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夕暮れの陽(ひかり)【異端と異形と異常が織り成す恋愛譚】  作者: 譚月遊生季
Juillet

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第37話 famille

オーギュスタがアルベールの誘いに乗り、フランスに向かったのは、迫害を受ける「吸血鬼」達の現状を変えるためだった。


アルベール・ルージュは賛同者を引き連れて陽岬への移住を計画した立役者であり、計画に殉じた者も含め、多くのヴァンパイアが彼を慕った。

アルベールが「魅了」の能力(ブーケ)を有していたことも、英雄視される理由の一つであっただろう。


そんなアルベールと若きオーギュスタの出会いは、第二次世界大戦中にまで遡る。


少女時代のオーギュスタは、フランス語名ではなく、ドイツ語名のアウグスタという名で呼ばれていた。

アウグスタは第一次世界大戦の爪痕が残る時代に生まれ、多感な時期を迫害される日々に費やし、第二次世界大戦中は親族と共に独裁政権の魔の手から逃れるよう、ほとんどを暗い廃坑の中で過ごした。

いくら体質上太陽が苦手とはいえ、洞窟から出られない日々は歳若い彼女に相当の苦痛を強いた。


それでも幸運だったのは、人間が大多数である親族と、生まれながらに「吸血鬼」であるアウグスタの仲が良好だったことだ。

元よりアウグスタの生家……ダールマン家自体が迫害を受ける血筋であったこと、アウグスタと同じく「吸血鬼」である大伯父が親族達のため奔走していたこともあり、洞窟で共に暮らす親族達はアウグスタを「怪物」ではなく「家族の一員」として扱った。

それが「特別」であったと、彼女は「オーギュスタ」と名乗るようになってから知ることになる。


隠れ家で暮らしていた頃、アウグスタはアルベールが大伯父に宛てた手紙を偶然見つけ、周りの大人達に無理を言って文通を始めた。

「外の世界」から隔絶されている環境を不憫に思っていた彼らは、アウグスタが楽しげに文通をする様を心配しながらも静かに見守った。


終戦後、アウグスタがアルベールの誘いに応じてフランスに向かう際も、親族達は渋々ながら彼女の選択を尊重した。

思い切った選択に不安はあれど、当時のアウグスタの胸中は、間違いなく期待や希望に満ち溢れていた。


けれど、自らが受け入れられる土壌にいたからこそ、アウグスタは理解していなかった。

「ルージュ同盟」の名を冠した彼らの怨嗟が、どれほど根深いものか。……「人間」への悪意や敵意が、 どれほど凄まじいものか。


オーギュスタは親族と仲睦まじく暮らせていたが、ミシェル、セザールなどは母子共々世間から隔離され、セザールに至っては「生まれていない」存在として扱われていた。そちらの方が、ヴァンパイア達の境遇としてはむしろ「普通」であったのだ。

剥き出しの負の感情や心ない序列に触れ、「帰りたい」と思った時には遅かった。


「良いか、アウグスタ。よく考えなさい。戦後、我々がどうなるかはまだ分からない。異国に行くなら、二度と会えなくなってもおかしくはないんだ」


父の言葉は、事実だった。

故郷ドイツは東西に分かたれ、冷戦による混乱の最中。家族の元に帰ろうにも、無事に再会できる保証などなかった。

……それでも、母からの手紙には「いつでも帰っておいで」と優しい言葉が綴られていた。


だが、アウグスタは帰らなかった。

意地を張ったから、ではない。

こちらから返事を書けば時折届かず、向こうから届く手紙の住所は頻繁に変わる……そんな状況で、一度出ていった、しかも「吸血鬼」の自分が帰るのは、余計な負担をかけてしまわないかと考えたのだ。


「健やかに暮らしてください。それ以外に望みはありません」


別れ際の大伯父の言葉を噛み締め、アウグスタは愛する人のそばにいることを選んだ。どれほどの苦難が待ち受けていようと、どのような形であろうと敬愛するアルベールについて行けるのならば、彼女にとってそれ以上の幸福はない……はずだった。


「ルージュ同盟」にてアウグスタの夫となったのは、アルベールの遠い親族でもある、彼女と似たような年頃の青年だった。

彼との婚姻を境に、彼女は「アウグスタ・ダールマン」という名を、「オーギュスタ・ブラン」へと改める。オーギュスタは改名によって、正式に彼ら「ヴァンパイア」の一派へと加わる運びとなったのだ。

夫となった青年にアルベールの面影を重ねながらも、彼女は祖父と孫ほどに年の離れた相手への恋心を懸命に耐え忍んだ。


奇しくもその想いは、アルベールの妻と自身の夫が船上で亡くなったことにより、実を結ぶこととなる。

……けれど、オーギュスタは後妻にはなれなかった。


新天地にて、長として名乗りを上げたアルベールと……「敗戦国出身の、能力値が比較的人間に近いヴァンパイア」との婚姻は周囲に許されず、オーギュスタは愛する人の「(めかけ)」として、彼が死ぬまでの日々を過ごした。


ヴァンパイアの医師として必要な知識を持つ彼女を、同盟内のメンバーはよく頼りにしたと言うのに。

彼女も息子のクロードも、「能力が低い」と軽んじられ、侮られる。


人間から迫害を受け、人間に苦しめられてきたヴァンパイア達とはいえ、その魂は人間と何一つ変わらなかった。

彼らは結局のところ「人間として扱われないだけの人間」でしかなかったのだ。




***




オーギュスタの話を、ロベールは黙って聞いていた。

かつて酒に酔うたび、息子のクロードによく聞かせていた恨み節や愚痴。……とはいえ、彼女とて、そんなことばかり話したくなどなかった。明るい未来への展望を語ることができたのなら、夢を見ることが許されていたのなら、それに越したことはなかったはずなのだ。


