1 勘違い? いいえ、記憶喪失です。
残酷な表現ありは保険です。
長期間に渡って書いていたため、多少文体やキャラの性格が違わないか? と思われる部分があるかもしれません。
ご了承ください。
何言ってるか分からないと思うけど、昨日は12月1日だったのに、次の日起きたら12月20日だった。
……もう一度言うけど、普通に寝て、起きたら日にちが進んでた。
何処に行った、私の18日間。
次の日から期末テストだった筈なのにもう試験が終わっている事とか、起きたらなぜか頭がずくずく痛いとか、良いんだか悪いんだか──いや、頭が痛い事と記憶が飛んでいる事は間違いなく悪い事なんだけど、訳の分からん事が怒涛のように押し寄せて来た中で、一番理解できないのは、私の隣に居座る彼の存在だった。
* * * * *
朝、あんまり頭が痛いんで目が覚めたら、自分の鼻がぶつかる距離に何かがあったんだよ。
柔らかくないけど暖かい何かで……なんて寝起きのボケた頭で考えているうちに、それが誰かの顔って分かった瞬間の気持ちって、分かる?
起きぬけに距離ほぼゼロの所に誰かの顔が合ったら、悲鳴の一つや二つ上げて当然じゃない? 誰かを泊めた覚えもないし、彼氏もいないから、
「誰? 泥棒?」
って飛び起きて叫んでも、ごく普通の流れでしょ。
飲んで記憶忘れてって小説によくある王道的なパターンもない訳じゃないだろうけど、そんなことがある訳ないって確信があったんだから、相手は普通に不審者だよね。
でも、私の悲鳴で飛び起きた彼は……私が寝ぼけたわけでもなく、ふざけているのでもなく、本当に心底から不審者扱いしてるって分かったら、
「誰って…………」
そう呟いた後、不機嫌そうに私を睨みつけた。
不審者からレベルアップして変質者になんで睨まれなきゃならないの、って思うより先に怒気に体が竦んだ。錯覚だろうけど体感温度が下がった様な気もする。
そんなことを思う一方で、どこか冷静な自分がお互いちゃんと服を着ているのに安心した。うん、やらかしたわけじゃなさそうだ。
安心したところで、ふっと相手の顔に見覚えがあるのに気付いた。
この人、知ってる。大学で同じクラスの水森雅君だ。
女の子みたいな名前だけど、女の子っぽい所はまったくない。身長は高いし、ガタイはいいし、顔もイケメンの部類だ。……といっても、歌って踊れるアイドルグループじゃなくて、社会派ドラマとか、大河ドラマに出てくる様な感じ。まあ、はっきり言ってしまうと、本当に同い年なの? って聞きたいくらいに落ちついているというか、老けている。浪人も、留年もしていないみたいだけどね。
ガツガツした所がないせいか、変に色気があるのに何となく近寄りがたい雰囲気で、同学年女子よりも年上のお姉様方に人気があるらしい。噂で誰それが告白しただの何だのを聞く割には、実際に付き合っている人はいないようだと聞いたことがある。
クラスの女子も噂を一通り聞いているので、告白する程勇気のある子はいない。
皆の目の保養要員になっているのだ。
私も挨拶はしたり、講義で席が近くなれば雑談したりした事はあったけど、特に親しい訳じゃなかった。
だから余計に、水森君がここにいるのはおかしいんだけど。
そう思っていたら、水森君がとんでもない事を言った。
「……彼氏の名前を忘れるなんて、酷くないか?」
「はあああああぁ?!」
いや、いやいや……、ない。
ないない。彼氏だなんてそんな事、有り得ない。
だって、親しくないでしょ私達。告白した覚えも、告白された覚えも、お付き合いを了承した覚えもない。
それにぶっちゃけ私、観賞物としてのあなたの顔は好きですが、彼氏にはしないと思う。
理由?
顔が好みじゃないから。
こういう強面は好きじゃないもの。
私はどちらかと言うと草食系の方が好きだし、色んな意味で苦労しそう。いや、女同士の嫉妬とか、妬みとか怖いし。大事なことなので、二度言いました。
その辺りで頭のずくずくが耐えられないほどになってきたので、再び布団に沈んだ私は、痛む後頭部に手をやって……後悔する羽目になった。
こぶし大くらいのたんこぶが出来ていて、そこを弄ったせいで、悶絶したいくらい痛かったのだ。
頭をぶつけた覚えは全くない。布団で寝てるんだから、ベッドから落ちましたパターンであるはずもない。
お風呂に入った時、身に覚えのないどこかにぶつけたらしいあざに気付いたことは数回あるけど、さすがにこれは机の角にぶつけちゃったレベルの痛みじゃなかったから、ますます訳が分からなかった。
ふと、涙に滲んだ視界にタオルに包まれたビニール袋が見えた。
ロックアイスの袋? ……あれか。氷嚢の代わりか。
「たんこぶが出来てるから大丈夫なんて言い張ってたけど、やっぱり痛いんだろ? 早く病院に行った方がいい。勿論、俺も付き添うから。腕の治療もあるし……」
「なにそれ。そんなこと言った覚えがないし……そもそも、どうしてここに居るの?」
痛みに耐えている私の様子を見た水森君が、一転して心配げな顔をして言ったけど、すぐまた厳しい表情に逆戻りした。
……あの、人を殺しそうな顔をしてこっちを見るの、止めてくれないかなぁ?
