第31話 parent
「クロードさん……?」
シャルロットは目を丸くし、呆然としていた。
大上次郎のマンションにいたのが知り合いのヴァンパイアだったのなら、クロードとて驚くだろう。当然の反応と言える。
「あー……まあ、これにゃ深い事情があってな」
「う……腕!! 腕、どうしたんですか!?」
「…………どっかで落としてきた……は、無理あるか……。まあ気にすんな。長く生きてりゃそんなこともあんだろ」
30数年ほど生きてきて一度も腕を落とさない者の方が大半だが、クロードもそれで誤魔化せるとは考えていなかった。
だが、大人しいシャルロットのことだ。そもそもが、深く追及してくるような性格ではない。
……と、思っていたのだが、
「まさか……晃一さんが……?」
その言葉には、晃一の安否への不安が滲んでいた。
シャルロットにとって晃一の存在は大きな拠り所であると、クロードは嫌でも理解する。
「……ははぁ、俺がトウゴウを殺したって思ってんのか」
「……っ、ち、違います! そんなつもりじゃ……」
「そんな顔すんな。疑われても仕方ねぇさ」
腕を組もうとして組むことができず、苦笑するクロード。本音を言えば、シャルロットに想い人ができたことはクロードにとって喜ばしくもある。……が、その相手が自分とさほど変わらない年齢の男であることは少々複雑だ。
だが、同胞だったはずのアランに奪われかけた命を救ったのも、敵対しているはずの晃一だった。……その恩を忘れたわけではない。
「晃一さんは、怖い人です。……だけど、人間なんですよ。すぐ死んじゃう生き物なんです」
人間はヴァンパイアに比べて傷の治りも遅く、耐久力も低い。
シャルロットにとって致命傷にならないほどの傷も、晃一にとってはどうか分からない。
「人間って油断してちゃ痛い目を見るぜ。あいつはろくでもねぇ男だ」
「……晃一さんは……」
晃一は、いつだって、シャルロットにだけは優しかった。
……けれど、シャルロットは晃一について、まだ何も知らない。
「ま、お前さんが本気でアイツを好いてるってんなら何も言うめぇよ。……俺が言えた義理じゃねぇしな」
俯いたシャルロットの肩に欠けていない方の手を置き、クロードは自らの能力を解放する。
「幸せになりな。お前さんなら、それができるさ」
クロードの能力は「聡明」。はったり程度にしか役に立たないが、なんの根拠もない言葉に、少しばかりの説得力を与えるくらいはできる。……幸福を与えることはできないが、祈って送り出すことはできる。
もっとも、彼らヴァンパイアには祈る宛などありはしないのだが。
「嫁にやるのはまだ許さねぇけどな。誰があの野郎に任せられるかってんだ」
「い、いきなり何言ってるんですか!? 気が早すぎますっ!!」
「悪ぃ悪ぃ、冗談だよ」
真っ赤になるシャルロットの表情に、思わずクロードも笑みがこぼれる。
以前よりも豊かになった表情が、晃一が与えたものの大きさを示している。
「アイツが何してるかなんて俺は知らねぇが……とりあえず休んでけ。電話なら向こうにあるし、連絡入れりゃ繋がるかもだぜ」
その言葉に、シャルロットはぎこちなく頷いた。
「……ところで、腕はどうしたんですか。もしかして、女の人に……?」
「……なぁ、シャル。俺の印象……どうなってんだ……?」
晃一が大上本邸で下した決断を、2人はまだ知らない。
***
「何してる。……帰るんじゃないのかい」
ロベールがぼんやりと星を見上げていると、背後からオーギュスタの声がかかった。
「帰りたくない」
「はぁ……?」
「泣いたってどうにもならないって言ったのはオーギュスタでしょ。帰ったって何か良くなるの。……クロードは帰ってくるの?」
涙の溜まった瞳が、オーギュスタを睨みつけてくる。
