表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/1

中の人などいない




 飲みの席で「怖い話ないの?」ってふられると、思い出すことがある。たぶん、向こうが求めてるよーな心霊的な話じゃないんで、その場は笑って流すんだが、まあ、その度に思い出す。


 ちょっと変わったバイトの、ちょっと奇妙な出来事を。



 ◆◇◆



 大学4年の夏、俺は暇を持て余していた。


 俺は要領がいい。

 あえて言おう、自慢だ。

 活動解禁日にとっとと内定をもらい、就活戦線から足抜けした。サークル仲間からは恨みと呪いのメッセージを浴び、慇懃(いんぎん)もすぎると無礼になる返信をぽちぽち送っていた。


 それにも飽きて暇だ暇だとネットでつぶやいていたら、友人から短期のバイトの誘いをもらった。なんでも、研究室の実験で手伝いが必要だという。俺は根っからの文系である。三角関数を見ると寒気が走るほど無理だ。理系の研究なんぞわかんねー、と返したら、特に知識は不要だという。

 必要なのは、ちょっとした体力と、そこそこのマナー、知らない人とも世間話ができる程度のコミュニケーション力。


 それなら、まあ、無理じゃない。

 これも自慢だが、大手食品会社の営業内定が出る程度には体力もあり、常識もある(はず)。アニ研サークルの萌え豚同志の中じゃあ、俺が一番社交的だ。


 日当5000円、実働2時間、期間10日。

 おいしい条件に釣られてほいほいと研究室へ足を運んだ。


 そこで、俺は初めて見たのだ。

 人間そっくりのロボット、というヤツを。




「いやー、しかし悪いね。こんな暑い日に」

「や、大丈夫っすよー。俺、そこそこ体力ありますんで」


 本当はくっそ暑い。

 暑いがそれを言わないのが日本人ってやつだ。


 俺はよくわからんことを考えながら、炎天下、大学への道を歩く。いつもはチャリで行く道だ。20分もかかんねーとこだが、今は折りたたみ型の車いすを持って、ちんたら歩く同行者がこけねーように見張りながら歩かなきゃなんねぇ。

 

 シャツで汗をぬぐう。


 横からペットボトルがぬぅ、と出てきた。


「どうぞ。こまめに水分を補給してください。私より、君の方が大変だ」


 小節尾(こぜつお)さんが――正しくは俺も住んでる裏野ハイツの101号室に、今もいる(・・・・)小節尾さんが、大学途中の道ばたにいる俺に対し、小節尾さんそっくりのロボット(・・・・)を遠隔操作してペットボトルを差し出させている。


 外見は50代ぐらいのおっさん。髪の毛は……うん、残ってる。スーツの下にYシャツ。ちょっと出た腹がきつそー。笑った顔が人畜無害な感じの、ふつーのおっさん。ゆっくり、ふつーに、何の道具もなく、歩いている。でも……でも、小節尾さんは、本体の小節尾さんは、杖なしでは、歩けない、のだ。


 ふつーのおっさんそっくりの、ロボット。


 それが、俺に、ペットボトルを差し出している。

 このくっそ暑い中、汗も脂の照らつきもねぇ顔で、笑いながら。


「……あんがとございます」

「いやいや」


 ペットボトルは、アクエリだった。

 俺はポカリ派だが、黙って飲んだ。



 ◆◇◆


 

 代替用(だいたいよう)義肢(ぎし)


 初めてその言葉を聞いた俺は、「だいたいよーぎし、っすか」と繰り返した。

 ちょっとアホっぽい。


 代替用義肢ってのは、まあ、義足や義手の発展版、ってやつだ。「義」の部分が手足だけじゃなく、体まるごと全部が機械。

 この研究の目標ってのが、人間そっくりのロボットを作り、それを無線で遠隔操作して外出させること。操縦者は安全な場所にいて、ロボットを歩かせたり作業させたり、ロボットを通じて他の人間とコミュニケーションできるようにすること。

