兄弟弟子
地に足を着けるナナシ。辿り着いた場所は、やはり灰色の世界だった。全てが止まってしまっている。
辺りを警戒しながら歩いていると突然、影を纏った物体が吹き飛ばされている状況に遭遇した。
「何じゃ!? 拙者以外に動ける者が?」
刀に手を添えながら進んでいく。ナナシが歩を進める毎に、物体の悲鳴が大きく聞こえてくる。鼻をつく臭いに警戒を強めていく。
(物体の臭いが強い。もう側まで来ている)
進行方向ばかりに気を取られているばかり、背後から近付く物体にナナシは気付いていない。臭いに嗅覚は麻痺をしている。
「君、伏せて!」
「うん?」
後ろからの声にようやく振り向いたナナシは、物体の存在を認識すると、迷いなく刀を振り抜いて斬った。
「君も動けるのかい?」
「助かったでござる。拙者、ナナシと申す。本来ならその質問は拙者の言葉だったでござるが」
「随分とこの状況に慣れているようだけど。良かったら話を聞かせて欲しいんだ。俺、飯沼夏郷」
「かざと! 夏郷殿でござるか!?」
まじまじと夏郷を凝視するナナシ。
見られている夏郷は不思議がっていた。
※ ※ ※
「……というわけでござるよ」
「成る程ね。俺にとって珍しい話じゃないよ。君が会ったのは、異世界の俺だよ。早姫さんは俺の師匠。君も早姫さんに教えてもらったのなら、俺とは兄弟弟子ってことになるのかな」
「オーマのことは?」
「さっきの影の奴に似たようなのなら知っているし、自分勝手な奴等とも何度か戦ったことがある。オーマというのは知らないけど、特別狼狽えるような事態ではないよ」
随分と落ち着いている夏郷。ナナシと同じように刀を腰に提げてはいるが、ナナシのように身構えてはなく、一見すると隙だらけのようにも見える。
「夏郷殿。話をしている間に状況が変わったようでござる」
「亀裂、か。破壊現象のひとつだね。ということは来るのかな?」
上空に現れる黒い穴。そこから聞こえる声はオーマの声だった。これまでのように感情を露にしながら捲し立てる。
「またか! 毎度毎度邪魔ばかり!」
「毎度毎度ご苦労でござるよ。いい加減諦めたらどうじゃ? 世界を壊すなどと」
「黙れ! 我の考えは変わらん! 世界を破壊し創造するまでだ!」
虹色の石が地上に現れる。
すっかり見慣れた石を斬るべく刀を抜くナナシ。すると、オーマが地上に降りてきた。
「これ以上はさせん! ここで死んでもらうぞ!」
「ここで死ぬわけにはいかぬのじゃ。この世界を破壊させるわけにも。拙者の邪魔をするのならば……斬る!」
ナナシの刀は舞い踊る。オーマを確実に斬ってはいるが、その感触はない。
「まだ完全ではないようだ。まあいい。人間ごとき、我の本気を出すまでもない」
オーマの繰り出した影の縄に身動きを封じられるナナシ。斬れぬ以上、手の出しようがない為、されるがまま締め付けられる。
「うっ!」
「死ねぇい!」
意識が遠くなっていくナナシだったが、オーマの締め付けが弱くなっていくのを実感していく。意識をしっかりと保ちながらオーマを見ると、当のオーマは苦しんでいた。
「な、何だ!?」
「悪いがそこまでなのだ! わたしが来た以上、もう悪事はさせないのだ!」
黒い髪を後ろで束ねた女性は、得意気に赤い輝きを放つ指輪を翳している。この状況にも臆する様子は微塵もない。
赤い光に苦しむオーマ。ついに堪えたのかナナシの身体から影の縄を解いた。
「な、何故だ!?」
「ほれほれ。どうしたどうしたのだ?」
「破耶殿?」
「いかにも。わたしは紅破耶なのだ。わたしを知っているとはどういうことなのだ?」
「破耶。話をしている場合じゃないよ」
「そうだったな、夏郷。早く終わらせるぞ!」
「……ふざけやがって……お、覚えてろ!」
苦しみながら消えていくオーマ。
残された虹色の石を斬るナナシ。そこから放たれた光で灰色が染まっていく。全てが動き始める。
「終わったのか? 夏郷」
「そうみたいだね。これで一件落着かな。俺達は」
ナナシを見ながら言う夏郷。これまでの自身の経験から、ナナシはまだ終わっていないことを悟っていた。
「助かったでござる。夏郷殿、破耶殿」
「当然のことをしたまでだよ。出来れば君を手伝いたいけど、俺達も大学生で忙しくて。ごめんよ」
「構わぬよ。その気持ちだけでも充分でござる。二人は大学生活を楽しむでござる」
「安心するのだ。わたしと夏郷は日々充実しておる。心配は要らぬぞ!」
「威張ってどうする。相変わらずだな破耶は。ナナシ君。破耶に悪気はないんだ」
「楽しそうでよかったでござるよ。ではそろそろ行くでござるよ」
二人に背を向けるナナシ。
去り行くナナシに大きな声援が届けられる。
「「頑張れ!!」」
(ありがとうでござる。夏郷殿、破耶殿)
頼もしい声援を受けながら、別の世界へと旅立っていくナナシだった。
 




