***
こんにちは、葵枝燕です。
『窓の向こうの雨景色』、最終話です。時間軸は同じだけれど後日譚――な位置付けになっています。
「ねー、お母さーん」
少女は、店の奥に向かってそう呼びかけた。
「なーにぃ?」
「ちょっと、来てよ」
無色透明のビーズが連なった仕切りをかき分けて現れたのは、チョコレート色のエプロンを身に着けた女性だった。エプロンのポケットに、真っ青なハンカチを入れながら、少女の元にやって来る。
「どうしたの?」
「オルゴール、壊れたっぽいんだけど。螺子も回んないし」
「あら、そうなの? 気に入ってたのに」
少女は、怪訝そうに母親を見やる。その言葉とは裏腹の、明るい声音を見つけたからだった。母親はその視線に気が付き、困ったように笑ってみせた。
「古いものだからね、仕方ないわよ」
「でも、お母さん、このオルゴール気に入ってたじゃないの」
毎日嬉しそうにこのオルゴールの螺子を回す母親を知っていた少女は、ムスリとした顔のまま言った。
「そうね、長い間、いい曲を聴かせてくれたわ。優しく包み込んでくれるような……。でもね、このオルゴールが来たのは、お母さんがレイナくらいの歳のときよ。普通なら、とっくの昔に鳴らなくなってると思うわ」
「そんなに古かったんだ、そのオルゴール」
愛しいものにするように、母親はそっとオルゴールを撫でた。
「まだお父さんがこの店をしていたときに、常連の方が預けていったのよ」
「お祖父ちゃんがやってた頃っていったら、本当に結構前だね。どんなお客さんだったの?」
母親は、記憶を手繰るようにそっと目を閉じた。そして、静かに瞼を開く。
「確か……大学生くらいの男の人だったわね。大切なもの、だったみたいよ。向かいにあった古いアパートに住んでいてね、よくこのオルゴールを窓辺に置いて聴いていたわね」
「その人、どうしたの?」
母親は、静かに首を横に振った。
「ある日突然、ぱったりと来なくなったのよ。だから、今その人がどうしているのかは、お母さんにもわからないわ。でもとても、優しくてかっこいい人だったのよ。落ち着きもあってね」
「お母さんの初恋、だったりして?」
いたずらっ子のような表情で、娘は母親の腕をつついた。
「ま、この子ったら」
母親と娘は、顔を見合わせて笑った。
「おーい、何してんだ。夕飯にするぞ」
仕切りを挟んだ奥から、男性が呼ぶ声がした。
「はーい!」
娘がそう答え、駆け出す。母親はそっと、二度と音を響かせることのないオルゴールの蓋を閉じた。
外ではまだ、雨が降り続けている。
週一更新でお届けした『窓の向こうの雨景色』、いかがでしたでしょうか。救われない暗い話の多い私の作にしては珍しく、ハッピーエンド(?)になったかと思っています。
さて、あくまでもこれは、やはり読者の想像力に期待したいところですので、あとがきで内容に関してごちゃごちゃと書くのは控えようと思います。
しかしそうなると、書くことがなくなるのですよね……。登場人物なんてほぼいないし。どうしましょうね……。
あ、タイトルについて語ればいいんですね! その手がありましたよ。
タイトル――ノリで付けたんですよね。だって、何か付けなきゃマズイじゃないですか。しかし、後半は雨部分がログアウトしている現状……。だって、タイトル気に入っちゃったんですもん、しょうがないじゃないですか! 内容そのまんまなタイトル付けるわけにもいかないですしね。面白味に欠けますから。
ちなみに、舞台になった店にはモデルがあります。自宅から徒歩圏内にあるお店です。しかし徒歩圏内にあるのにもかかわらず、私は二回しか行ったことがありません(二〇一六年六月三十日現在)。そこで初めて食べたピーチパイがおいしかったんですよね。アップルパイとか、ホットケーキとかもおいしそうでした。ピザとかもあったような記憶があります。また行きたいとは思うのですけど、なかなか……。
まあ、そんなグルメ情報はさておき。
雨(結構な大雨でした。確か梅雨時だったかと思いますので、雨降りは無理もないですね)が降っているとある夜、そのお店の前を通り過ぎたそのとき、ひらめいた感じの物語がこちらです……とまあ、こういうわけなんでございます。ちなみに目的地は、近所の某レンタルビデオショップさんで、DVDを返却するために、雨の中、夜の町に飛び出す羽目になったのですよ。
そうそう、作中に出る「濃紺の傘」も、私がよく使っていたお気に入りの傘がモデルです。大きいので便利だったのですが……二〇一六年四月頃、大学内で行方不明になってしまい、今は手元にありません。
とにもかくにも、こういう話も悪くはないはず! 切なさと驚きとをかみしめていただけたならば嬉しいな、と思います。
読んでいただき、ありがとうございます!!