 日本じゃ原発の廃炉作業がまだまだ途中だ。そーいった所で使えるって話。


 それなら人間そっくりじゃなくてもいーんじゃねえかと思ったが、別の研究目的もあるんだとさ。事故やら事件やらで体が不自由になった人が、それを使って社会に復帰するとかなんとか。もとはこっちの研究がメインで、危険な作業の替わり用、ってのは研究費をもらうために後からつけた目的っぽい。世間はきびしーね。


 ちなみに、義肢の「肢」ってのは足とか腕とかを意味する。だからちょっと違和感があったんで、「『義体(ぎたい)』じゃないのか?」とは聞いてみた。全身機械の女主人公が活躍する、古いが有名なアニメ(原作は漫画)での呼び方だ。これでもラノベは読むから言葉にはうるさい……つもりなのだ。

 ネタ元を知っていた友人が言うには「ありゃ中に意識が入っちゃってんだろ」とのこと。まぎらわしいんで、わざと「肢」にしてんだと。確かに、こっちのそっくりロボットは遠隔操作だ。中の人はいるが、中に人などいない。


 俺はさっぱり知らなかったんだが、こんな研究が世の中じゃ進んでたらしい。

 で、とうとう研究室を飛び出し、外での実験を開始したってわけだ。


 今回、実験の被験者になったのが、小節尾(こぜつお) 読猛(どくも)さん。俺の大学で事務やってるおっさん。読者モデルになりたかった親にこんなDQNネームをつけられた。怪我して足を悪くしたとかで杖をついて通勤。目立つんで、俺も構内で見た覚えがある。

 このおっさんそっくりのロボットを作り、10日間(土日除く)、おっさんが自室からロボットを操作して大学まで出勤・勤務する。勤務にしても事務仕事なんかは無理だから、受付に置いて学生や来客の応対をする。そんでその人たちの反応も見る。あんまり多いと通常業務にも支障が出るから、学生が夏休みに入る8月に時期を設定したんだと。


 遠隔操作のシステムは意外と簡単だった。

 ロボットに仕込んだカメラを映すモニター。ロボットの周囲の音を拾うスピーカー。視線や首の角度をトレースするセンサー。歩行などの動作は、なんとジョイスティック操作だった。歩くのは、実は段差や階段の対応パターンを組み込んだプログラムで制御している。モーションを取る方法だと実際に歩けない人に応用できないからだそうだ。この対応パターンを豊富にするのも実験目的の一つ。


 けっこう大がかりな話だ。

 なんせ小節尾さん、このために裏野ハイツ101号室に仮住まいをしている。


 裏野ハイツは大学までチャリで20分。交通量はほどほど。周辺はどこにでもあるよーな住宅地。実際に人が生活している、と考えるにはちょーどいいんだろう。


 ところでこのロボット、1人(?)では外出できない。サポート役が必要になる。歩くのがまだ上手くないので電車やバスには乗れないし、歩く速度もかなり遅い。無線が切れたら動作が止まって最悪こける。小節尾さんは電車通勤だそーだから、自宅から通わせる、ってのは難しかったらしい。役所も、人間の補助なしで歩かせる、という案には許可を出さなかった。


 そこで、裏野ハイツ203号室に住み、暇で仕方ない俺にお声がかかったのだ。


 俺のやることはしごく単純である。

 朝と夕方、このロボットが歩くのを後ろからついてけばいい。こけそうになれば支えるし、でかい段差があれば一声かける。近所のガキがちょっかい出してきやがったら「はーい僕たちーちょっとごめんねー」とあしらう。これで日当5000円。ちょろい。

 折りたたみ式の車いすは万が一用。無線が切れて止まっちまったらこれに乗せて、大学か裏野ハイツか、近い方に向かう。

 ロボットをよく見てなきゃなんないんで、仕事中は原則スマホ禁止。見るだけも極力やめてほしい、とのこと(友人連中には事情を伝えておいたんで、まあ大丈夫)。


 あとは、ロボットを通して、小節尾さんとタノシクオナハシすること。

 そっくりロボットに対する俺の反応の変化も、観察項目になるんだと。


 反応の変化。

 これが大事なんだそうだ。


 正直な話、この「代替用義肢」をはじめて見た時、俺は、気味が悪ぃ、と思った。もちろん口にゃ出してない。出しやしなかったが、本当に、体型から髪の薄さから、何から何まで小関尾さんにそっくりに作られていて、研究室で両方から挨拶を受けたときには、なんか落ち着きが悪かった。小関尾さんは操作装置に座ってるし、そっくりロボットは同じ声出してお辞儀してくるし。顔の皮の下にエアチューブみたいのがあって、それで表情も作っているそうだ。触らしてもらったら、人間みたいに、柔らかくて、あったかかった。


 それにも、気味が悪ぃ、と思った。


 なんでだろうな、同じ顔が二つあること?

