見透す王
少年に背中を向けている雁斗。その隙だらけな状況を見逃す訳もなく、少年は短剣を雁斗に向けて投げた。刺さらずとも、近付けば燃やすことが出来る。千載一遇のチャンスだ。
「つまんない上にセコい手だ。そんなんで勝って嬉しいのか?」
背中に目が付いていたかのように剣を払いのけ、得意気に剣を振り回す。呆れた表情からは余裕を感じる。
「俺の金縛りを受けて動けるとはねえ。ちょいと驚いた。が、剣を投げるのが精一杯みたいだな。じゃあ、仕上げといくか」
「仕上げ……だと!?」
「ああ。返してもらわないとな、そいつの身体」
「馬鹿が。俺は出ない」
「いや、出てもらう」
雁斗の茶色い瞳が金色に変わる。その瞬間、少年が意識を失う。斬牙の身体がバタッと倒れた。
「うがっ!?」
「お帰りなさいだな。どうだ、自分の身体が一番だろ?」
「何故だ! 何故、俺の能力が!」
「所詮は抹殺師の付加価値ってことだ。諦めろ、自傷君」
「……っ!?」
少年の顔が強張る。心を見透かされた時、人間は恐怖さえ感じる。それが現実に起きた今、少年の心は緩んでいく。涙となって露になる弱さ。雁斗は、やれやれと伸びをした。
※ ※ ※
一同は甲多の家に戻っていた。雁斗の話により、少年は普通に帰っていった。
「えっ!? 彼は能力を使って自殺をしようとしていたの?」
「自分の身体で試すのが怖かったようだな。別人の身体でなら大丈夫としていたらしい。で、斬ったあとは治してる」
「治してって……通り魔は彼なんでしょう?」
「違う。五人が斬られたのは、そのあとだ。犯人は別にいる」
「もう判ってるの? 雁斗さん」
「ああ。判ってる」
雁斗は一呼吸置いて視線をずらす。甲多でも斬牙でも、兄でもない人物へと視線を置いた。
「お前だ」
「拙者でござるか!?」
「そうだ。五人を斬ったのはナナシ……お前なんだ」
「ちょっとまて雁斗。動機がないだろう。ナナシは、この世界に来たのすら初めてなんだぞ!?」
「ああ。ナナシの言っていることは本当だ。だけどよ斬牙、俺には判るんだ」
「冷獣王、か」
「「信じられぬか」」
「雁斗殿!?」
(少し代われ。直接話す)
(わーたよ、王)
「小僧、記憶を失っているようだが、いつまでもそれでは不便だ。呼び覚ましてやろう」
雁斗の身体を借りた冷獣王が、ナナシの額に右手を翳す。
ナナシは一瞬気を失うが、直ぐに気を取り戻した。
「そうでござった。拙者、全てを思い出したでござる!」
「巻き込まれるのは御免だ。片付けてしまえ」
(済んだ。勘違いはするな。冷獣の王が人間の味方をすることなど有り得ん。面倒事を回避する為だ)
(わーてる。まあ、助かったけどな)
「……ナナシ。大丈夫か?」
「雁斗殿のお陰でござるよ!」
「で、俺の意見に異論はないか?」
「ないでござる。あとは拙者の役目。ありがとう」
「ナナシ君、本当の名前は何?」
家を出ようとしたナナシに声を掛けた甲多。深く訊くつもりはなかったが、名前だけは知って起きたかったのだ。
「摩士でござる」
背中を向けたまま名乗ったナナシは、甲多の家を出ると空を見上げた。雲ひとつないとはいかない青空と自分の心境を重ねていた。
「拙者と瓜二つな犯人。拙者の……双子の兄」
※ ※ ※
「心配だよ。雁斗さん」
「俺達に出来ることはやった。通り魔も別の世界だろ。犯人は見つからないままになるが、五人の被害者は軽傷みたいだし、あの女性も何ともなかったしな」
「はあ~。ナナシ君の兄さんが」
「本当に辛いのはこれからだ。記憶を取り戻した以上、後戻りは出来ない。避けては通れないぞ」
「それでもだ。あいつがどうするかは、あいつ自身だ。斬牙、俺を責めるか?」
「馬鹿を言え。記憶を取り戻すことも目的だったんだ。ナナシは感謝しても、お前を責めたりはしないだろう。だから、俺もしない」
「そりゃどうも」
普通にしていた雁斗だったが、内心は胸騒ぎも秘めていた。わざわざ冷獣王が力を貸した。それだけのことが起きているということを。
 




