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5 風評? いいえ、事実無根です。

 





「なにこれ」


 スプレーじゃなくて黒いマジックなだけまだ始末が楽だろうけど、こんなことを書かれて腹が立たない訳がない。


「ビッチって相手があって成り立つものでしょ。少なくとも二人以上を渡り歩いていないと当てはまらないのに、事実無根! 酷い」

 私が握り拳を作って叫ぶと、水森君ががっかりしたような安心したような複雑そうな顔をした。


「気にするのはそっちなのか。……いや、いいんだが……」

「良くないでしょ、こんなこと!」

 私が何年彼氏がいないと思うんだ! 物凄く欲しかった訳じゃなかったから、年齢イコールなんだよ。……言い訳? その通りだけどなにか?

 だから、尻軽みたいに書かないでと口を大にして言いたい。ホントに言うと怒りを通り越して悲しくなるから言わないけど、それだけは物申すよ。

 ブスって評価に関しては個人の主観に基づく感覚だから、何とも言えないけど。



 ──そう。何とも言えないけど、一言言っておく。


 ブスと書いた人はきっと性格ブスに違いない。


 チビ、ブス、ハゲといったその人自身の努力ではどうにもならない部分を(あげつら)うのは人として良くない、と言われて育った私だ。

 姉と一緒にハゲちらかしたおじさんに指差して、

「あの人はどうして髪の毛が生えていないの?」

「年取ってもいないのにおかしくない?」

 と、本人に聞こえる距離で言ったせいで母が身の置き所がない思いをした為、この部分はとても厳しく言われた。……姉共々トラウマになるくらいきっちり叱られたので、心の中で思っても面と向かって言ったりしない。本人がそれを負い目に感じているなら、余計に。

 子供ならともかく、大人になっても分別が付かない人は、是非とも呪われて欲しいと思う。


 因果応報という呪いが降りかかりますように、と私が祈っている横で、水森君はやたら冷静だった。

 スマホで扉の写真を撮り、メールした後すぐにどこかへ電話をかけている。電話の主は、どうやらさっき話したばかりの刑事さんのようだ。


「すぐ来てくれるそうだ。来るまで何もいじらないでくれって言ってたぞ。……中に入って待っている分には構わないだろうから、休んでいたらどうだ? 顔色が悪い」

「あー……でも、大家さんにも言っておいた方がいいよね?」

 怒ったせいかちょっと頭がくらくらするけど、店子は私なので話をするなら立ち会わないと。


「実際に見てもらって事情を話しておいた方がいいだろうが、近くに住んでいても直ぐに来てもらえるかどうか分からないだろ」

 と言われて、迷った結果、水森君に丸投げしてしまった。

 頭の怪我以外にも、精神的ショックと言うのは案外体力を削るものみたい。いつもだったらこれくらいの移動なんか歩いても平気なのに、車で移動していたのにもかかわらず、なんかもうへとへとだった。


 大家さんか警察の人が来たらすぐに呼んでねと念押しして、部屋で休んでいることにしたんだけど……人を呪わば穴二つって言葉は、呪う前にも効力を発揮するんだろうか?


 戸棚のガラス扉に映った自分の顔になんとなく違和感があって、鏡を見たんだけどさ……。


 ブスだった。そりゃあもう、誰が見てもぶさいくって言うだろう面相になってた。

 顔はむくんでぱんぱんで、瞼はカエルみたいだったし、頬には広範囲に擦過傷があって小さな青あざがいくつか散らばっていた。疲れているせいか顔がいつもより青白いので、その青あざが余計浮き上がって見える。怪我のせいって分かっていても、酷い顔だった。


 朝起きた時は、頭を下げると頭に血が上って痛いので、水森君が持ってきてくれた濡れタオルで顔を拭いて終わりだったから、鏡を見てなかったんだよ。

 髪の毛? 怪我に触ると痛いから手櫛でしたが? 化粧? そんなもの、やっている余裕があったとでも?


 顔に違和感はあったけど、怪我の痛みの方が大きいし、いろんな意味でそれどころじゃなかったし。水森君が妙に私を急かしたのは、鏡を見せない為だったのか、純粋に私の具合を心配していたからなのか分からないけど、通りで食事中に視線を感じた訳だよ!

