第15話 blessure
眼中にない。意識の外側。……そう、突きつけられた胸がズキズキと痛む。
美和とて分かってはいた。彼の瞳に映るのは、いつだって別の世界だと。
……見てくれたことなど一度もないのに、恋をしてしまったのが自分だと。
その恋が決して、叶うようなものではないことも。
***
美和とシャルロットが公園のベンチに腰掛け、奈緒とロベールはその脇に立つ。
沈んだ面持ちの美和に、まず奈緒が声をかけようとするが、ロベールは「どうせろくなこと言わないでしょ」と止めた。
「見て、美和ちゃん。てんとう虫だよ」
花開き始めた紫陽花の葉に、斑点を背負った赤い昆虫が這っている。シャルロットはそれを指さして、「かわいいね」と笑った。
元気づけようとしているのは伝わった。……それでも、美和は目を伏せるしかなかった。
少なくとも、目の前の友人は……次郎の視界に「入っている側」なのだから。
「……何をしたら、特別になれるのかしら」
その言葉がシャルロットを……引いては姉を傷つけると知りながら、止めることはできなかった。
「私には、何も変わらないように見えるのに」
ぽろぽろと、涙が落ちる。
シャルロットは、ぎゅ、と拳を握りしめ、薄い唇から言葉を搾り出した。
「本当に、そう思う?」
それが、心からの思いなら、どれほど救いになるだろう。
それが、無知からの戯言なら、どれほど残酷なことだろう。
……それが、善意からの嘘なら、どれほど罪深いことだろう。
ゆっくりと、美和の黒い瞳がシャルロットの赤い視線と交差する。
「ええ」
怯むことなく、少女は言い放った。
「本心よ」
おもむろに立ち上がり、静観していた奈緒、ロベールにも向き直る。
「私、言ったわよね。非科学的な存在は信じないって」
む、と反論しようとするロベールを、「しーっ」と奈緒が制する。
ふわりと、長い黒髪が夕暮れの風になびく。
「だって、実在を証明できるようになるなら、それは非科学的とは言わないと思うの。この世にまだ理論が発表されてないってだけの話かもしれないわ。……吸血鬼だの、食人鬼だの、呼び方にすら差別意識が見え見えよ。人間ってそんなに偉いのかしら?」
だからこそ、少女は「変わらない」と告げた。
「結局は、同じ生命でしょう?」
その言葉は、シャルロットの救いにはなり得なかった。
理想には思える。夢みた世界に近いとすら感じる。……けれど、シャルロットの心は「違い」に苛まれ続けてきた。
美和に、その「差」が見えているかどうか……。
それでも、その傷は、確かに希望を宿していた。
「……そう、だったらいいね」
ぎこちなく笑って、シャルロットは空を見上げた。
雨雲が、茜色の空を半分ほど覆っている。……その薄暗さにほっとする自分は、やはり「吸血鬼」なのだろう、と……その気持ちは胸の中に秘めた。
***
陽は傾いていく。
ぽつり、ぽつりと、雨の雫が夕闇に音を添える。
日が翳ったのを感じ取り、仮面の男は動き出した。
仮面に染み付いた血は、雨が降っても流しきれはしない。のっぺりとした平面に、いくつもの水滴が流れていく。
後ろでまとめた長い白髪を伝い、雨粒は地面に流れ落ちる。やせ細った皮膚に張り付くワイシャツも、水を吸って重くなるロングコートも、とにかく煩わしい。
ふと、男は右手に持った己の足首を横目で見る。逃げるため引きちぎったそれにくい込んだ鎖は、どんなからくりを使ったのか……どうにも、解けそうにない。
しばし感触を確かめ、ぽいと投げ捨てた。ふらふらと壁に手を伝い、歩いていく。
生きたかった。
そのために、誰を、何人犠牲にしようが構わなかった。……けれど、それだけではない。
悔しかった。
自分たちよりも気楽に、平然と、能天気に生きられる生命が、憎らしかった。
だから、奪ってやりたかった。