「まだ寝ぼけているのかな、優花は。昨夜の出来事を忘れたなんて言わせない。起きたら話す約束だったんだから、さっさと吐いてもらおうか」
この間まで私の事を城島さんって言っていたのに、なにさらっと名前呼びしてんの。それに。
「なんで尋問口調? ……昨夜の出来事って言われても、私、明日からのテストに向けて勉強して普通に寝たよ?」
だから余計に、家にどうやって入ったのか、なんで一緒に寝ていたのか不思議なんだけど。
イケメンだろうとなんだろうと不法侵入だから、事と次第によっては警察案件にするからね。流石にたんこぶの原因が水森君だとは思わないけどさ。
彼氏発言を全く信じていない私がそう言うと、また一段低くなった声で、水森君がこちらを睨む。
「…………テストはもう終わったけど、本格的にボケたのか?」
「何言ってんの。今日の午後テストがあるじゃない」
目覚まし時計を見ると、ただいま午前10時なり。頭痛いけどシャワー浴びて家を出れば、午後1時からのテストには十分間に合う。ご飯? 頭痛くて食欲はないから今日は食べない。
「昨日、19日でテストは終わっただろう」
「え? 今日は2日でしょ」
因みに、数学のテストだったりするので、時間があればちょびっとおさらいをしたいのだ。だからとっとと支度をしたいのだけど。頭が痛いのは、鎮痛剤を飲めば何とかなるでしょ。
そう思っていた私に、水森君はスマホを取り出して見せてきた。
表示に出ている日付は、12月20日。
「…………またまた~。これ電波時計と同じだから、普通は変更できないんでしょうけど、どうやって日にちをずらしたの?」
水森君は、更に黙ってもう一つのスマホを私に渡した。……これ、私のスマホじゃない。何で水森君が持ってんの? ……でも、このスマホも日付は12月20日になっている。
「……………………なんで?」
設定いじるのは、暗証番号入れないと出来ないはず。私の番号を知らない人が、どうやって変えたのか分からない。
私が固まったままでいたら、水森君は更にテレビを付けた。
目覚まし時計の時刻は寝坊対策にちょっと進めてあるので、今がちょうど十時みたいなんだけど、なんでアナウンサーの人が「12月20日、10時のニュースです」なんて言ってるの?
「今日は全国的に12月20日の土曜日だ」
何かの間違いじゃないかと思って、横になったまま、じーっとテレビを睨みつけている私に、水森君が畳み掛けた。
「優花の中では今日は何日なんだ?」
「だから、今日は12月2日の、テストの日だよね? これ、どっきりか何かなんでしょ?」
訳が分からなくて水森君の方を見たけど、彼は私の問いには答えてくれなかった。
「頭が痛い他に、吐き気や目眩なんかの他の症状はないか?」
「いや、頭が痛いだけ。……痛くて食欲はないけど、吐き気はないかな。…………で、これってホントにどうやったの?テレビは……録画じゃ、ないよね」
凄いね、全然仕掛けが分からないよと小さく笑いながら水森君に尋ねると、返ってきたのは長い長い沈黙。
その間、水森君は私の顔をじっと見ていた。
何を考えていたかはさっぱりわからないけど、しばらくしてから水森君は顔に掛かった前髪を苛立たしげにかき上げると、大きなため息をついた。
「……病院に行こう。今からなら、午前中の診察にまだ間に合う。やっぱり、昨夜優花がどんなに嫌がっても病院に連れて行くべきだった」
やたら深刻そうに顔をしかめる水森君。
私は全然まったく現実味がなかったので、未だに何かのトリックじゃないかと思っているんだけど、その硬い空気は演技じゃなさそうで。
「……昨夜って、ほんとに1日じゃないの?」
水森君は首を横に振った。
「……昨夜の19日、優花は階段から落ちて頭を打ったんだ。そのせいで記憶が混乱しているんだと思う」
冗談でも、勘違いでもなく、本当に、記憶喪失。
私は茫然と水森君の言葉を聞いていた。
なんとなく気が付いた方がいらっしゃるかもしれませんが、去年の12/20に投稿しようかと書いていた作品でしたw