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夕暮れの陽(ひかり)【異端と異形と異常が織り成す恋愛譚】  作者: 譚月遊生季
Fin juin

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27/43

第25話 baisse

「っ、てて……派手に折りやがって、あの野郎……」


激しく痛む胸を抑えつつ、クロードは日陰に座り込んだ。

ヴァンパイアの回復力は高い。……が、今回は少しばかり折られた本数が多かった。待てども痛みは引かず、息をする度にズキズキと思考を蝕んでくる。


がくりと膝をつき、はぁ、はぁと荒い息を整える。伝七と落ち合う時間までに、どうにか見かけだけは繕っておきたかった。


「……シャル……」


晃一が少なからずシャルロットを大切にしているのだと、クロードとて理解していた。

……けれど、安心して送り出せる相手には程遠い。晃一が翻意して協力関係になったとして、99パーセント信用などできない。


クロードは、ロベールもシャルロットも我が子のように慈しんできた。……選ぶ立場になってようやく、亡きセザールへの共感が生まれてくる。彼も、天秤の傾きを直視できずに壊れていったのだろうか。


「……だが……俺は認めねぇ……。逃げたあんたと同じになんか、なってたまるかよ」


気に食わない相手だった。目障りで、どうしようもなく鼻につく相手だった。

……いつか、見返してやろうと誓った先達(せんだつ)でもあった。


降り出した雨がクロードのスーツを濡らしていく。

霞んだ視界の向こうに、「その影」は現れた。


「……あんたは……」


懐かしい匂い(ブーケ)だった。

密かに憧れ、目標とした青年の姿が脳裏に浮かぶ。

セザールが息絶えた日、忽然と姿を消したもう1人の俊英(しゅんえい)がそこにいた。


「……はは。どうしたよ、その仮面……」


あの殺人鬼はセザールだ……と、ロベールには吐き捨てた。……それが自棄(やけ)の混じった虚言だと知っていた。クロードには、真実すらとっくにわかっていたはずだった。

目のない仮面が静かに佇む。何も語らず、何も示さず、仮面はただただそこにいる。


「まさか、本当に落ちぶれてたとはなぁ……。……随分と変わっちまいましたね、アランさま」


ざあざあと、雨足が強まる。

雲は日を覆い隠し、感傷は五感を塗り潰し、苛立ちは視野を狭めた。

刻限が来たのだと、クロードだけが気付かなかった。


「……ッ、おい、なんか言え……って……」


一瞬で、状況は流転した。

クロードの心臓を、男の素手が貫いた。……彼らにとって心臓は主要な器官ではあるが、致命的な急所ではない。それを知ってなお、男はその塊を握り潰した。

先刻とは比べ物にならない量の血液が、ダラダラと顎を伝う。


「あ、らん……さま……?」


仮面は何も語らない。

ずるりと手を引き抜き、何か、背後に合図をした。

まるで、「やれ」とでも言うように。


倒れ込んだクロードの下で、水溜まりが音を鳴らした。……鮮血が、瞬く間に一帯を染め上げていく。


「あが……ッ、ぐ、う……、ぎぃあぁぁぁあッ」


喰われていく。体内の臓物が、得体の知れない影に喰い荒らされていく。

蠢く影は胸を引き裂き、腹を割り開き、命を食い尽くす。……視界に躍り出た一匹を見て、クロードは息を飲んだ。


「……ッ、こ、の影……、い、犬……!?」


ヒタヒタと、血溜まりにもうひとつの足音が響く。……術を仕掛けた男が、肩を震わせて立っている。


「すみません、こっちにも理由(わけ)ってモンがあるんです。……どうか、俺のことなら存分に恨んでくだせぇ」


顔を片手で覆い隠したまま、伝七は告げる。

仮面は、まだ、何も語らない。


「あ、ぐ……ッ、アラン、さま……っ」


輝いていた金髪は真っ白になり、活き活きとした瞳は仮面に隠れ、華やかな立ち居振る舞いは見る影もなく……

それでも、仮面の男はアランだった。……懐かしい親愛(ブーケ)が、抗う気力すら削いでいく。


「…………畜生がぁッ」


クロードの叫びは、雨音に溶け、掻き消えた。

アランはじっと見下ろしたまま、ようやく言葉を紡いだ。


「悪ぃな」


意味を問いただす暇もなく、クロードの意識は闇に沈んでいく。

今際の寸前に、小さな悲鳴を聞いた。……約束の反故を詫びながら、銀髪のヴァンパイアは指先から灰へと変わっていった。

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