旅の始まり
灰色の街。灰色の景色。
人も動物も、まるで時間が止まったかのように。
無音の不気味さに少年は息を飲んだ。
「何でござるか……これは」
自分の着の身に視線がいく。
ズタボロの布を羽織る格好で、中に着ている肌着、穿いているパンツも擦り切れていた。
「靴も酷い有り様でござる。拙者は一体!?」
必死に思いだそうとするものの、少年の頭は真っ白になる。思い出せないでいた……何があったどころか、自分の名前やどこから来たのかも。
「記憶が……ない!」
誰かに訊くことも叶わない状況。訊いたところで誰も分からないかもしれない。
八方塞がりな状況に、少年は溜め息を吐いた。
そんな時、灰色の空に大きな穴が現れる。止まっている街とは裏腹に、その穴は静かに広がっていく。
「あれは!?」
少年の周囲に亀裂が入り始める。まるでガラスに亀裂が入るかのように。今にも触れれば割れてしまいそうだ。
「どうなってござろう!? 訳が分からぬ」
亀裂を嫌って飛び上がるが、着地した拍子にバリッと足元から音がした。腰に提げている刀を手に掛け、穴の反応を見ることにした。
「誰だ? 邪魔をする者は」
「誰じゃ!」
どこからか聞こえてくる声。
少年は居合いの体勢をとる。聞こえてくる声は、少年にとって良いものではなかった。
「まだ動ける者が居ようとは。直ぐに止めてやろうか」
「姿を見せぬか! この状況、お主の仕業か!」
「もう遅い。その街は壊れる。生まれ変わる為に」
「……生まれ……変わる?」
「邪魔は許さん。全ての世界を、存在を破壊する」
「全ての世界、だと? どういう意味だ」
「まだ残っている悪足掻きな世界があるようだ。小賢しい。何故解らん!」
穴が小さくなっていく。声も小さくなっていく。
頭が混乱しつつも、身体は無意識に動いていた。
「まだ無事な世界があるのか! もしかしたら、この街……世界を救う方法があるかもしれぬ!」
空高く飛び上がる。穴目掛けて飛行していく。
少年の黒い髪のように真っ黒な穴に、自ら飛び込んだ。呑み込まれた。消えていく穴。
灰色の街も人も、亀裂もそのまま。静かな街が、再び動き出す気配はなかった
 