 いや、同じ人間が同時に二つ存在しているみたいで、それで気味が悪かったのかもしれない。双子だって、中身は違う。


 でもまあ、人間は慣れる生き物だった。

 朝は101号室前で挨拶をし、一時間だらだら歩いて話し、大学の事務局前で別れる。帰りは事務局前で待ち合わせし、一時間べらべら話して歩き、101号室のドアを開ける。付き合いたての彼氏彼女か。

 不思議なもんだ。

 回数をこなすと気持ち悪さもなくなってくる。

 今じゃ、なんで気味悪いと思ったのか、よくわからない。友人に「いいデータ取れたろ?」と言ったら「よくあるパターンだ」と返された。典型例らしい。ちとおもしろくない。


 小節尾さんのキャラクターが良かったのも大きい。


 足を悪くしたので外出が減り、暇つぶしに最近のアニメを見たら泥沼レベルでハマっちまって、興味なかった若い頃のヤツもレンタルしたら号泣したんだと(天元突破するロボットアニメ)。

 アニ研所属の身の上としちゃあ黙ってられねー。

 今期のアニメやここ数年のマイベスト作品を話し合うこと二日。方向性は違うものの――「あの水着回、乳袋のプルン感がけしからんほど良かったです」「そうだねぇ。私は、それに、あの、詰まった質感のあるむっちりとしたお尻から太股も、とても良かったねぇ。まさに『ししむら』という感じでねぇ」――お互い、尊敬すべき視聴者であることがわかった。今じゃ心の中で勝手に「ドクモさん」呼びだ。


 ドクモさんは穏やかな性格で、ゆっくり歩くように、ゆっくりしゃべる。

 アニ研仲間じゃどうしても早口になるし、時には信条の違いで――「あの回は作画崩壊です!」「ちげーよ狙ってんだよあの崩し具合がいいんじゃねぇか!」――言い争いにもなる。違いを認めつつも、さりげなく自分の主張を通してくるドクモさん、すげえ。人生の先輩としても尊敬できた。ちなみにこの人、妻帯者で娘さんもいる。俺は将来に希望を持ったね。


 この頃には、俺は、目の前にいるのがロボットなのだと、ドクモさんは101号室にいるのだと、そんな事実を意識しなくなっていた。

 ドクモさんの姿をして、ドクモさんの声で、ドクモさんの趣味を話すこのロボットを、ドクモさんだと。

 この中に、ドクモさんがいるのだと、ごく、ごく自然に思っていたんだ。


「日差しが強いようだねぇ。水分補給するかい?」

「持ってきたんで大丈夫っすよ。ちなみに俺、ポカリ派なんです」

「私はポカリだったら水のように薄いのが好みだねぇ」


 こんな話をできるくらいには打ち解けていた。

 ドクモさんとは今でも仲が続いている。行きたいイベントが重なれば一緒に参加し、飯を食ったりする。(さかな)のうまい飲み屋も教えてもらったな。


 ……まぁ、それでも、俺は。


 最終日にあった、あれ、を。

 俺は、いまだに、ドクモさんに話していない。

 話せて、いない。



 ◆◇◆



 実験最終日。

 帰宅途中にゲリラ豪雨に襲われた俺たちは、わき道にある神社で雨宿りをしていた。ドクモさんロボットは精密機械だ。防水加工がしてあるとはいえ、ぬれないにこしたこたーない。


