馬鹿賭博
「もう帰るの?」
煌斗は靴箱で待っていた人物に声をかける。辺りには他に誰もいなかった。
「今授業中だけど。」
来栖彩乃は表情を変える事なく、煌斗の方を見る事もなかった。
「もう帰るの?」
煌斗はもう一度同じ質問をする。
「帰れって言われたのよ。処分が決まるまで自宅待機。当然でしょ。」
「なんで当然なの?」
煌斗の言葉に今度は明らかな苛立ちの表情を露わした彩乃だった。
「あんた私を馬鹿にしてんの?ざまあみろって笑ってるんでしょ。」
さながら胸倉をつかみそうな勢いで彩乃は煌斗に詰め寄って睨みつけた。
「馬鹿になんてしてないよ。ただ馬鹿な僕に教えてほしい。『一体君は何の処分を受けるまで』自宅待機なんだい?」
「そんなの決まってんでしょ。いくらクラスで浮いてるあんただって分ってるでしょ。」
「それは教室に落ちていたっていう煙草の事を言ってるの?」
「他に何があるっていうのよ。ああ、もうあんたと話してるとホント疲れるわ。」
頭を抑え、やり場のない苛立ちを抱えながら彩乃はその場から去ろうとする。
「どうして君は『自分の物じゃない煙草』の事で処分を受けなければならないんだ?」
一瞬その言葉に彩乃は驚きを覚え、大きな目を開いて煌斗をじっと見返していた。
「あ、あんた何いってるの?」
「それとも教師に『本当に君が吸っていた煙草』でも見つかったのかい?」
「そんなの見つかるようなヘマしないわよ、ってそうじゃなくてどうしてあの煙草が私の物じゃないって思うのよ。」
「だって銘柄ちがうじゃん。」
推理も何もなかった。しかし、この論法は彼女が実際に隠れて喫煙をしていたことを知っている煌斗が彩乃本人にのみ使えるものである。
「あの煙草が私のものじゃなかったからって何?それを言ったところで一体誰が信じるのよ。それに私は事実煙草吸ってる。私は煙草吸っているけどその煙草は私のではありません。なんて言って教師が信用すると思う?というか信じてもらったとして何か変わるの?」
「だから私のですって認めたっていうの?」
「そうする以外にないじゃない。明日あたり、緊急集会でもあるんじゃないの。まったく煙草くらいで本当騒ぎすぎなのよ。」
「でも騒いでいるんだから仕方ない。そしてこの騒ぎを君は誰かに押しつられたってことじゃないか。」
「そんなの言われなくてもわかってる。嫌われるのが怖かったらこんな恰好してないわよ。さっきから何が云いたいの?その『誰か』とやらに文句でも付けろって?」
「いや、分っているならいいんだ。それに僕も君から話を聞いて大体の事情は分ったし、特に僕からもう言うことはないよ。」
今度は煌斗が彼女に背中を向けその場を去ろうとする。
「待ちなさいよ。何か変なことしようってんじゃないでしょうね?」
「変なこと?」
「あの煙草が私のものじゃなかったとかそういうことを言うつもりじゃないかってこと。やめてよね。そんなこと言ったって誰も信じるわけないし、あんたの言うことなんて余計に誰も取り合ったりしないわ。」
「なら賭けようか?」
「は?」
「僕の言うことが本当に誰にも信じてもらえないのか。」