仮想世界
腰に提げた刀に視線が集まっていることに気付いていたナナシは、ビルの陰に身を隠していた。そう、視線を感じているのだ。
当たり前のように街を人が歩き、車が走って騒がしい。ここまで灰色の世界に来ていたが、普通の風景が広がる街並みがそこにはあった。
(どういうことじゃ? 灰色の世界続きだったから感覚が麻痺しているのは否定せぬが)
「そこの」
「はひっ!?」
後ろから声を掛けられ驚くナナシ。
声を掛けてきた女性は首を傾げた。髪を腰まで伸ばしており、若干目付きは鋭さを持っている。
「そんなに驚くことはないじゃないか。そんなに疚しいことを秘めているのか?」
「いや、その……反射的に驚いてしまったでござるよ。あははは」
「あとそれ。その腰の。街中じゃ目立つさ。見たところ本物みたいだし。僕の目は欺けないさ」
(拙者の刀を本物と見抜いたうえで、全く動じない心の強さ。この者、只者ではござらん)
「僕を疑っているのかい? それはお門違いってものさ。別に警察に言ったりはしない。丁度良い知り合いもいるし」
「知り合い?」
「警察と繋がりのある人物さ。少々性格に難はあるが悪い人じゃない」
「それではお願いでござる。行動しづらくて困っていたのじゃ」
※ ※ ※
「別に構わないわよ? 事情を説明してもらわないといけないけどね。うん、了解したわ」
カチャカチャとキーボードを叩きながら通話を終えた女性。金髪を後ろで束ねて気合いを入れている。ブルーライトを軽減するメガネを掛け、口には飴玉を転がしている。
「刀を装備している少年、ね。普通なら銃刀法違反だけど、なんだか訳ありみたいだし。彼女の頼みでもあるし」
※ ※ ※
「刀を持ち歩いているなんて、まるで先輩みたいさ」
「先輩?」
「僕の大学の先輩なんだ。夏郷って名前の人なんだけど」
「かざと……夏郷。夏郷殿のことでござるか!?」
「そうさ。知っているのかい? 夏郷先輩のこと」
(刀を使う方の夏郷殿のことだとしたら、この世界は一度来ている世界でござる! 灰色ではない理由が分かったでござるよ)
「おーい」
「あっ、すまないでござる。名乗り遅れたが拙者、ナナシと申す」
「僕は矢吹 七菜。さて、行こうか」
七菜に連れられた場所は、鮮やかな光が眩しく、大きな音が飛び交うゲームセンターだった。
慣れた様子で入っていくと、個室のマシンが並ぶ所へまっしぐら。ナナシは訳が分からないでいた。
「ゲームを知らないのかい!? 君くらいの歳なら普通にやっているのに」
「拙者、記憶を失っているでござる。この世界の人間なのかも分からぬのじゃ。この世界に来たのは二度目ではあるが」
「それでさっき先輩の名前を聞いて反応していたのかい。世界を渡る術を持っているの?」
「拙者に選択肢はないのじゃ」
「君は一体?」
「世界の破壊を防ぐ為に動いているでござる。詳しい説明は長くなってしまうでござるよ」
「街中では落ち着かないのなら、とっておきの場所がある」
七菜の指示に従いマシンに入ると、戸惑いながらもメットを被った。
【スタート】
(な、なんじゃああ!?)
ナナシの意識がスーッと吸い込まれていく。広い広い草原が鮮やかな地点へと。
 