「よく降るねぇ」

「やー参りましたね。ずいぶんぬれちまった。そっちは大丈夫っすか」

「うーん……この雷だからかなぁ、私のほうは、無線も不安定になってる。歩くのはちょっと危ないねぇ」


 雨がぽつりと落ちた時点で俺はドクモさんを車いすに乗せていた。なんせ歩くのが遅い。車いすに乗ってもらい、俺が押したほうが早かったのだ。

 社殿の軒下、ドクモさんと相談する。この神社からなら裏野ハイツも近い。この雨だ。足場も悪くなってるだろうから、雨が止んでも車いすのままで帰ることになった。


「すまないねぇ」

「それは言わないお約束っすよ、おとっつぁん」


 軽口をたたいていると――




 ――大気の一瞬の静寂

 ――雨雲を走る光の筋

 ――閃光


 ――神鳴り




 ――とんでもない光と轟音が落ちた。


「……ってえ! うわ、落ちたなこれ!」

 耳を押さえて空を見上げる。

 グラリ、車いすのドクモさんが、前のめりになった。

「大丈夫っすか!?」

 慌てて背中を支える。無線が切れたのかもしれない。

 めっちゃ焦ってると、ドクモさんの声が聞こえた。どうやら切れずに操作できてるらしい。

「大丈夫だよ。しかし、すごい雷だねぇ」

「っすねー。さっきの、近くに落ちたんじゃないんすか?」

「だねぇ」

 あの雷は最後の悪あがきだったのか。雨が止み、空がみるみる晴れていく。

 天気予報で大気が不安定だとは言ってたが、こんなに急に変わるんじゃ参るわー。


「帰りましょうか」

「そうだねぇ。今のうちかな」


 また降られてはたまらない。青空が見えているうちに帰ることにした。


 季節は夏真っ盛り。

 夕方のくせに太陽が気合いを入れてアスファルトを照らす。

 水分を蒸発させては作られる陽炎。

 揺れる景色と湿気にむせれば、耳を埋めるのは鳴き出した蝉の羽音だ。


 とっとと帰ってクーラーつけてぇ。

 つかシャワー浴びたい。


 んなこと考えながら車イスを押してたら、ドクモさんが話しはじめた。


「そういえば、103号室の男の子、ずっと勘違いしてたみたいだねぇ」

「ああ、あの子っすか。やー、親には言っといたんすけどね、今回の実験の話」

「『もう一人いるんだよね』って言ってたねぇ」

「なんか、二人住んでるって勘違いしてたみたいで」



 あらかじめ、裏野ハイツの住人には実験の趣旨――裏野ハイツ101号室にドクモさんは住むけど、外にでてくるのはロボットのほう――を説明している。202号室の奴はつかまんなかったが、201号室のばーさんが知り合いらしいんで、そっち経由で説明パンフを渡してもらった。みんなピンとこない顔してたけど、大学のちゃんとした実験、ってことで、まあ納得してた。

 よくわかってなかったのは103号室の子どもだ。

 夏休みだから裏野ハイツの周りでよく遊んでる。挨拶もすんだが、この間は「お部屋の人は病気なの?」と聞かれた。外にいるのがロボットで、部屋にいるのが本人だ、とはまだ理解できないらしい。無理もないか。


「まー、俺もたまにわかんなくなりますしねー。ここまでそっくりだと、ほんとに小節尾さんが中にいるよーに感じますし」

「なるほどねぇ。ここに、いると。中にねぇ」


 車いすを押してるから、俺からドクモさんの表情はうかがえない。

 ただ、何かに納得したように、大きくうなずいている、のはわかった。


「本物かもしれないねぇ」

「……へ?」

「いやぁ、あの子にとってはさ、こちらのほうが本物の『小節尾(こぜつお) 読猛(どくも)』かもしれない、と思ってねぇ。あの子は部屋にいるほうを見ていないだろう? この、出歩いている姿しか見ていない。あちらは杖なしでは歩けないのにねぇ。あの子の認識の中では、杖なしで歩ける、こちらが本物なのかもしれないねぇ」

