第33話 glas
暁十字の会への奇襲。それは、人間たちにとっては取るに足らない争いであり、大上家にとっては手段のひとつでしかなく……
されど、ヴァンパイア達にとっては、命運を賭けた戦いだった。
「オーギュスタ、頼む……協力してくれないか。……その、気持ちはわかるけど……このままじゃ、僕達は全員で滅びるしかない」
拠点に帰ってきたオーギュスタに対し、ヴィクトルは必死で説得を試みた。
「『エカルラート』のあんたには分かりゃしないよ。滅びりゃいいんだ、そんなモン」
オーギュスタは不機嫌そうに言い放ち、自分より頭一つは高い相手を睨むように見上げた。
「私は好きにさせてもらう」
「……へぇー?」
踵を返す間もなく、背後から響いた声に振り返る。
廊下の奥から、アランが歩いてくるのが見える。
「良いんだな? 息子の死が無駄になっても」
「……!! アラン!!!」
思わず、ヴィクトルが声を上げる。
オーギュスタは目を見開きはしたが、動じた様子を見せてはいない。
「アイツはヴァンパイアの未来のため、犠牲になったんだ。それを母親自ら、無駄死にに変えるのは……賢くねぇなぁ」
くっくっと笑いながら、アランはオーギュスタに近づく。
「どこまでコケにしたら気が済むんだ……」
オーギュスタの瞳に、憤怒が燃え始める。
「別に、コケにしてきたつもりはねぇよ。お前ら『ブラン』は能力が微妙で扱いにくかったってだけだ」
「ふん、それでよく長が務まるもんだね……!」
「……おいおい、オレらは億単位で繁殖した人間どもとは違うんだ。能無しを気にしてちゃ、滅びるだけだ」
能無し。その言葉にオーギュスタは思わず拳を振り上げた。
ヴィクトルが必死で二人を制するが、アランは嘲るように続ける。
「だいたい、お袋が優しくなきゃ……そんでもってセザールが甘くなきゃ、てめぇらの扱いはもっと悪かったさ」
「こ、の……ッ、クソ野郎がぁ……っ!」
「ああ……少なくとも……アンヌが傷つくような真似なんか、てめぇんとこのクソガキにさせなかったろうなぁ……!!」
ヴィクトルの制止を振り払い、先に掴みかかったのはアランだった。
オーギュスタの腕を掴み、ギリギリと捻りあげる。
「アンヌが何をしたってんだ……」
地を這うような低い声が、オーギュスタを責める。
「そんな、モン……私に言われたって……」
苦しげに呻きながら、オーギュスタはアランの手から逃れようともがいた。
「ハッ、クロードは狡い上に調子のいい野郎だが、好きこのんで誰かを傷つけるヤツじゃねぇだろ。……人間ですらな」
「……あんたに息子の何がわかるってんだ……!」
「酒に酔うたび、気に食わねぇことがあるたび、てめぇはクロードに何を吹き込んだ?」
「それくらいの反抗すら許せないって……? ずいぶんとちっちゃい器だね!!」
オーギュスタはアランの仮面に唾を吐きかけ、腕を振り払う。
口論は平行線を辿り、互いに一歩も譲らない。
ヴィクトルはおろおろと成り行きを見守りつつ、やがて、諦めたように項垂れた。
「……僕は……クロードのやり方が、気に入ってた」
ぽつり、ぽつりと呟く声は、ヴィクトル自身の「隠匿」によってかき消されていく。
「争わなくたって……憎み合わなくたって……生きていけるんじゃないかって……そう、思えたから……」
心優しい青年の嘆きは、どこにも届かない。
***
「……これで全員ですかい? ずいぶんと少なく見えやすが」
待ち合わせ場所に現れた伝七は、怪訝そうに眉をひそめた。
「ガキ一人葬るだけだ。充分だろ」
「……そうか……子ども、なんだよな」
「ケッ、ガキっつったってバケモンだ。油断してたら殺られるぜ」
「身体能力はともかく、妙に賢いらしいですぜ。武器の類には気を付けやしょう」
伝七はしゃがんだ体制から立ち上がり、コキコキと首を鳴らす。
……その時、音も立てず、ヴィクトルとアランの背後からゆっくりと影が姿を現した。
伝七は思わず身を震わせ、固まる。
「おや、おや、やはり……私の能力は強すぎますか? すみません、本当に、ごめんなさいね。少し、離れておけば大丈夫。何も、悪いことなんかしません。ええ、本当よ」
ミシェルは爛々と瞳を輝かせ、クスクスと笑う。
「そ、そうですかい……」
「狂乱」の気配から距離を取りつつ、伝七はごくりと唾を飲み込んだ。
***
夜闇の中を歩きながら、ヴィクトルは追想する。
***
口論中、オーギュスタはアランに蹴り倒され、床に這いつくばった。
「オーギュスタ!!!」
突如、血相を変えたロベールがどこからか走り寄ってくる。呻く彼女の前に立ち塞がり、キッとアランを睨みつけた。
アランは舌打ちしながらも一歩引き、代わりに壁を一発殴る。
「……ダチの家にいるんじゃなかったか」
「な、なんで、それを……」
怯えた目で見上げるロベールの肩に、ヴィクトルは手を置いた。
「僕が学校に問い合わせたんだ。ロベールはまだ小さいし、ナオちゃんと一緒なら安心だと思ってたんだけど……」
「……え、ヴィクトルも知り合いなの……?」
「まあ……ちょっとだけ、ね」
安心させるよう、ヴィクトルは無理やりにでも笑みを作る。
そのままオーギュスタの方にも向き直り、まだ起き上がれない彼女に手を差し出した。
「オーギュスタ。無理を言って悪かった。……もう戦ってくれとは言わない。ここで、ロベールと待っていてくれ」
オーギュスタは差し出された手を取ることもなく、俯いたまま吐き捨てた。
「……帰ってこなきゃいいんだよ、あんたらなんか……」
「やめてよ、オーギュスタ……」
はらはらと涙を流し、ロベールはオーギュスタの袖口を掴む。
乱暴に振り払いながら、オーギュスタはふらふらと立ち上がった。
「……ッ!?」
廊下の奥から聞こえてくる、ゆっくりとした足音に、オーギュスタは身を強ばらせる。
現れたミシェルはちらとロベールの方を見たが、特に何も語らずアランとヴィクトルの方に歩いていく。
「行きましょうか」
そして、たった一言告げ、先導するようにドアの方へと向かっていった。
***
「……おい、ビビってんのか?」
アランの声に、ヴィクトルははっと我に返る。
気付けば、目の前には教会に似た建物がある。門扉にはでかでかと「暁十字の会」と書かれており、十字架に光が差すようなシンボルも描かれている。
見つからないようヴィクトルの付近に固まり、4人は息を潜めた。
「今週日曜、教祖の矢嶋がここの講堂で集会をやるそうでさ。マスコミの取材入りで」
伝七が、指差しながら語る。
「……着々と信者を集めてるんだね……」
「いやいや、本気で信じてる奴はごく一部でしょう。一般人からは単なるおもしろ集団として見られてやす」
アランが、自嘲するように笑い声を漏らす。
「で、そのごく一部のためにオレらは滅びそうになってると」
「そりゃ、一般人からすると『怪物退治』なんてのは結構な娯楽でさ」
「……そうなんだ……」
「……本当は……脅威か脅威じゃないかなんて、どうでもいいのかもしれやせんね」
男たちの会話には一切加わらず、ミシェルは敵の本拠地をじっと見つめた。
決戦の時は、刻々と近づいている。





