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夕暮れの陽(ひかり)【異端と異形と異常が織り成す恋愛譚】  作者: 譚月遊生季
Juillet

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第38話 choix

「……そこに、いたのか」


決意を固めてなお、ヴィクトルには迷いがあった。

アランを殺す。同胞を手にかける。亡霊に引導を渡す……。


あらゆる思考が堂々巡りをする中で、ヴィクトルはアランを探した。

見つからなければ良いのに……という考えが頭を掠めたことは、否定できない。


血潮に汚れた廊下の中、アランはいた。辺りには、かすかにミシェルの気配(ブーケ)も残っている。……が、彼女の姿は既にない。

首だけの状態で、ぼんやりと虚空を見つめるアランの姿は、屍にしか見えなかった。


「……あ?」


それでも、彼は口を開いた。


「……ケッ、今更来やがったのか」


悪態を付きつつも、彼には、既にヴィクトルの思惑が読めていた。


「ノロマがよぉ」


罵られながら、震える手でヴィクトルはアランの頭に手を伸ばす。

もう、アランは瀕死の状態だ。叩き潰せばいい。それで、それだけで、ことは済む。


「……ごめん。もっと早く、こうするべきだった」


ヴィクトルの謝罪を聞き、アランは呆れたように(わら)った。


「てめぇは最後までボンクラだなぁ、オイ」


手の震えを感じ取り、アランは重ねてヴィクトルを罵倒する。


「黙って潰せボケが。それができねぇから、いつまでも半人前なんだよ」

「……じゃあ、最後に一言言わせてもらうけど」


今までは言えなかった言葉を……

恐怖ではなく、慈悲のために噤んでいた言葉を、

ヴィクトルは解き放った。


「今の君、最高に醜いよ」

「ハ……ッ、目ん玉も最後まで節穴かよ!」


ヴィクトルの手が頭上に迫る。

盲目のアランにその様子は見えないが、彼は既に死を悟っていた。

焼け爛れた顔は、まともな表情を(かたど)らない。

それでも、吊り上げられた口角は間違いなく笑っていた。


「『最高に美しい』の間違いだろうが!」


その言葉を最期に、アラン・ルージュはすべての役割を果たした。


 ──しかと、見届けた


どこからともなく、凛とした声が響いた。




 ***




「ヴィクトル!」


誰かの呼びかけが、ヴィクトルの意識をハッと呼び覚ます。

いつ、どうやって帰って来たのかは分からないが、拠点の廃墟に帰ってきていたらしい。

日除けに板の打ち付けられた窓から、赤い陽が差し込んでいる。これは、夕陽だろうか。それとも……


「何ぼんやりしてるんだい」


目の前にいる人物は眉をひそめ、長身のヴィクトルを下から見上げていた。

背中のあたりに引っ付くようにして、ロベールも傍らにいる。


長い銀髪が目の前で揺れる。

思わずクロード、と呼びそうになったが……違う。

いくら寝ぼけていたとしても、母親と息子の違いぐらいはヴィクトルとて判別できる。


「……えっ!? なんで!?」

「何が『なんで』なんだい」


素っ頓狂(とんきょう)な声を上げたヴィクトルに対し、オーギュスタは更に呆れた様子で眉間を押さえた。


「だって、もう僕らに嫌気が差したんじゃ……」

「ああ、くそったれのアランにも、へっぴり腰のあんたにも辟易(へきえき)してるよ。……でもね、ヴィクトル。あんたの方はまだ捨てたもんじゃないとも思ったのさ」


オーギュスタは顔をしかめながらも、言葉を続ける。


「失敗しても、屈辱を受けても這って機会を待ち望む……そういう、馬鹿みたいな根気強さは嫌いじゃないよ」

「……えっ、褒められてる……?」

「褒めてるように聞こえるのかい」

「褒められてなかった……」

「別に貶してもないけどね」

「どっち……?」


困惑するヴィクトルに向け、オーギュスタは「全部言わなきゃわかんないのかい」と吐き捨てる。彼女は小さく舌打ちをしつつも、言葉を続けた。


「あんたのことも気に食わないが、協力はしてやってもいいって言ってんだ」

「……!!」

「クロードが世話になったしね」

「……う、うん……」


世話をした、というよりは自分が世話をされた記憶しかないが、ヴィクトルは曖昧に頷いた。


「それで、これからどうするの?」


オーギュスタの影に隠れていたロベールが、ひょこりと顔を出す。


「アラン伯父さんとヴィクトルさん、考え方違ったでしょ。じゃあ、一族の方針も変わるってことだよね」


ヴィクトルは、身を(かが)ませてロベールに視線を合わせる。

不安げな蒼色の瞳を見つめ、穏やかな声音で語りかけた。


「……ごめんね。僕が優柔不断なばっかりに、心配かけたよね」


アルベール、シモーヌ、セザール、アラン……歴代の長や長候補の面々と比べ、ヴィクトルの力量は悲しいほどにはっきりしていた。

ヴィクトルにも独自の考えはある。シモーヌおよびアランが目指した「武力によっての縄張り形成」を否定し、かつてのアルベールと同じように人間達との共存を望んだのがヴィクトルだ。


