4.待叶草 ~(3)
「あの、もしよろしければこれをお持ち下さい」
女は青紫色の花をつけた草を一本差し出しました。
「これは、もしや・・・・・」
「そうです。これが待叶草の雄草です。これをあなたの家の庭に植えれば、きっとお母さまのご病気はよくなることでしょう」
「ああ、ありがとうございます」
男が喜んでその草を受け取ると、
「ただし、条件があります」
「条件?」
「はい。必ず七日以内にこの花を持ってここへ帰って来て下さい。この雄草はここにある雌草と一緒でなければ枯れてしまうのです」
「分かりました。必ず持って帰ります」
「必ず、ですよ。待っています」
「はい、必ず戻ります」
男はそう言ってその場を急いで立ち去りました。
国に帰ってからその男はすぐに庭に待叶草を植えました。
しかし、病気の母親がいるなんて嘘でした。
男はただ金持ちになりたかっただけなのです。
庭に待叶草を植えて以来、男の商売はおもしろいようにうまくいきました。
お金もどんどん儲かりました。
そして、あっという間に七日間が過ぎました。
もう返しに行かなければならない約束の日です。
でも、男はこの花を返すのが惜しくなってしまいました。
「俺はもっともっと金持ちになりたい。この草があればもっともっと金持ちになれる」
そう考え、男は花を庭に植えたまま、返しには行きませんでした。
すると、その花は七日間を過ぎると、見る見る萎んでいきました。
花だけではありません。茎も葉も、あっという間にすべて枯れてしまいました。
『この草は雌草と一緒でないと枯れてしまいます』
男の脳裏に女の言葉が浮かびます。
「そうか。この草は雌花と一緒じゃないと生きられないんだ」
その日以降、男の商売は急にうまくいかなくなりました。
そして大きな借金をかかえて、病気になってしまいました。
そう。この男には待叶草の呪いがかかったのです。
「ああ、苦しい。誰か助けてくれ」
虚ろな意識の中、庭先に女の姿が現れました。
そして男にこう言いました。
「どうして帰って来てくれなかったのですか?」
「すいません。許して下さい」
「ずっと、ずっとあなたを待っていたのに」
「ごめんなさい。どうか助けて下さい」
あまりにも衰弱した男を女は不憫に思いました。
「助かる方法がひとつだけあります」
「え? それは何ですが? 教えて下さい。なんでもします」
「祈るのです」
「祈る?」
「そうです。まず、金欲や邪念を全て振り払って下さい。無心になるのです。そして待叶草と唱えて下さい」
「待叶草?」
「はい。待叶草、そう何回も唱え続けて下さい。そうすると救いの言葉があなたに降りてきます」
「救いの言葉?」
「救いの言葉が降りてくれば、あなたは助かります」
「はい!」
男は懸命に唱え始めました。
「待叶草、待叶草、待叶草・・・・・」
しかし、救いの言葉は降りてきません。
「あの・・・・・何も降りて来ないのですが・・・・」
「まだまだ信じる心が足りないのです。邪念が少しでも残っていると救いの言葉は降りてきません。純粋に、無心で唱えるのです」
「はい!」
男は再び唱え始めました。
「待叶草、待叶草、待叶草・・・・・」
「駄目だ! 何も降りて来ない!」
男はがっくりと肩を落としました。
「やはりあなたは自分の邪念を追い払えなかったみたいですね。それでは私と一緒に参りましょう」
「あの・・・・・参るって何処へ」
女は黙ったまま優しく微笑みました。
その日以来、屋敷からその男の姿がこつぜんと消えてしまいました。
死んでしまったのか、もしくは旅に出たのか。その後の男の行方を知る人はいませんでした。
ただ、庭先にみんなが見たこともない青紫色の花と赤紅色の花が並んで咲いていたそうです。