「オーギュスタ、恨みを晴らすって言ったよね。アラン伯父さんを殺すつもりなの? ミシェルおばあちゃんは? ヴィクトルさんは? オーギュスタにとってはもうどうでもいいの?」
ロベールはセザールの息子であり、アランの甥だ。……シャルロットのように混血でもなく、子供らしく未熟ではあるが能力が劣っているわけでもない。
幼い頃より、一族全員からそれなりに愛でられてきたのがロベールだ。
「……じゃあ、あんたはここで降りな。巻き込んで悪かったね」
「僕もクロードのこと大好きだったよ。オーギュスタはクロードのお母さんなんだから、もっと悲しいでしょ。……だから、帰らなくたっていいじゃん。喧嘩になるならもう帰らない方がいいよ。みんな死んでいってるのに、仲間内で喧嘩なんでやだよ……!」
オーギュスタが口を挟む暇などなかった。
ロベールはまくし立てるように、涙声で続ける。
「いいじゃん、今朝くらい寝なくったってさ。帰って喧嘩になるなら遊んだ方がいいじゃん……!」
クロードは、幼い頃いつまでも寝ない子供だった。
朝どころか昼まで起きて、太陽は毒だと言い聞かせても日光の元で本を読んだり興味本位で野山に出かけて迷子になったり、手を焼いたことを覚えている。
ロベールとは違い、期待されなかった我が子だ。
「喧嘩が嫌、ねぇ……」
どす黒い怒りが、オーギュスタの腹の奥から沸きあがる。
「いかにも、甘ったれた坊ちゃんらしい」
「……っ」
今度はオーギュスタがロベールを睨む。
戦わなければ生き残れないのがヴァンパイアの運命だと言うのに。
必死に戦った同胞でも、命を奪わなければならない状況だと言うのに。
……ああ、この甘えた根性はルージュの血だろうか。それとも、エカルラートの血だろうか。オーギュスタの思考は憎悪に塗り潰されつつあった。
「……だけど……そこまで言うんなら仕方ない」
それでも、彼女は医師だった。……アンヌの腹からロベールを取り上げたのも、彼女の仕事だった。
疲弊していくセザールも、憔悴していくアンヌも、診たのはオーギュスタだった。
──私を治さなくとも良い。このまま……このまま、ゆかりの元へ行かせてはくれないか
セザールは最期、シャルロットのことも、ロベールのことも振り返らずに消えていった。致命傷を負ったまま、生きることもできるはずなのに、彼は生存を拒否した。
陽の光を求め、友の手を振り払い、灰になった。……それがロベールの父親だ。
ロベールは一族から望まれはしたが、実の親には愛されなかった。……そのロベールを我が子のように慈しんだのは、誰だったか。
──お袋、聞いてくれよ。今日はロベールのやつ、嫌いな砂肝ちゃんと食ったんだぜ
オーギュスタは、クロードには充分な愛を注いできたつもりだ。
愛した男が……クロードの父親が無念を抱いて灰になったからこそ、満足のいく生を歩ませてやりたかった。
そのクロードが愛したのは、果たして、何だったか。
「あんたはまだ子供だ。手加減はしてやる。……だから……私の決意を折ってから、生意気な口をききな」
ロベールはぎょっと目を見開いたが、やがて、震える足で大地を踏みしめた。
「……手加減なんていらないよ。ナオに、鍛えてもらってるから」
オーギュスタの能力は「覚悟」。揺るがない決意がロベールの足を竦ませる。
……だが、
「かかって来なよ。老いたヴァンパイアらしく、若者を導いて見せれば?」
ロベールの能力は「挑発」。煽る声が、オーギュスタの感情に綻びを生む。
「よく言った……これで私も吹っ切れる。……泣いても許さないよ……!!」
切れ長の瞳が紅く染まる。ひらりと舞った白い髪は、生まれつきの銀髪か、老いた印か。
ロベールはゴクリと息を飲みつつも、繰り出される攻撃に目を凝らす。
クロードが次郎のマンションで生きていることを、2人はまだ知らない。