だが、彼には長としての力量が足りなかった。

陽岬の地は既に、多くの血が流れた後だ。

勢いづいていた暁十字の会、斜陽の大上家、抗争に敗れた小鳥遊(たかなし)組……


それらの因縁をかいくぐり、共存の方針を打ち出すことはヴィクトルには不可能だった。

たとえ、一族内のほとんどが争いに疲弊し、勝ち目が見えなかったとしても……じりじりと戦力と士気を削られた状態だったとしても、ここで武器を収めることはそれこそ滅びを意味していた。


……暁十字の会が、一夜にして失脚するまでは。


「この土地を離れようと思う」


状況は変わった。

「暁十字の会」残党は、しばらくの間火消しに追われるだろう。

大上家とは既に手を結んでいる。

彼らには、選択の猶予が与えられたのだ。


「アルベールさんは、新天地を求めて故郷を旅立った。争いを嫌がったから、この土地に来たはずなんだ」


ヴィクトルは、アルベールとよく話をしていた。

セザールほど目をかけられたわけでも、アンヌほど可愛がられたわけでも、アランほど期待されたわけでも、クロードほど手を焼かせたわけでもないが、ヴィクトル自身は他愛のない会話をいくつか覚えている。


 ──ヴィクトル、人の血は抵抗があるか? なら、牛の血がいい。肝臓を食えば誰も疑いはせんぞ。これも生きる知恵だ


ヴィクトルの本質は変わらない。

傷つけるのも、傷つけられるのも、彼は望まないのだ。


「……宛はあるのかい」

「うっ。そ、それは、これから、決めようかなと……ほら、探す時間は、確保できたし……」

「あんたねぇ……」


具体的な部分を突っ込まれ、ヴィクトルはあからさまに狼狽える。

「そういうところだよ」とため息をつきつつも、オーギュスタはしっかりした声音で提案する。


「母さんに手紙を出すよ」

「えっ?」

「……『いつでも帰っておいで』って言われてたのに、ちっとも帰ってやれなかったからね」


灰色の瞳が、遥かな地への郷愁を映す。


「今、どんな風に暮らしてるかまでは知らないが……知恵くらいは貸してもらえるだろ」

「……そうか……。じゃあ、頼んでもらっても?」


ヴィクトルはそこまで言ってから、畳みかけるように続けた。


「僕だけの力じゃどうにも出来ない。力を貸して欲しい」


そのままヴィクトルは腰をくの字に折り、頭を深く下げる。


「そういうところさ」


オーギュスタは再びため息をついたかと思えば、かすかに目を細め、ゆるく口角を持ち上げた。


「偉ぶってる『長』なんかより、そっちのがよっぽど良い」


傍らで様子を見ていたロベールは、ほっとしたように肩の力を抜く。

……が、思うところがあったのか、その表情は固いままだ。


「ナオ……」


ロベールが小さく呟いた言葉を、ヴィクトルの耳は取り零さなかった。


「顔を上げな。口だけじゃないってとこを見せるのはこれからだ。……もうこれ以上、誰も死なせないよ」

「……ああ。わかってる」

「……。うん」


オーギュスタが発破をかけ、ヴィクトルは大きく頷く。続けて、ロベールもぎこちなく頷いた。


「……まずは、アルフォンスさんへの説明か……」

「言っとくけど、下手な言い訳や嘘は逆効果だ。シャキッとしな、シャキッと」

「う、うん……!」


彼らにはまだ、やるべきことが山ほど残されている。





三人の様子を、廊下から見守る影があった。


「どんなやり方でも、構わないわ。どんな過程でも、どんな道筋でも、構わないわ。辿り着く未来が同じなら」


誰に語りかけるでもない言葉が、影……ミシェルの口から零れ落ちていく。


「私は、死にたくない。殺されたくない。生きていたい。私と同じ力を持って、私と同じ痛みを抱えたヴァンパイア(なかま)達と、生きていたいの。ずっと、そう。ずっと、ずっと、そうだったのよ……」


青白い頬に涙が伝う。

失われたものに思いを馳せ、彼女は独り、むせび泣いた。

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