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第12話 絆

その夜、太郎右近は返り血に塗れて帰ってきたと、許嫁(いいなずけ)八重(やえ)は人づてに聞いた。

怪我はないか、身体に障らなかったか心配ではあったが、八重が部屋の外に出ることは叶わなかった。……恐ろしかったのだ。返り血に塗れた、「友」の姿を見ることが。


八重は大上に嫁ぐと定められた身ではあったが、太郎右近とは良き友としての関係を崩さずに今日まで過ごしてきた。……男女とはいえど、彼らは互いに愛し愛される仲ではない。周りがどう思おうが、2人にとってはそれが真実だった。


「八重殿」


障子の向こうから、慣れ親しんだ声がする。恐る恐る戸を引くと、微かに血の香りが漂った。


「……太郎殿、お怪我は……」

「この通り、無事に帰って参った」

「それは良かった……。心配で心配で、夜も眠れませなんだ……」


世継ぎのことを考えねばならぬと、2人にもわかりきっていた。……わかりきっていてなお、やはり、互いに一線を超えようとは思えない。……唯一無二の友であるこの関係を、守っていたかった。


「太郎殿、(わたくし)はこの部屋から出ることすら恐ろしい身……。……このままではならぬとは存じておりますが、お父上の最期を思えば……」

「……八重殿、私とて無理など言わぬ。貴殿とこうして言葉を交わせば、気が休まるゆえ……それだけで構いはせぬのだ」

「ええ、ええ、私も同じ気持ちにございます。貴方様と話すのは、やはり、気が楽にございます」


おずおずと頭を下げ、八重はまた戸を閉めた。……限られた人と関わることですら、彼女にとっては大きな気力を必要とする。

幼い頃、太郎の父……大次郎の死を目の当たりにしてからというもの、彼女は多くのことを恐れ、縮こまるようになってしまった……年月を経ても一向に消えることのない、脳裏にこびりついた紅に怯えてしまっているのだ。


部屋を後にし、太郎は軽く咳き込む。……昨夜の吸血鬼は仁左衛門の拠点に連れていかせたが、まだ気を緩めるわけにはいかない。


「仁左衛門、あの不埒者はどうしている」


縁側に跪いた影に、声をかける。


「はっ、今のところは大人しくしておりますが……意思疎通ができぬ以上、はっきりとは申せませぬ」

「……左様か。哀れな化生(けしょう)よの……」


ため息に滲んだ憐憫が、湿った空気の中に沈む。


「……と、ところで、あの、八重殿は……お元気でしたか……?」


従者のわかりやすい狼狽には苦笑しつつ、


「ああ、息災であった。……また、顔でも見せに行くといい」


実らない恋がせめて安らかであるよう、太郎は密かに願った。




***




「……やはり、俺が恋をしたのはお前だったのかもしれない。晃一……!」

「じろちゃんどうしたの?次は何があって頭が宇宙と接続しちゃったの?」


昼休み、職員室は変わらず騒がしかった。


「それがだな……!長年考えてきた恋愛感情について、そろそろ実のある回答が得られないものかと」

「そっかー。じろちゃん難しく考えちゃってるんだねー。恋って何ーって聞かれたらオジサンも困っちゃうけどねー」


次郎が突飛なことを言い出すのはいつものことだ。少なくとも晃一は、ある程度聞き流す技術を身につけている。


「大上先生、九曜です」


……と、スパーンと戸を開け放ち現れた少女は、音に似合わず神妙な顔立ちでぺこりと頭を下げた。


「……おお、学校のことか?それとも別件か?」

「騒動がありました。竹田女史は大上先生をご所望です」

「……竹田先生が……?わかった、今行く」


晃一はスポーツ新聞を読みながらコーヒーをすすり、ひらひらと手を振って送り出す。

次郎がたどり着いた先で見たものは、


廊下にて、奈緒に技をかけられ青息吐息のロベールだった。


「強くしたげるって言ってんじゃん!!」

「暴力反対!!!助けて大上先生ー!!!」


……どうやら、名前を知っている次郎に助けを求めているだけのようだ。首が完全にロックされ、バンバンと青白い手が床を叩いている。

次郎を呼んだらしい竹田という教師は、「では私はこれで」と即座にその場を立ち去った。


「あ、聞いてよ大上先生!!こいつお姉ちゃんに挨拶しようとして結局逃げたんだよ!コンジョー鍛え直さなきゃだよね!?」

「だってぇぇぇえ今更どんな顔して会ったらいいのさぁあ!!」

「よく分からないが、俺だってたまに兄さんを目前にしたら逃げたくなる!母さんもセットだと余計にだ!」


一方、当事者のシャルロットは喧騒から離れ、美和の隣でため息をついていた。


「ロベくん……見栄っ張りなのお父さんに似たのかなぁ……」

「結局情けないところ見せまくってるんだから、早く会いに来たらいいのに……」


数分後、泣きべそをかいたロベールが奈緒に引き摺られるよう連れてこられる。喧嘩の仲裁で顔に引っかき傷をつくった次郎も、満足げに付き添っていた。


「うわぁぁあん姉さんんんんいじめられたぁぁぁあ」

「ロベくん……よっぽど怖かったんだね……?」


シャルロットに抱きついて号泣しながら、ロベールは奈緒に向けてべーっと舌を出す。

美和は呆れつつも、「美しき姉弟……絵になるわ……」と、明後日の方向に思考を飛ばす。


「……別に、悪気があったわけじゃないんだけど……」


……本気で可愛がったつもりだった奈緒は、複雑そうに言葉を濁らせた。

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