第一話 一宮将貴の苦闘
昼の眩しい日差しが窓から差し込む四月の教室。
授業の終了を告げるチャイムが鳴り響き、机に突っ伏していた頭を眠そうに持ち上げ、大きな欠伸をしながら起き上がる。
と書けば、まるで俺のとった行動の様にも見える。しかし、一連の行動をとったのは俺では無く、今回の『主人公』である一宮将貴なのだ。
彼は実に眠そうな顔をしている。まだ頭が上手く働いていないようだ。
それもその筈。一見、普通の高校生にしか見えない、この冴えない少年の正体とは、とある名門魔術一族の末裔である。
彼は人知れず、一族の家訓に従い、真夜中に妖怪退治を行っているのだ。
「おいおい。今日も眠そうだな~。お前、夜遊びでもしてるのか?」
一宮将貴の『親友』である俺、浅羽朝人は、気さくに彼に接する。俺は彼にとって「表側の世界」の親友であり、彼の裏の顔については全く知らない、ということになっている。
すると、彼は取り乱し、
「いやいやっ……! ちょっと深夜番組を見て夜更かししただけさ」
彼は右手を横に全力に振って否定した。
こういう光景を見ると、ついつい『主人公』度の評価をしたくなる。
一宮の場合、誤魔化し具合はまだまだである。かつて相手にした『主人公』の一人は中々上手く切り返してきた。
「可愛い娘がいたら、俺にも紹介してくれよ。浅羽朝人は、いつでも彼女募集中だっ!」
「だから、夜遊びなんかしてないって!」
こうやって、おちゃらけた態度を取るのも『親友』の役割である。『主人公』の重責を人知れず背負った人間には、「表の世界」の地に足が付いた感覚を忘れさせてはならない。追い詰められすぎて
駄目になるヤツも、(ごく稀にだが)居るのだ。
だが、俺は別に一宮の心のケアをするためにこの世界へ来たわけでは無い。その程度のことだけなら、このクラスに居る、一宮の他の友人で事が足りる。
俺がしなければならないのは、"さりげない助言"だ。
「ふわぁ~あ。浅羽、学食に行こう」
またもや大きな欠伸をしながら、一宮は俺を誘う。おう、と答えて俺は席を立ち、彼と供に教室を出て廊下へ出る。
「でさ~、昨日コンビニで買ったグラビアの姉ちゃんがまた凄くて――」
「ははは……」
『主人公』一宮は苦笑しながら俺の話を聞く。
俺は他愛も無い馬鹿話をしながら、廊下ですれ違う生徒や、校舎を眺める。
神代学園。俺たち『観測者』が最も重要視する並行世界の一つ、№000と呼称される世界の日本国に存在する私立校だ。
どういうわけか、この学校に通う生徒からは、我々『観測者』が『主人公』と呼ぶ存在がよく出てくる。
大抵の場合は俺たちが介入することは殆ど無いのだが、稀に、こういうイレギュラーが発生するため、俺みたいな奴が駆り出される。
ちなみに、俺がこの学園へ介入するのは初めてではない。以前にも数回、この場所で『主人公』の『親友』役を演じていた。あの時、俺がさりげなく当時の『主人公』にアドバイスをしなければ、この№000では日本列島が沈没していたことだろう。
食堂に到着し、学食を注文するために列に並ぶ。一宮はカレーライスにするようだ。俺はラーメンにしよう。
「うへー、混んでるなあ」
一宮が長蛇の列に並びながらぼやく。
「今週は割引期間だからな」
だから、いつも弁当の連中も今週は食堂へとやって来るのだ。だから、普段はここに来ない連中の顔を見る……というのはかつての『主人公』の言。
俺が一宮将貴を支援するために、この世界に介入したのは、つい昨日のことだ。だから必要最低限の情報しか知らないので、食堂が普段見慣れない顔だらけでも、あまり変わらないのである。
列は進み、俺たちはそれぞれラーメンとカレーを受け取り、レジで金を払ってから運良く空いていた席を取る。
「お、今日はラッキーだ。いつも席取るの苦労するよな」
