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6 予想? いいえ、経験則です。

 


 





 正直に言うと、二軒隣りの人なんてどんな人だった覚えていなかった。同じ階の人だって通学の時間も違うし、その部屋から出入りしている所を見ない限り、部屋の場所も分からない。

 このアパート自体は、私が通っている大学生の女子に限定して入居させているのは知っている。女の子専用だから安心ね、と母が気に入って決めたものだけど、大学自体はかなり大きいし学部も多い。学部が違ってしまうと同学年でも知らない人ばかりなのだ。

 すれ違った時に挨拶ぐらいはしたかもしれないけど、印象は皆無だから、多分、他学年だよね? という頼りない感覚しかないのだけれど。


「えーっと、階段の件もその人だったの?」

「やったのは暴言を書いたことだけだと言っているが、多分、本当の事だと思う。刑事さんも同意見だった」

「……その根拠は?」


 暴言を書かれた理由も知りたいけど、害意を持っている人が何人もいるよりは、一人の人がしっくりと来るでしょう、普通。階段落ちに関しては、落とされたのかどうかはまだ納得はしていないけど、扉に暴言はさすがに気のせいでは済まされない事だ。

 関わり合いのない相手からそんなことを書かれたこと自体が、気持ちが悪い。


「犯罪はエスカレートするものだから、と言うのが第一の根拠だな」


 ストーカーなんかは、嫌がらせの電話、悪意を書き散らした手紙といった、顔は見せないけど悪意のある行動を起こした後、段々と直接的な身体への攻撃へと変わって行くものなんだって。by刑事さん。


 私を説得した内容の通りに状況を判断していた水森君も、階段落ちに関っているのなら、今こんな形で攻撃をしてくるのは、順番が逆じゃないかと思ったみたい。

 攻撃した相手が自分の納得行く反応をするまで、手を変え品を変え、同じようなことを繰り返すのが多いけど、目的の反応がないと、どんどん程度が酷く、過剰になって行くのが普通なのに、身体への攻撃が来た後の精神攻撃なので、あれ? と。


 階段落ちが突発的な出来事だったら、この攻撃はおかしい。突発的な出来事じゃなくても、順番がおかしい。……もしかして、同じ人物がやったことじゃないのか? と、水森君はこの時、思ったみたい。


 まあ、どちらにせよ、こういう事をした犯人は被害者の反応を見たがるものなので、刑事さんと大家さんに連絡した後、部屋の外で二人を待ちながら、誰かがこちらを伺っていないか周囲を見ていたところ、扉を小さく開けて、件の女子大生が水森君の方を見ていた、と。


「自慢じゃないが、俺は同世代の──同世代じゃなくても、女性と視線があった場合、無碍な扱いをされることがまずない」


 ああ、想像が付くよ、水森君。普通の人は、電車の中や道端ですれ違った異性と目が合ったら目を逸らすよね。だけど、水森君の場合は逆ナンされるんでしょう。

 今回だって、女性専用のアパートの前で男が立っていたら通報されかねないけど、立っていたのが水森君みたいなカッコイイ男子だったら、話しかける切っ掛けが出来たって喜びそうだよね。


「とりあえず会釈してみたら、拙いものに見つかったとばかりに慌てて扉を閉めて、鍵まで掛けていたんだ。……まあ、怪しいよな」


 そうこうしているうちに大家さんよりも刑事さんの方が先に到着したので、状況を説明したら、じゃあ、二人で事情を聴きに行きましょうって言ってくれて……。


 この辺りの事情は後から説明してもらったんだけど、普通、刑事さんが一般人の第三者を事情聴取の場に連れていくことはないんだって。それに普段はテレビでもよくある通りに二人組で動くらしい。今回は急ぎだったのと状況確認だけだったので、一人で来たんだってさ。

 それなのに水森君を連れて行くっていうのは、あからさまに怪しいから、プレッシャーを掛けるつもりだったんだろうけどね。


 ……ところで。

 ある日突然、警察の人が自宅へやって来て、話を聞かせて欲しいと言われたら、どういう反応をする?


 私だったら、自分に聞きに来るような事件なんかあったかな~? っていう驚きと、どんなことを聞かれるんだろうっていう好奇心と、警察に協力するのは国民としての義務だよねっていう正義感? みたいなもので素直に聞かれたことには素直に答えると思う。凶悪犯罪だったら逆恨みとか怖いけど、少なくとも話の内容自体は聞かないと分からないよね?


 ところがその女子大生、刑事さんが「お話を聞かせてください」って言いに行ったら、すっごい狼狽したような声を出して、扉を開けるのすら拒否したんだって。勿論、話なんて聞く耳持たず。それ、後ろ暗いところがありますって言っている様な物でしょ。


 それで、刑事さんの手練手管で宥めすかして何とか扉を開けてもらったら、今度は水森君の姿を見てパニックを起こして、「私じゃない」とか「あんたのせい」とか、支離滅裂なことを叫び出した。


「そのタイミングで大家さんが到着したから──俺が近くに居るとパニックを起こしたままだし、大家さんへの状況説明を引き受けることにして、女子大生の対応は刑事さんがやってくれた」


 以下は、刑事さんが聞き出してくれた話。

 水森君は全然覚えていなかったみたいなんだけど、実はその女子大生から、一回告白されていたんだって。

 それなりに顔を合わせたことのある人だったらいくらなんでも覚えていたんだろうけど、告白されてお断りした人達の一人じゃ覚えていても仕方がない。でも、告白した本人は当然覚えていた訳で──それが理由だった。


