満月の夜
久し振りに会った友人は今、目の前の椅子に腰掛けていた。満月の光を顔に浴びながら、見えない目を外に向けている。
しばらく彫像のようにじっとしていた彼女は、不意に顔をこちらに向けた。
「灯りはつけないの?」
部屋の灯りはついている。首をかしげてから、彼女には見えないのだと思い出して、どこの灯り? と聞いた。
「机の上の」
言われて、机の上の小さな蝋燭に、火をつけていないのを思い出した。でも、なぜ火がついていないのが分かったのだろう。
聞くと、彼女は小さく笑った。
「音がしないから。いつもなら、芯が燃える音がするもの。だから、灯りはつけないの? って聞いたのよ」
今度は僕が笑った。
「今日は満月だから、灯りがいらないんだよ。町中が、真昼みたいに明るいんだ。あんまり明るいから、まぶしいくらいだよ。それにほら、いつもより、外がにぎやかだろ?」
彼女はしばらく耳を澄ませて、そうね、とうなずいた。笑みを浮かべてはいても、少し、悲しげな声音。
僕はしばらく考え、月の前で手を叩いた。彼女は驚いて、身体をびくりとさせた。
「叩いた方に顔を向けてみて」
もう一度手を叩く。彼女は今度はしっかりとその方に顔を向けた。
やがて、満面の笑みが浮かぶ。
白い光に照らされたその顔は、言葉を失うほど綺麗だった。