一宮は少しだけ笑顔を見せながら着席する。一宮は俺のことを中学時代からの親友として思っているから、俺に同意を求めるのだ。いつも席を取るのに苦労する一宮と浅羽。彼は現在、この認識の下で動している。
彼だけではない。同級生も俺が教室に居ることをなんとも思っていない。最初から浅羽朝人という少年が居たかのように、俺がこの世界へ介入する際、そういう認識改変を行ったからだ。
そして、目的を達成した後、浅羽朝人という存在が居た痕跡は削除される。周囲の人物の記憶から忘れられ、『主人公』は世界の救済を独力で行った、ということになる。
これを少しだけ寂しく感じる自分が居ることを俺は知っている。だが、この介入すら、『観測者』にとってはルール違反ギリギリだと聞く。上位存在である『観測者』が世界へ干渉するなど、ゲームマスターが自らチートコードを使ってデータを改変する行為に等しい。また、任務達成後も俺をこの世界に放逐しておく程、『観測者』は人材豊富ではない。
「浅羽? そんなに思いつめた顔をしてどうしたんだ?」
しまった。こんなことを言われるなんて、俺が主人公みたいだ。
「いや、一昨日は学食で何食ったか考えてたんだ」
「うーん。……一昨日はうどんを食べてなかったか?」
一宮が考え込んでから答える。
「それだっ! いやあ、すまん。どうしても思い出せ無くてな」
「よくあるよ。早く食べようぜ」
一昨日。俺はこの世界には存在しない。一宮はおそらく、他の友人と食べていたに違いない。記憶の改竄は完璧なようだ。
そうして、俺はラーメンを食べ始めた。うん、神代学園のラーメンを食うのは久し振りだ。前回の干渉時は確か鯖の味噌にした気がする。
一宮がカレーを旨そうに食っているのを視界の端で捉えていると、突如、彼の後ろに二人の女性が現れた。
「あら、将貴じゃない。浅羽も一緒ね」
現れた少女の片方。やや長い黒髪をたなびかせた、少しだけ目つきの鋭い美少女が一宮と俺に声を掛けた。
「琴子か。学食で会うなんて奇遇だな」
二渡琴子。一宮と同じく、この国に古くから存在する魔術一族の名門のお嬢様である。一宮は彼女と組んで、日夜妖怪退治に勤しみながら、彼女やその他の美少女とラブコメみたいなイベントを繰り広げているのだ。
他人にも自分にも厳しく、日々、一宮を叱咤しながらモンスターと戦う美少女魔法使い。
そういう観点から見れば、彼女は『正統派ツンデレヒロイン』と称しても良いだろう。一宮が羨ましい。
「やあやあ二渡さん。今日もご機嫌麗しく。一宮を追って来たのかな?」
俺がそう言って茶化すと、彼女は顔を赤くして取り乱した。
「ち、違うわよっ!こ、今週は割引期間だからね。たまにはこっちでと思っただけよ」
ふん、と少しむくれてしまった。
「残念だったな、一宮」
「へ? 何が?」
カレーに夢中で聞いて無かったらしい。これは俺の偏見だが、見てきた『主人公』は皆、異様にもてる癖に乙女心に非常に鈍感である。どうにかならないものか……。
一宮の様子を見た琴子は少しだけため息をつき、後ろに連れ立っていたもう一人の少女を俺に紹介してくる。
「そうだ。浅羽にはまだ紹介してなかったわね。隣のクラスに転入してきた、ドイツ人の娘よ。昔から家同士が中が良くて、私達も昔からよく遊んだ仲なの」
そうして、俺の前に小柄な銀髪の少女が現れた。ショートカットの髪に白い肌。どちらかと言えば物静かな雰囲気を漂わせている。
だが、その寡黙な表情とは裏腹に、この少女が中々の毒舌を吐くことを、俺は知っている。
「始めまして。ベアトリクス・ブライトクロイツです」
俺はこの少女を知っている。
そして、彼女も俺のことを知っている。
何故なら、彼女こそ『観測者』が送り込んだ俺の同類。
『ゲストヒロイン』Bであるからだ。