第34話 avertissement
伝七の手引きで、ヴィクトル、アラン、ミシェルは大上本邸の客間へと招かれる。
「……集会を襲撃するの?」
重い空気の中、最初に言葉を発したのはヴィクトルだった。
「ちっとは頭を使いやがれ。取材入りの時に襲撃なんて、できるわけがねぇだろ」
「それは、僕も思ったよ……」
アランの厳しい非難に反論しつつも、ヴィクトルには他の策など浮かんでいない。
仮面の奥から睨まれているような感覚に、ヴィクトルは静かに項垂れるしかなかった。
「『殺人鬼』は排除されましたね? ヒトを虐殺し血を啜るものは、表向きいなくなりました。我々を人類の脅威として祀り上げるための手札を、現在の暁十字の会は持っておりません。だって殺人鬼はいなくなったもの」
「……そういうことだ。派手に動いて口実を与えるのはまずい」
ミシェルの言葉に、アランは頷く。
「……と、なると、だ。オレらが『怪物退治』をする側に回るって手もある」
「……え?」
「ああ、なるほど。仁藤亮太を始末するついでに、暁十字の会の闇を衆目の前に引っ張り出すってことですかい?」
伝七の言葉に、アランは「そうだ」と返す。
ヴィクトルもハッとしたように告げた。
「……そうか。それの手引きを東郷がしたことにすれば……」
「ボンクラでも、たまには良いこと言うじゃねぇか」
ミシェルは「狂乱」の能力を撒き散らさないよう黙っていたが、
「できるのですか?」
たった一言、伝七に問うた。
「できやすぜ」
伝七は事も無げに言う。
「その手を使うんなら、脅しも何も要りやせん。こっちに任せてくだせぇ」
へらりと笑みを浮かべ、伝七は続ける。
「僕らはどうすればいい……?」
「決まってんだろ」
不安そうなヴィクトルを鼻で笑い、アランは自信ありげに語った。
「アンヌを見つけ出し、救い出す」
それが果たして、彼女にとって「救い」になるのかどうか。……アランには分からない。
それでも、兄としてどうにかしてやりたい気持ちは、今のアランにも残されている。
「アイツがどんな仕打ちを受けたか……それが暴かれちまえば、どっちがバケモンかわかりゃしねぇよなぁ?」
もう、誰も言葉を発することはない。
結論は既に定まり、あとは互いに決意を固めるだけとなった。
***
激しい飢えに、アランは目を覚ました。
大上邸に宿をとったはずなのに、アランの精神は血を欲し、荒れ狂っている。
「アラン」
ミシェルの声がする。
まさか、彼女の「狂乱」が……? 血走った眼を隠すように、アランは自らの仮面を押さえつけた。
「もう、限界ですか」
あえて言葉少なに、ミシェルは告げる。
「アラン。貴方には、セザールが世話になりました」
自らの「狂乱」を抑えつけ、ミシェルは懸命に言葉を紡ぐ。
「だけど、伝えます。いいえ、だから、伝えるのです」
やめろ、と、耳を塞ぐこともできなかった。
身体の芯を貫くように、ミシェルの不安定な声が響く。
「貴方は、もう戦ってはなりません」
戦うな、だと?
胸の内で渦巻く憎悪が、激しく食料を求める飢餓が、アランを突き動かす。
殴りつけようとした腕をすんでのところで降ろし、アランの拳が畳に深々と沈む。仮面がするりと落ち、失われた顔があらわになる。
「……二度と……」
ぜぇ、ぜぇと荒い息を吐きながら、アランはミシェルを睨みつけた。
焼け爛れた顔は表情を象らない。……が、ミシェルから見たその形相は凄まじく、まさしく「怪物」のように見えた。
「二度と……オレに余計なことを言うんじゃねぇ……」
ミシェルはじっとアランの目を見つめていたが、やがて「そう」とだけ呟き、再び横になった。
アランの心臓が早鐘のように鳴り響く。
──何言ってんだ。引き返すなら……今だろ?
臆病風に吹かれたのか、自分の内なる声ですら、そう語る。
「……いや……」
だが、アランは数多のものを犠牲にしてきた。
時には利己的な感情ですらヴァンパイア一族のためと言い訳し、非情な選択を取り続けてきた。
「もう、引き返せねぇ」
今更退いたところで、いったい、何を得ることができるのだろうか。
「オレは『やる』しかねぇんだよ……」
進み続けたとて、失い続ける道しかない。されど、留まり続けるのもまた同じ。
もう、夜はすぐそこだ。