 あれは怪我してかわいそうって憐憫の視線ではあったんだろうけど、連れの男の子はかっこいいのに、相手はあんなにぶさいくなのね的な視線でもあったんだろう。いやに視線が集まるけど、当然のように水森君のせいだと思っていたよ。

 病院行く前に気が付いていれば、マスク買ったのにぃ~。せめてマフラー。車移動だからって持っていかなくていいなって思った自分の判断力の甘さが憎い。それ以前に、階段落ちしておいて、頭ぶつけた以外の怪我をしてないなんてことないもんね、普通。……あ゛ー、もう人前に出たくない。


 教訓。後悔先に立たず。女子たるもの、例えイケメン男子がかいがいしく世話を焼いてくれても、身だしなみのチェックは怠るべからず。




 そんなこんなで、悶えながら布団の中でごろごろ──したくても頭が痛くてできなかったので、悶々としていたら、眠ってしまったみたい。気が付いたらまた目の前に水森君の顔があった。


「……警察の人が来たの?」

「良く寝ていたから起こさなかった。大家さんも刑事さんも俺が事情を話したらそれで納得してくれて、二人とももう帰ったぞ。それに──」

「それに?」

 起こしてくれれば良かったのにと思ったけど、続く言葉を促したら水森君の顔がまた複雑そうに歪んだ。


「……いや、先に食事にしよう」

「へ?」

 そんなこと言われてもさっき食べたばっかりでしょ。

「もうすぐ夜の7時だ。薬飲むのに食事した方がいい」

 え?あ、本当にもう7時過ぎてる。うあー、寝すぎた。


「あと、悪いが優花が眠っている間にちょっと冷蔵庫や戸棚を覗かせてもらって買い物に行って来た。他のものはともかく、お粥は米から炊いた方がうまい」

 お米はあると思うけど、私、具合が悪くなった用の非常食としてレトルトのお粥を買っておいたはずだから、わざわざそんなことを言うって事は水森君が作ってくれるの? ああ、なんかいい匂いがしてるね。


「怪我人に食事を作らせる訳がないだろ。家の家訓みたいなもんだけど、元気な時はちゃんと食え、具合が悪い時はもっと食えって、子供のころから無理にでも食わされていたんだ。そのせいか、治りは早かったように思う」

 ……それ、無理やり食べさせられるのが嫌だから、無理やり治したパターンじゃないかと思うんだけど、気のせい?


「怪我だって治すのにタンパク質が必要だろ。食欲がないからって抜いてばかりだと、治る物も治らないぞ」

「……あ」

 言われて思い出した。顔の怪我! じとっと水森君を睨みつける……前に、今更かもしれないけど顔をマフラーで覆った。家にマスクないからね。


「家の中で、なんでマフラー」

「なんでじゃないよ。それこそ、なんで顔が酷いって言ってくれなかったの! 」

「……顔の青あざの事か? あればっかりは時間が経たないと治らないものだし、温めると痛むだろ」

 外気にさらした方が冷える分、多少は早く治るという理由もあるそうな。炎症が治まれば今度は温めた方が直りは良いみたいだけど、まだ熱を出しているような状態じゃ、青あざは余計ひどくなるし、擦過傷も治療済み。こちらの傷も変に覆うと余計に長引くから、まずは乾燥させた方がいい。だからマフラーも外せと水森君は言うけど、痛みよりも、見た目だよ。


「やだ」


「……まあ、好きにするといい。とにかく、もうじきできるから起きてくれ。食事が終わったら扉の件を話そう」

「あ、そうだったね」


 食事しながらの話ではいけない辺り、あまりいい話ではないだろうな、と思った。




 食事をするのにマフラーは邪魔なので取って食べざるを得なくなって、そうか、だから水森君は好きにするといいって言ったのか、って腑に落ちた。何も言わないけど、したり顔をしているように見えるのがすごく腹立たしい。


 ……やっぱりさぁ、彼女って言うの、嘘だよね? やってることがSっぽくて彼女に対する優しさというか、いたわりが見えないよ? 病院連れて行ってもらって、お米から炊いたお粥と、焼いた鮭の切り身、小松菜のお浸し、根菜の煮つけ、厚焼き玉子と、今すぐ嫁に行けるね、という立派過ぎる夕食作ってもらった揚句に食後のミルクティまで入れてもらった身分で思うことじゃないかもしれないけどさ。

 あー、だけど。このミルクティすごく美味しい。いや、ご飯はどれもすごく美味しかったから、これだけじゃないけど、普段飲んでるのはやっすいティーパックのやつで、これはちょっとお高めのティーパックじゃないやつだ。

 ……私がミルクティ好きだって知ってるからには、それなりに親しかったってこと? ……うーん、分からん。


 難しい顔をして考えていたら、私の顔を見た水森君は何やら勘違いをしたらしい。

「昼間連れまわしたせいで熱が出ていた。無理をさせてすまなかった」

 と頭を下げだした。怪我のせいでもあるのかもしれないけど、通りでだるくて眠い訳だ。

 あ、でも今のしかめっ面は具合が悪いせいじゃないよ。ご飯だって結構一杯食べたでしょ。少なくとも昼食のサンドイッチよりは沢山食べた。美味しかったし。水森君の女子力の高さにちょっと目眩がしたけどね。


 そう言う前に、水森君に遮られた。

「それともうひとつ謝っておく。すまない。……間接的に俺が関わっていたから、後回しにしたのは逃げているも同然かと反省した」

「……はあ」

 訳が分からないので生返事をする。


「……とりあえず、扉に暴言を書いた相手はもうわかった」

「……は?」

「この部屋の二軒隣りに住む、同じ大学の女子大生だった」






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