「……何か、言いたいことがあるなら言いな」


棘のある灰色の視線を向けられ、ロベールはぐっと押し黙る。それでも、「ええと……」と躊躇いながら、どうにか言葉を探した。


「……お母さんとは、まだ手紙をやり取りしてるの?」

「ああ……人間はもうじき寿命だし、そろそろ終いだろうけどね」

「そっかぁ……」


ロベールは、ふと、自らの母親を思い出す。 ……壊れてしまった彼女(アンヌ)に、わが子を愛することは難しかっただろう。


「会ってみたいな。オーギュスタの家族に」

「……」

「僕たちヴァンパイアを『家族』として受け入れてくれる人間って、どんな感じなんだろう」


ロベールはずっと、ヴァンパイアに囲まれて生きてきた。

実父(セザール)実母(アンヌ)は人間からの迫害の末に心を壊し、伯父(アラン)は人間を激しく憎んだ。……けれど、ロベールの面倒を見たクロードは人間とも親交を深めており、長として接していたヴィクトルの方針も、どちらかと言えば人間との共存を探るものだった。


ロベールが抱く人間への感情は、決して憎悪や嫌悪だけではない。


「……嬉しいよね。受け入れてもらえるって」


……それに、ロベールは恋心を知ってしまった。


「……私は……」


ロベールの言葉に、オーギュスタは唇を噛み締める。堪えた涙が、はらはらと頬を伝って落ちた。


「争いたかったわけじゃない。誰かを憎みたかったわけでもない」


握り締めた拳の上に、透明な雫がぱたぱたと落ちる。


「『家族』と、穏やかに生きたかった。……それだけだった……」


アルベールは立場に囚われてはいたが、確かにオーギュスタを愛した。

(クロード本人は最後まで反発していたものの)クロードの父親代わりにもなるつもりだと笑顔で答えたことも、オーギュスタは覚えている。


けれど、安穏とした生などアルベールには許されず……一族の安寧のために新天地を目指した彼は、志半ばで力尽き灰になった。


遺されたヴァンパイア達の道のりは、安寧とは程遠い過酷なもの。

先行きが見えない中でヴァンパイア達は次第に疲弊していき、今まで以上に「力ある者」を尊び、「力なき者」を軽んじた。


いくら冷静になろうと努めても、感情がある以上、積もり積もっていく不満に耐え続けるのは難しい。クロードには相応の負担をかけただろうし、少年期の彼が荒んでいたのも、母である自らの影響だとオーギュスタは理解している。

あれほど愛していたのに。あれほど守りたかった唯一の「家族」なのに。オーギュスタは、その心に負荷をかけたうえ、守ることすらできなかった。


「……どうしたら、良かったんだろうね」


ロベールの呟いた言葉は、奇しくもオーギュスタの苦悩を代弁していた。


身の危険に脅かされることもなく、何事もない日常を、愛する者達と共に穏やかに過ごしたい。

それだけの願いが、あまりにも遠い。


「……ああ、そうか……。酒に逃げて腐ってる暇がありゃ……少しでも、変えようとすりゃ良かったね……」


オーギュスタの喉奥から絞り出すような声に、ロベールは顔を上げる。


「私も、クロードも間違っちゃいなかったはずさ……。『ルージュ』の奴らは力ずくでどうにかしようとしたが……()()()()()力で滅ぼすか、滅ぼされるかしかなくなっちまったんだ。そうだろう……?」

「……オーギュスタ……」

「……手を貸してくれるかい、ロベール。私はもう、後悔なんかしたかない」


手を差し出すオーギュスタの「覚悟(ブーケ)」が、途方に暮れるロベールの眼前をわずかに照らした。


「つったって、選ぶのはあんただけどね」


たとえ滅びゆく運命だとしても。もはや終焉しか見えない黄昏にいるのだとしても。

少しでも可能性があるのなら、這ってでも先に進むしかない。


「……わかった」


ロベールはその手を握り、しっかりと頷いた。


「オーギュスタ。僕、今まで言ってなかったけどね」


ロベールは少し気まずそうに目を逸らしつつ、セザールやアランが相手なら、認められなかったであろう弱音を語る。


「……苦手なんだよ、暴力」


その言葉に、オーギュスタはやれやれと首を横に振る。


「気付かないとでも思ってたのかい」

「……ばれてた?」

「あんだけへっぴり腰じゃあねぇ……」


苦笑しつつ、オーギュスタはロベールの頭に手を置いた。

かつて実の息子にしたように、無造作に、金の髪をわしわしと撫で付ける。


「……私は医者だ。無理に戦えなんて言わないよ」


ロベールはわずかに涙ぐみながらも、「うん」と、掠れた声で返事をした。


「……そうだね。最初から、戦わなくても良いようにしなきゃいけなかったね……」


灰色の瞳に後悔を宿しながら、それでもオーギュスタは再び前を見据える。


「ヴィクトルの野郎に喝を入れに行くよ。アイツはへっぽこだが……アランのクソ野郎に比べりゃよっぽどマシだ」

「わ、わかった……!」


オーギュスタに手を引かれ、ロベールも歩み始めた。

黄昏を塗り潰し、暗闇は迫る。……その向こうに、手にしたい未来がある。

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