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妄想憎悪

来栖彩乃に抱くこの気持ちをなんと表現すればいいんだろうか。

 恐怖、憎悪、憐憫、嫌悪、どれも合っているようで合っていない。




 私はいつから来栖彩乃の事が嫌いになったんだろう。




 初めて見た時はまるで別の世界の人間をみているようで、特に否定的な感情を抱いたというわけではない。金髪に近いような茶髪の髪や、耳につけたピアス以上に彼女には鋭い刃物のような空気があった。そしてそれが怖いくらいに様になっていて、不思議と納得してしまったのを覚えている。ああ、彼女はああいう人なんだ、と。


 そう見ていたのは多分私だけじゃないはずだ。皆がそう彼女を見ていたから、皆が皆彼女を遠巻きにみているだけだった。明らかな校則違反を犯しているにも関わらず放置されてきた。(実際に教師から注意はあっただろうが)


 だから同じクラスになった時だって別に嫌だったわけじゃない。

 自分にないものを持っている彼女がまぶしくさえあった。



 でも―、4月始めにクラスで行ったテストの結果を見た時。私の中には何かが生まれた。それとも元々あったものに気付いたのか―。

私の中に黒いものがあると自覚した。



来栖彩乃。

この学校にはそぐわない異端児。

彼女が、私なんかよりもよっぽど高い点数をとっていると知った時。

私は―、嫉妬した。


彼女に―。

来栖彩乃に。

そう何のことはない。

複雑な因縁も、経緯も、葛藤もない。

ただ単純に。

嫉妬したのだ。

彼女はあんなにも自由に、そして私達にないものを持っているのに。私達、私の努力まで彼女には敵わないという事実。

自分の存在が否定されているように感じた。

だから彼女の存在を否定してやりたかった。

家にあった父親の煙草をこっそり持ち出して封を開け、新品の煙草を何本か出して彼女の席の近くに落とした。

すぐにその煙草は見つかって、すぐに彼女の物ではないかという意見がでた。

私が何も言わなくても―。

勝手に、簡単に、事態は進んでいった。

煙草を見つけた教師は生徒に聞いたのか、勝手に予測を立てたのか、すぐに来栖彩乃を疑った。

彼女にしてみれば身に覚えのない煙草を自分のものだと誤解されるのだ。

慌てて、否定し、それでも信じてくれない教師に怒り、そんな自分の存在に絶望する。

そうなってほしかった。

そう。欲しかったけどそうはならかった。

彼女は言い訳の一つも言わずに教師の呼び出しに従って行った。

なぜ?どうして?

なんで否定しないの?

もしかして本当に煙草すってるとか?いや、だからって自分の物でもない煙草で誤解されるのを黙っているなんてありえない。

どうしてこうも、彼女は私の思い通りにいかないのか。

黒いものは依然として消えず大きくなる一方だった私の耳にある言葉が入ってきた。



「どうやら証拠不十分みたいだな、実際に彼女の持ち物だっていう証拠がないと処分されないんだとさ。」



そう話していたのはクラスメイトの吉田君だった。彼は本当に顔が広い。人見知りな私にも気さくに話しかけてくれるし、クラス一目立たない有栖なんとかって男子にも時々話しているようだし。そんな彼だから情報には非常に通じている。

 どうやら来栖彩乃の近くに煙草が落ちていた。というだけでは不十分だったようだ。


それで納得がいく。

彼女は知っていたのだ。

それくらいなら処分を受けないことを。

呼びだされた先で一言「知りません」といえば済むということを。

だからあんな涼しい顔をしていられたのだ。


そう。それなら―。

彼女の持ち主だっていう証拠を作ればいい。



来栖彩乃は呼びだされた後授業には戻ってこなかった。

教師がまだ彼女の机周りを探しに来た様子はない。

なら教師が探しに来る前に彼女の机に煙草を入れてしまえばいい。

落とした煙草の箱から抜き取った煙草を数本入れておくだけでそれは動かぬ証拠になる。彼女は処分を受けるはずだ。




私は放課後、誰もいなくなった教室へ入り、持っていた煙草を彼女の机に―





「そこまでです。」


突然聞こえた声に私は短い悲鳴を上げてしまった。

声のした方向には、誰もいないはずの教室には、いつの間にか私以外の生徒がいた。

そして私はその姿を見た瞬間。混乱も、焦燥も、驚きも、ずっと胸の中でくすぶっていた黒いものも、その全てを忘れていた。

 私が抱いていた気持ちは、



 なんて綺麗な人なんだろう。



という本当に場違いな感情だった。


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