第27話 repos
アランの統率力がヴィクトルよりも上回っていることなど、誰もが理解していた。
……そも、ヴィクトルは長になる予定などなかったのだ。「比べるのすらも不憫だ」……と、アランの父・アルフォンスは小さくぼやいた。
決して、贔屓目などではない。
その言葉にきつく唇を噛み締めながら、クロードの母、オーギュスタも理解はしていた。……意味のある選択だった、と。
息子が汚名を着せられ殺されたのでなければ、納得もできただろうか。
陽岬のヴァンパイアの立場は日に日に悪くなっていくばかりだが……やはり、アランには才覚があった。
指示は迅速にして明快。自らがどれほど不利でも他者を丸め込んでしまえるほどの達者な弁舌は、正しくとも現状を動かすにまでに至らないクロードよりも「必要だ」と言われれば、無論、そうだったのだろう。
「……それでも……絶対に許すもんか」
がぷ、と若い男の首筋に牙を突き立てる間際、オーギュスタは小さく呟いた。
「ゆ、許してくれよ。他に恋人がいるのは、そのぉ……」
「……安心して、こちらの話。貴方と遊ぶのは私も楽しいです。それだけの関係で、充分に満足です」
腹も満たせるし、力も得られるしね……と、その言葉は相手に伝えない。そもそも名も知らない相手だし、知ろうとも思わない。
女は時を待ちながら、牙を研ぐ。
彼女は長年、医者としてヴァンパイア達を見守ってきた。……その年月ぶん、白の姓が軽んじられることにも甘んじた。その結果が息子の「犠牲」だと言うのならば……
これ以上、好きにさせてたまるものか。
***
月明かりが廃墟を照らす。雨に濡れた庭に、アランは静かに佇んでいた。
起き始めたヴァンパイアたちの息遣いを耳に捉え、独り言のように呟く。
「用があんならそっちから来い。悪ぃが、足首はちゃんとくっついたばかりでよ」
ゆらり、と、陰から現れたのは、痩せた女だった。乱れた栗毛、異様な眼光……彼女が「狂乱」の能力を持っていると知らなければ、誰もが狂人と見間違えるだろう。
……誰よりも鋭く、誰よりも知恵者だと、彼女……ミシェル・エカルラートを正しく評価する者は、息子セザール、弟アレクサンドル亡き今、アランとヴィクトルのみとなっていた。
「考えましたね」
女の喉からほとばしるのは不安定な叫び……そう、慣れないものには聞こえるだろう。
目元にはシワがより、髪には白いものがぽつりぽつりと混ざっている。……だが、こと人間の常識においては、60をゆうに超えたような姿ではない。
「ええ、見事、見事なものですとも。ですがお気を付けなさい。恨みを買いましたよ、アラン・ルージュ、貴方はいずれ身を滅ぼす覚悟がおあり?」
その言葉に、アランは繕った笑みをその端正な顔に浮かべ……た、つもりだった。
ひきつり、ただれた肉は表情を象らない。
「……その末路も、美しいよなぁ」
「聞いていますか? 私は聞いています、問うています。答えて」
「ミシェルおばさん。オレは美しいだろ? ……この美しさのまましぶとく生きて散れるなら、それで結構だ。……なぁ、そう思わねぇか」
また怪物に戻る前に。
より自分らしく、より美しく、より誇らしく……
生きて、生きて、生き抜けるのならば、その先に何があろうがアランにはどうだっていい。
「オレはオレのために生き、死ぬ。それだけだ」
他者からどれほど醜く見えようが、その足元に屍を積み重ねようが……
アランは、今、ここに立つ自分を何よりも美しいとすら思った。
「ふ、ふふふ」
ミシェルの口角が吊り上がる。狂ったような笑みを浮かべ、女は目を見開いた。
「わかりました。わかりましたよ。ならば私は邪魔しません。ええ、本当に貴方だけは帰ってきたのね。……ご武運を」
ネグリジェの裾を持ち上げ、ミシェルは静かに礼をする。
「……ところで、ナタリー・スカーレットという女優をご存じ?」
打って変わって凍てついた声音が、背を向けたままのアランを振り向かせた。
「小耳に挟んだ程度だが……故郷じゃ有名らしいな」
「ええ、ええ、その女。私がヴァンパイアでなければ手に入れられた姿の女です」
その言葉が妄言やただの妬みではないと、アランにはわかる。
……エカルラートと名乗った彼らが本来の家系を追われたのは、遺伝子がヒトと異なったから。
陽の光に愛されず、血を啜る怪物であったから。
「ケッ、あっちはずいぶんと華やかだな。……スカーレットねぇ……芸名にしても趣味が悪ぃぜ、ハリス家はよぉ」
その血脈からヴァンパイアを生み出したことを、イギリスの旧家は「スカーレットの呪い」と疎んでいる。
「サマンサは、また子が産まれたと……また神に祝福されたと手紙に寄越しました」
「その言いようじゃ、オレらの仲間は産まれなかったか。同じ家系からは案外ポンポン産まれるもんだがなぁ」
妹の姿が、ちらとアランの脳裏に浮かぶ。
くっ、くっ、と自嘲にも、侮蔑にもつかない笑みがアランの喉から漏れる。
顔がただれていなければ、もう少し、懐かしい顔でもできただろうか。
「遺伝子は多少、常人とは異なっていたそう。つまり、そう、もう少しだった。もう少しだったのに」
ミシェルは悔しそうに地を踏む。
たとえ夜闇でなくとも、アランの瞳にその姿は映らない。
「……あぁ……ロベール1人じゃ足りやしねぇ。どれほど守ろうが、オレらには未来がねぇ。……けどよ」
アランは拳を握り、そして、大きく両腕を広げ、ゆっくりと開いた。
半ばヤケのように、なけなしの誇りを告げる。
「最後の瞬間まで、必死に生き抜くことはできらぁ。……あぁ、その方が美しい」
「……とても、とても、良い心掛けです。なんと素晴らしいこと……」
ミシェルはついぞ、「美しい」とは口にしなかった。





