)の瞬間。



「大好きです!

 ファルナルークさん!

 シュレスさん!

 ファイスさん!

 大好きです!きっと、どこかで!!」


 皆に涙は無い。笑顔である。


 シュレスの目の前のテーブルから突然現れたハーフエルフの女の子。


 一緒に旅をして下さい!と初対面のファルナルークに懇願したハーフエルフの女の子。


 コイントスを取り損ねた事で、ファイスと旅を共にするきっかけを作ったハーフエルフの女の子。 


 ――シルスちゃん……

 

 ――……シルスちゃん……!

 

 ――シルス……



 シルスの全身が翠の光に包まれ、光の柱が徐々に形成されていく。


 キィィィン!


 甲高い金属音、眩い閃光と共に、光の柱が翠の彗星に向かって伸びていき……


 流れ星のような星屑の煌めき。


 それらが静かに明滅し、やがて蛍の光のようになると……


 シルスの姿は消えていた。



 三人は知っている。


 ――きっと、もう、会えない


「さよなら……シルスちゃん……」


 シュレスが小さく呟いた後だった。



 ひゅうっ!



 風切り音、そして。


 どすっ!という鈍い音。


「!?」


 シルスの姿が消えてから一瞬の後に、一振の剣が鏡面化した切り株に突き刺さった。


 漆黒の刀身に東方文字が刻まれているのが見てとれる。


 『切《きる》』と。


 魔剣、『切《きる》』


 剣の主は……


「テュアル……ユーディット!」


 ファルナルークの表情に、一瞬にして緊張が走る。


 旅の終わり、迎えた別れの時。

 しかし、そこに現れたのは。


 次話『夢が消える時』


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