表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
夕暮れの陽(ひかり)【異端と異形と異常が織り成す恋愛譚】  作者: 譚月遊生季
Juin

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

18/43

第16話 傷

セザールは自尊心の高い男だった。

……そして、届かない理想を愛する男だった。

届かない理想に心を奪われ命すら失った親友を、羨ましいとも、愚かだとも思った。……けれど、それ以上に唯一無二の友を奪った太陽が、人間が、とにかく恨めしかった。


──太陽よ、なぜ私を愛さない……!


そう告げ、セザールは死んだ。……自ら命を絶つことを選んだのだ。

その叫びが、まだ仮面のヴァンパイア……アラン・ルージュの耳から離れない。




***




「……あの、大丈夫ですか?」


愚かな餌が近寄ってくる。……男の声だ。

セザールの威圧(ブーケ)なら、こうは行かないだろう。あれは、対象を動けなくする技だ。


「調子、悪そうですけど……」


こんな仮面をつけていても、人間(エサ)は気にせず寄ってくる。……そして全身の血を吸い尽くされ、死んでいく。

己の親愛(ブーケ)に惑わされ、向こうから勝手に飛び込んでくる。

血を奪い尽くし、足首を断ち、すべて俺のモノにしよう。……と、

歪んだ思考が牙を剥く。爛れた渇望が舌なめずりをする。


「見ぃつけた」


壁に飛び散った血飛沫は、アランのものだった。からんからん、と、仮面が地面に落ち、持ち主の血潮に染められていく。


「太郎右近殿は優しいお方がやき、ちっくと難しかったがろうけど……俺は仕事なら兄貴でも友達でも殺せるがじゃ」


声と足音が近づいてくる。……耳元でガリガリと、齧り付くような、貪るような音がする。

……黒い犬のような影が、視界の端に映る。

ひぃっ、と悲鳴を上げ、逃げ去っていく男にも、同じく影が飛びかかる。


「あー、すんません。ちょっと記憶消すだけなんで、そんな痛いことにはなりやせん。……たぶん!」


にかりと八重歯を見せて、犬上伝七は笑った。……直後、射抜くような獣の視線がアランにのみ向けられる。

背後には、まだ数十匹ほど犬の影が控えていた。




***




「お兄ちゃん」


記憶の奥底で、泣く少女に手が伸ばせない。

……やがてアランの妹は、アンヌはうっとりと笑って、血溜まりのほうへと、むしろ嬉嬉として走っていく。


「あの人は、私を愛してくれた。……いいえ、あの人だけが、私を愛してくれる」


アンヌは幼い頃より憧れた相手と夫婦になったが、夫は太陽に心を奪われ続けて死んだ。

息子を兄と助け合いながら育てても、心の歪みは治らなかった。

その愛がどれほど破滅的でも、痛みしかそこになくとも、彼女はそれを選んだ。……人を、心を、何もかもを愛せない研究者にその身を捧げた。


「……目が覚めたか」


その声は、どの仲間の声でもない。

カチリ、と鳴り響く金属の音が、死を感じさせる。

……ああ、もう、終わりか。足りねぇなぁ……。

ドロドロと、思念が血臭に塗り潰されていく。

まだ血が欲しい。まだ飲みたい。まだ味わいたい。まだ殺したい。まだ奪いたい。まだ、まだ、まだ、まだ、まだ……


まだ、終わらせるものか。


「……ふむ……私も未熟というわけか。……死の恐怖に克つことができようとも、これはやはり慣れぬ」


つい先日、自らを斬った男の声が、動かない身体に冷ややかに死を突きつけていく。


「この刃、友を傷つけるためには研いでおらぬゆえな」


アランを友だと、そう告げたわけではない。……能力(bouquet)について悟られたのだ。


アランの友は、セザールは、とうの昔に死んだ。

親友の自分すら振り切って絶望(ひかり)の元へ向かい、すべてを失った。

セザールも、アンヌも、……そして自分も多くを失ったというのに。太陽はさも正義のように天を照らし、人間はそれをさも当然のように享受する。


奪ってやる。


どこにそんな力があったのか、もはやアランにも分からない。

刃が閃くより早く、焼け爛れた腕は太郎右近の首元を掴み、押し倒していた。


「……ッ」


金の瞳がぎらりと光る。……やはり、太郎右近の刃は「敵を斬る」ものであった。

ごとりと、畳に異形の頭部が転がる。

肉体から離れてなお、赤い眼光は金の瞳を睨めつけていた。


「済まぬな。いくらまやかしで誤魔化そうと……私にも、負うた役目がある」


ふっと細められた瞳は、親愛(能力)のためか、それとも、また別の感慨か。


「……貴君には聞かねばならぬことがある。どうせ、その(なり)でも死にはせぬのだろう」


転がった首に向け、太郎は静かに言葉を紡ぐ。


「仁藤亮太、という少年について……知らねばならぬことがある」


お兄ちゃん、私は亮太さんを愛しているの。

そう、屈託なく笑ったアンヌの姿を思い出す。


「……血を寄越せ」


アランはその要求を、返答の代わりとした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