交錯
禍々しい影から作り出した刀を構えた魔悪邪。獲物を見るようにナナシを捉えて襲い掛かる。ナナシの刀とぶつかり合うたびに溢れる影は、魔悪邪の感情が具現しているかようだ。
「摩士! 記憶を取り戻した気分はどうだ!」
「……曇っていたものが晴れたでござる。が、だからこそ解らないことがあるでござるよ」
「何?」
「どうして……どうして拙者達の世界を壊した!」
「そんなことか。一番に変わらなければならなかったからだ。あんな世界、破壊されて当然なんだ」
「す、全ての命を奪った……家族も友達も全て! 魔悪邪、お主の心は痛まないでござるか!」
「その前に我の心が痛んだ。家族からも友からも見放されたんだぞ!? 我を否定した以上、滅んで正解なんだ!」
影が色濃く魔悪邪を包む。光を拒むような鎧を纏い畳み掛けてくる。どんどん押されていくナナシ。彼の心は複雑であった。自分の世界を、大切な家族や友達を滅ぼした張本人であるが、自分以外で唯一生き残っている兄である。
「拙者達以外の世界を破壊するのはお門違いであろう!」
「我のような思いをしている者がいる筈だ。力のない者に代わり、我が世界を壊そうというのだ。どこが違うんだ?」
「魔悪邪! お主は理由を盾にして破壊を楽しんでいるだけあろう! お主に世界を壊す資格など無いでござる!」
鎧を叩くように斬っていく。付く傷など掠り傷程度。魔悪邪にとっては痛くも痒くもない。それでも、きっと想いは届くと信じて斬り続ける。
「……もう終わりか? 無駄の極み、ここに在り。全てが無駄だ! 無駄な存在は破壊する!」
影から刀を作り出すと、それを比良に目掛けて飛ばす。自分を拒絶した存在を破壊する為、容赦のない攻撃をする。魔悪邪の心は黒く、とても深い場所にある。
「比良姉!」
比良を庇いに入った懐流。比良を突き飛ばして避けさせる。それは危険な行為である。助けた自分に危害が及ぶ可能性があるからだ。それでも勝手に身体は動いた、考えるよりも先に。大切な者の為ならば、自分の身を危険に晒すのも問わない……それが絆なのだ。
「懐……流!?」
比良の脳に溢れる記憶。忘れている記憶。楽しいことも、悲しいことも溢れてくる。それが彼女を目覚めさせる切っ掛けとなり、怒りを宿らせるものとなる。
「哀れだ。他人を庇うなどと。無駄な行いだ」
「黙れ。あたしの弟を傷付けたんだ、只じゃ置かない!」
飛ばされた刀を拾いあげ、魔悪邪を真っ直ぐに睨み付ける。先程までの、恐怖に怯えていた姿とは豹変していた。
「変わっただと!?」
「……誰かは知らねえが、懐流と一緒に来たってことは悪い奴じゃねえだろう。お前の兄貴みてえだが、あたしの弟を傷付けた以上、一泡吹かせねえと気が鎮まらねえ」
「比良殿。お主を巻き込むわけには」
「傷は意外と浅い。懐流を連れて逃げてくれ」
「じゃが……」
「つべこべ五月蝿え! 兄弟揃って斬られてえか!」
(あれが比良殿の本来の……。拙者が居ては邪魔になる)
懐流を背負って屋上を降りていく。比良の言う通り、懐流の背中の傷は驚く程浅く、二、三日で塞がるものであった。
「一人で我に勝とうと? 無駄だ」
「ほう。随分と余裕じゃねえか。……いつまで持つかな?」
周囲が震えだす。魔悪邪の感情が影で具現されているのならば、比良の感情は大気の震えで具現されているのかもしれない。
魔悪邪に伝わる衝撃。それは前に甲多との戦いで受けた衝撃を凌駕する程であった。
※ ※ ※
「終わったよ。結構しぶとくて参った」
「それでどうなったでござるか?」
「……逃げられちまったよ。世界を巻き込んだ兄弟喧嘩、当人同士で片付けな」
「それでいいでござる。比良殿には迷惑を掛けてしまったでござるな」
「懐流が世話になったみたいだからいいよ。まあ、こんな格好じゃ授業は受けられねえけど……なんてな」
「済まないでござる!?」
「構わねえよ。久々に身体を動かした。忘れていた記憶を思い出せたしね」
「記憶を取り戻すのって複雑であろう?」
「ふっ、馬が合うじゃん。忘れていた方が幸せだったかもね。我ながら我が儘だよ」
「そうじゃな。拙者も同感でござるよ」
立ち上がるナナシ。歩き出そうとするが、足の裾を掴まれていることに気付く。それは懐流の手であった。
「家に来るか? 少し話したい。あたしの記憶は一時的な復活らしいしね」
「お言葉に甘えるでござるよ」
懐流を背負って歩き出す。気を失っている筈の手に力が入る。十四才と七歳の歳の差からくるものだろうか。なんとなく嬉しくなるナナシであった。