「いやいやまさかー。ちゃんと、見ればわかりますって。それに、小節尾さんが動かしてるんだから、こっちも本物でしょーが」

「そうかな?」

「そーっすよ。中の人はいるけど、中に人はいないんですから」

「うまいこというねぇ。座布団を進呈しよう」

「あざーっす」


 そんなことを話していれば、あっという間に裏野ハイツに到着だ。

 とにもかくにも、蒸して暑い。暑さに頭がゆだった俺は、ついうっかり101号室のインターホンを押してしまった。本人がここにいるというのに、アホである。


「あっちゃー、すいません」


 鍵はドクモさんが持っている。それをもらおうとした時――



「大丈夫だったかい!?」



 ――勢いよく、101号室の扉が開いた。

 


「神社にいたとき、雷が近くに落ちたみたいでねぇ、無線が切れたんだ! 電話は入れたんだけど。いやー、最終日にすまないねぇ。雨かと思ったらこの暑さだ。大変だったろう」



 何か飲むかい、ポカリあるよ。



 言ったのは、小節尾(・・・)さんだ。杖をついている。ずっと部屋にいるから、油断して、ちょっと気の抜けたキャラTシャツを着てる、小節尾さんだ。本人だ(・・・)。毎日見てる。



 何を言ってるか、は聞こえた。

 何を言ってるか、わからない。


 や、雷が落ちたのは落ちたっぽいですけど、でも切れてなくて、無線、切れてないって、いや、えぇと、あの時は大丈夫って――



「……へ?」



 えぇと、じゃあ、あの、俺、話してましたけど、ドクモさん、ねえ、話してましたよね、ドクモさん――



 のぞきこんだドクモさんは、うなだれて、ピクリとも動かなかった。


 何も言わない。

 無表情のまま。


 当たり前だ。

 だって、無線が、無線が切れてたんだ。

 動くはずがない。

 中に人などいない。


 でも、じゃあ、じゃあ、さっきまで、俺が話していたのは――


「大丈夫かい!?」


 ひどい立ちくらみがした。

 世界が回る。

 俺は、いつの間にか、地べたにうずくまっていた。




 俺は熱中症になりかけてたらしい。

 部屋でしばらく休ませてもらった。

 黙って、横になっていた。


 横になって、ドクモさん――そっくりのロボットを眺めていた。


 ロボットはスタンドに固定され、空中に視線を向けている。ドクモさんは研究室に連絡を取るため席を外しているから、操作はしていない。


 ロボットは動かない。

 当然だ。

 中の人がいないのだから。


 ……当然だ。


 俺は、なんだか頭が痛くなって目を閉じた。

 そのうち大学の連中が来た。

 ちょうど最終日だから、と、ロボットを回収していった。


 俺がそのロボットを見たのは、だから、この日が最後だ。



 ◆◇◆



 実験は無事に終了した。

 俺の口座には5万円が振り込まれた。

 ドクモさんは自宅に戻り、101号室は空室になった。

 103号室の子どもに、「病気の人は、なおったの?」と聞かれた。


 俺は、さあ、と返した。

 それ以外、思いつかなかった。




 あとで研究室の友人に稼働記録を見せてもらった。

 あのロボットの、あの日の稼働記録だ。


 

 ……無線は切れていた。


 

 俺は、結局、誰にも、何も、言っていない。

 研究が進み、技術が向上し、いつか、誰でも気軽にロボットを遠隔操作できるが日がくるかもしれない。不登校の子どもとか、単身赴任のサラリーマンとか、家族と食卓を囲めない人たちが使う日が。それなりに必要性はありそうだ。そんな研究に、俺の、よくわからない、妄想だったかもしれない話でケチをつける気は、ないのだ。


 だから、誰にも、何も言っていない。

 それに、俺にもよくわからないのだ。

 あの時、いったい中に何がいたのか。


 わかっているのはこれぐらいだ。


 あの時、無線は切れていた。

 中の人など、いなかったのだ。











 ――こちらが本物なのかもしれないねぇ











 中に人など、いなかったのだ。
















【参考文献】

 石黒浩(2011)『どうすれば「人」を作れるか―アンドロイドになった私』/新潮社

【参考映画】

 監督:ジョナサン・モストウ(2009)『サロゲート』/ウォルト・ディズニー・スタジオ・ホーム・エンターテイメント


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