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夕暮れの陽(ひかり)【異端と異形と異常が織り成す恋愛譚】  作者: 譚月遊生季
Fin juin

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第26話 agitation

「ふざけるな……ッ」


古びた椅子が、派手な音を立てて倒れた。

はぁ、はぁと肩で息をしながら、ヴァンパイアの長……ヴィクトルは目の前の「使者」の方へと詰め寄る。


「クロードは僕達の仲間だ! 汚名を被せ、あまつさえ殺すなんて……」


伸ばした髪の間から、紅い眼が爛々と輝く。

大上家の使者……伝七は軽く肩を竦めつつ、あくまで飄々と答えた。


「ですがねぇ。件の殺人吸血鬼の騒動をどうにか収めないままじゃ」

「おまえには聞いていない!!どんな入れ知恵があろうが、そんな策を受け入れたアランに聞いてるんだ!!」


ヴィクトルは息を荒げ、声を張り上げる。

伝七はちらとアランの方を見る。……まだ、彼は何も語らない。


「聞いてるのか!?なぜ、そんなことが許されると思った……!」

「ハッ」


漏れ出た嘲笑は、廃墟の大広間(ホール)によく響いた。


「ヴィクトルよぉ……。やっぱり、てめぇには荷が重かったみてぇだなぁ?」


目のない仮面を手で押え、アランは語る。


「クロードが死んだのはてめぇのせいだ。分かってんだろ?」

「……ッ、よくも、いけしゃあしゃあと……」

「事実だ。正気を失ってたオレを殺しときゃあ、クロードは身代わりにならずに済んだ。……その中途半端さが、『クロードよりオレが必要だ』ってことの証明にもなってらぁ」


蜘蛛の巣が張った椅子から立ち上がり、アランはつかつかとヴィクトルに歩み寄る。

はた、と、老いたはずの父……アルフォンスの安息(ブーケ)を感じ取るが、気付かぬふりをした。


「なんで狂ったオレを野放しにした?」

「……それは、アラン、あなたも僕達の仲間で……」

「仲間ぁ?人間を見境なく殺して、ヴァンパイアの危険性をこれでもかと世に知らしめ、狩りの正当性を高めやがったクソ野郎をねぇ?……それが命取りだってんだよ、甘ちゃんが」


アランは爛れた手で、仮面の表面に軽く触れる。

アランは自らの美しさを誇っていた。……いや、今も、己の堂々たる振る舞いを美しいとすら思っている。


自分が、自分らしくあればそれで美しい……そんなアランの美学を打ち砕くほど、己の蛮行は許し難いものだった。……ほとんど骸と化した身に魂を蘇らせたことを、喜ぶことなどできはしない。

だからこそ、まだ成さねばならないことがある。


「そこの犬っコロから聞いたぜ。クロードの野郎、ロベールに『あの殺人鬼はセザールだ』……って、言ったらしいなぁ。アイツはガキだったし、オレと実のオヤジの区別もついちゃいねぇだろうが……正気を失ったオレにケツの青いガキをけしかけてどうすんだ?ただでさえ未来のねぇヴァンパイアが、貴重な純血のガキを死なせてどうするよ」


純血の。

その言葉に、ヴィクトルは表情を強ばらせた。……何を除外したのか、嫌でも理解出来てしまう。


女帝(おふくろ)は死に、セザールも死んだ。……中途半端な情をかけられたオレは怪物になった。ここにいねぇってことは、アレクサンドルも殺られたか」


次々と突きつけられる事実に、ヴィクトルはギリリと歯噛みした。

何一つ、間違ってはいない。

無慈悲で、冷酷で、それでいて正確な分析が続く。


「てめぇには荷が重かった。そうだよなぁ?」

「……確かに、そうかもしれない……。だけど……そもそもあなたやセザールが無事なら」

「はぁ?」


「親愛」は変わらずそこにある。変わらず、穏やかな安らぎがそこにある。だが、その声は、あまりにも冷淡に響いた。

染み付いた血臭が香る。


「クソみてぇな采配しかできねぇ上に言い訳しか並べられねぇようなチンケな器なりに、よく頑張ったなぁ、ヴィクトルよ。……あとはオレに任せろ。どんな犠牲を払おうが、生き延びようじゃねぇか」


いつ、灰と化してもおかしくないような、ぼろぼろの手が差し出される。

……やはり、開拓者と呼ばれたアルベール、女帝と呼ばれたシモーヌの血を引き、自らも長候補だっただけのことはある。

死にきれず、生ける屍と化してなお……アランの存在感は、ヴィクトルのそれとは絶大に違った。


その手を取る以外、もう、選択肢はなかった。

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