 彼女が水森君に告白したのは去年のことで、大学三年生の時の事。振られた後はあっさりあきらめて、別の人と付き合っていた。年上の女子大生からの告白云々はもしかしてこの人の事かな? と、ちらっと思った。

 四年生になって、彼女は実家の家近くの企業に就職も決まったんだけど、彼氏と遠距離恋愛になる事が原因で喧嘩してしまった。散々話し合ったけど、こじれたものはそう簡単に元に戻る訳もなく、結局昨日別れることになったらしい。


 このタイミングで? と思った私の印象は正しかった。クリスマス直前に別れたのは、彼氏の方が新しい彼女と一緒に過ごすためだったと知った彼女はそりゃあもう荒ぶった。荒ぶりまくった。物に当たり、元彼にも当たろうと電話を掛けるも着信拒否されていて、突撃してやろうかと思っている所に、ひょっこり二軒隣りの部屋から、見たことのある男子を連れた女──私のことだけど──が仲良さそうに寄り添って出てくるではないか。


 腕を組んでいたので余計そう見えたのかもしれないけど、怪我人に手を貸してくれてただけだから! 決して好きで寄り添っていた訳ではない! と、心の中で叫んでおく。彼女にとっては今更の話だろうけど。


 ──とにかく。

 彼女は自分がこんなに悲しくて辛いのに、あの子は男を……かつて自分を振ったハイスペック男子を連れ込んでいると思い、振られた時の感情やら何やらが一気に心の中を駆け巡って、勢いでやってしまったと、ぎゃん泣きしながら謝ったらしい。段々冷静になってきた所に刑事さんがやって来て、動揺のあまりに自ら馬脚を現した、となったみたい。


 つまり、逆恨みされたってことだよね? 水森君が関わっているって言ったの、この事?


「水森君、一応言っておくけど、私も水森君も被害者だからね。同情すべき点はあるかもしれないけど、あくまでも悪いのは彼女」

 カッとなってやった。今は反省しているって、典型的な台詞だもんね。フラれたからって、第三者に八つ当たりしてもいいなんて法はない。


 正直に言えば、水森君と付き合うとこういう女性がらみのトラブルが頻繁にあると思っていたけど、今回のこれは不可抗力。運が悪かったとしか言えないでしょ。


 そこはきっちり伝えなければと思っていると、水森君は嬉しそうに笑った。おぅ、イケメンの微笑みは破壊力が高いデス。


「で、第一の根拠があるってことは、第二の根拠もある訳だよね?」

「ああ。第二の根拠は、彼女が既に就職が決まっている点だ」


 もし彼女が階段落ちの犯人だとしたら。


 過失致傷罪適応になったら当然、就職は出来なくなる。就職が出来なかった理由が「他人を傷つけた」だったら、今後の就職はおろか、永久就職の逃げ道も閉ざされるだろう。

 それを回避するには、示談に持って行くために自ら名乗り出て誠心誠意謝る事と、偶発的事故だったのだと強調する事の二点だ。

 ここのタイミングで扉に暴言を書きましたとなったら、偶発的な出来事だったと主張する事が出来なくなる。だから彼女が犯人ではないだろう。


「この辺りの事も、刑事さんと意見の一致をみた」

「……そう」

 気持ち的には納得できないけど、頭では理解した、かな? 階段落ちの方は結局分からず仕舞いだもん。私的にはそっちの方がはっきりさせたい事柄だし。


「彼女に関しては優花が臥せっている状況では話し合いもできなかったが、多分、示談を持ちかけられるだろう。大家さんから彼女の親に連絡するそうだ。細かい話し合いは後日だそうだ」

「それまでにこの青あざ治るかな~? ……早く治る方法ってあるんでしょ?」

「あるにはあるが、今は無理だし痛いぞ?」


 青あざの原因は皮下出血なので、一番早いのは炎症が取れたら温めて代謝を良くするために温めて揉み解すのがいいらしい。ただし、あざが濃い部分は出血が多く血の塊が出来ている様な物だし、そもそもぶつけた部分なので、相当痛いらしい。


「昔、従姉が神社の境内にある階段から落ちたんだ」


 怪我そのものは何故か階段の途中でピタッと止まった為に大した事がなかったのだが、額に大きなたんこぶが出来てしまった。それが時間と共に段々青くなり、さらに黒くなり。次第に内出血が額から目の周りに下がって来て、片側だけパンダのようになってしまって、今度は痛みではなく御面相の事で泣く破目になった。

 従姉の兄が、そんなに泣くなら痛くても我慢ができるか? と聞いてその処置をしたのだが、ものすごく痛かったようで、また泣き叫ぶ事になり……。


 水森君の話をそこまで聞いて諦めた。

「素直にコンシーラーとファンデーションで隠すようにする」

「その方がいい。……ただし、擦過傷がかさぶたになってからな」


 化粧品の色素が怪我に入って沈着したら、そのまま痕になると脅され、さらに次の日の朝、重力に沿って顔半分に広がった青あざを見て、私はやっぱりマスクが必要不可欠であると心の底から思ったのだった。





片方パンダは実は私の経験則だったりします

私の場合、もっと酷かったのでパンダ通り越してお岩さん状態でしたけど、放置していてもちゃんと治りましたので、無理をしないのが一番だと思いますw

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