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第20話 同胞

「勘違いしちゃならねぇぜ晃一。吸血鬼ってのはなァ、「悪」だから俺らの敵なんじゃねぇ」


あれは、晃一がまだ少年の頃だっただろうか。

タバコをふかしながら、「龍さん」は饒舌に語った。


「強いから俺らの敵なんだよ」


本人はその言葉に、理屈や哲学を含めたつもりは無いだろう。

……けれど、若い晃一は、その中に真理に近いものを見出した。


彼は満足そうに逝ったけれど、それは、彼が元から粗暴で喧嘩や争いに沸き立つ人間だったからだろう。

……少なくとも、晃一はそうはなれなかった。

同じく人の形をしたモノを殺めることを、正義とすることも、悦びとすることもできなかった。


ただ、「生業」とするのは、案外簡単だった。




***




「それで? 「事情」ってどんなの?」


シャルロットを真ん中に挟むようにして立ち、晃一はクロードに問うた。

シャルロットは通学カバンを抱えるようにし、気まずそうに俯く。……2人はそれに気付いてか気付かずか、互いに貼り付けた笑顔を崩さない。


「あなたに教える義理も道理もありませんね。……ロベールから聞きましたが、あなたのような人間が教える側とは世も末です」

「ふーん、あの子帰ったんだ?」

「ええ……昨夜に帰ってきました。……件の殺人鬼、ご存知でしょう?『始末は僕がつける』と意気込んで飛び出したので、心配していました」

「あっそう……ところで、なんで着いてきてんの?」

「もちろん、シャルロットの安全を考えてなのですが……何か?」


ばちり、と、2人の視線が重なるたびに火花が飛ぶ。

シャルロットがなにか口を開いたところで、状況が好転するとは思えない。視線を下に向かわせたまま、時が過ぎ去るのを待とうとして……


「あ」


息を切らせて現れた奈緒に、視線を奪われた。

おはよう、奈緒ちゃん。……そう、呑気な挨拶を告げることはできなかった。

……隣で晃一のまとった雰囲気が、異質な冷たさを帯び始めていたからだ。


「……お久しぶりですね、お嬢さん(マドモアゼル)


クロードはにこりと微笑むが、晃一は知っていた。

奈緒の父……龍吾を殺めたのが「ヴァンパイア」であることを。……そして、この男が、その死に絡んでいることも。

そして、シャルロットもクロードについてはよく知っていた。

……こちらは、彼が生粋の「女好き」であることを。


「なんで……」


奈緒の唇から、呆然と言葉が紡がれる。


「なんで……もっと早く来なかったのさァ……」


爛々と輝く瞳が、クロードを射抜く。


「あなたとの約束を破るような形になってしまって、申し訳ありません。ですが、私のとる立場としてはあの誘いを断るしかなかった……と、それだけはご理解願えますか?」


晃一はシャルロットを連れ、逃げることを考え始める。……だが、ここで仇討ちの闘争でも始まるのなら、奈緒が無事に済むとは思えない。教師として、教え子を見捨てるのはさすがに胸が痛む。

シャルロットもごくりと唾を飲む。まさか、そこまでは予測していなかった。

……クロードが、奈緒のことも口説いていた可能性を、それまでは一切考えもしなかった。


「待ってたのに!あたし、クロードさんと殺し合えるのずっと待ってたのに……ッ」

「熱烈なお誘いですが、あなたはまだうら若き少女……。その申し出を受けることはできません」

「どうしてそんなこと言うの!?あたし、オヤジなんかよりよっぽど楽しませられるよ!?」

「……ええ、そうかもしれませんね。ですが、まだ早い。あなたは幼すぎます。……数年後、またお待ちしております」


晃一とシャルロット、互いのズレた思惑は、奇しくもどちらも正解と言えた。

奈緒は色恋によりも戦いに血を燃やす少女で、クロードはその性質を知ってなお、数年後の逢瀬を想定し……やはり、口説いていた。


「クロードさん、最低です」

「断ろうとは思ったんだが……ほら、将来いい女になりそうだろ……?」

「最低です……」


小声での会話を知らず、「ねぇねぇ戦ってよー!」と奈緒は子犬のように吠えたてる。

その様子に、晃一は妙に納得していた。


2人とも、別の意味で龍吾とよく似ている。


「ところでクロードさん、ロベくんは?」

「……ん? 気になる「センパイ」を迎えに行くっつって出てったが……。 ……あいつ、まさか太陽バテしてぶっ倒れちゃいねぇだろうな……」


シャルロットの問いに首を捻りつつ、クロードは近くにいるはずの少年を探し始める。

シャルロットもキョロキョロとあたりを見回すが……植え込みの影で震えている金髪が視界の端に入り、とりあえず、そっとすることにした。




***




「花野センパイ……。僕……ちょっとだけ、センパイの気持ちわかりました……」

「ロベールくん……強く生きて」


植え込みの影に蹲るようにして、少年はひたすらに落ち込んでいた。水滴が金髪を濡らしているが、気にかける余裕もないらしい。

美和はその肩に手を置きつつ、「それはそうとしてあの組み合わせも……」と小さくぼやいた。


「……?あの二人、何してるんだ?」


通勤中、偶然近くを通った次郎が声をかけようとする。……が、


(ぼん)、仁左衛門より伝達です」


背後より音もなく現れた伝七の声が、「大上次郎」を「蒼牙守(そうがのかみ)次郎左近(じろうのさこん)孝継(たかつぐ)」として呼び止めた。


眞上(まがみ)に男児が産まれやした」


その言葉の意味を、次郎はよく分かっていた。次に問うべきことも、理解している。


「ヒトだったのか?」

「はい、正真正銘、ただの人間だったとか。まあ……仁左衛門の見立てでは、ですけど」


大上(おおがみ)と同じく、「大口真神(おおくちまがみ)」を祖とする旧家、眞上。祖先は全く同じではあるが、奈良の豪族(ごうぞく)からの流れを受け継いだ分家でもある。


眞上家に嫁いだ犬上(いぬがみ)家の次女、六花(りっか)が懐妊した(しら)せは以前に届いていた。

男児が生まれれば、その赤子が世継ぎになる可能性も高い。……それが、土地神の加護を受けた「大神(オオカミ)」であったのなら、尚更だ。

……されど、いや、だからこそ、赤子の生誕を手放しで喜べるほど、「彼ら」の置かれた状況は平穏ではない。


「仁左衛門が間違えるとは思いにくい。……ってことは……えっと、兄さん達風に言うなれば、眞上は見限られた……ってことか?」

「とと、まだ可能性の段階ですぜ。もっとも、あっちの家は当代に一人も「加護」がねぇんでさ。時間の問題かもしれやせん」

「……そうか。……大上も他人事じゃないって……また、ピリピリするんだろうなぁ……」


その「血脈」を、母や兄は誇りと呼ぶが、次郎にとっては呪縛にも等しかった。


「研究を進めれば……きっと、兄さん達も認めてくれる。俺たちだって、この世界に生きる「生物」の単なる一種に過ぎなくて……だからこそ立場に縛られる必要も無いんだって、分かってくれる」


祈りのように吐き出される言葉。


生き物だから、縛られてんじゃねぇですかい?


伝七はそのセリフを飲み込んだ。彼に、次郎の語ることはよく分からない。だからこそ、伝えるべき言葉かどうかも……判断がつきにくい。


「……あ、そういや……明日は、また兄君が「勤務」なさるとのことで」

「ん? ああ、そうだな。……何事もなければいいんだが」


鼻につく雨の匂いに不安を抱きつつ、次郎は、今度こそ声をかけようとロベール達の方へ向かった。

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