状況悪化
昼休みも残り数分といったところ、普段なら次の授業の予習で静まり返っているはずの教室がなにやら不穏な空気を放っていた。
騒がしいとは言わないが、皆が小声でなにか話している。
煌斗は自分の席に着くが、一向にその様子が変化することはなかった。
「さすがにやばいよね、それは。」
「ほんとクラスの評判落とさないでほしい。」
そんな女子二人の声が横から聞こえてくる。
一体何事かと首をひねる煌斗だったが、授業開始直後、いや開始直前での教師の放った一言でこの空気の理由を知ることになった。
「この煙草は一体誰のものだ?」
その後、授業は行われずに自習となり、来栖彩乃が教師と共に教室を出て行った。
二人のいなくなった教室では先ほどよりも無遠慮に、すこし興奮気味に話す生徒で溢れかえっていた。南高は田舎の進学校である。教師にしても生徒にしても煙草というフレーズがもつ事件性はかなり高いということだ。
「ついにやっちゃったみたいだな。」
煌斗の席には吉田がやってきた。他にも席を離れ話している生徒が多い。
「なにがあったの?」
「あ、そうか、お前昼休みいなかったもんな。まあ別に込み入った話でもないよ。ただ煙草の箱が来栖彩乃の席の近くに落ちていて、女子の誰かが教壇に置いたのを教師が発見し、来栖を連行し、今に至るってだけ。」
「発見し、連行って。なんでその部分がそんなに単純になるんだよ。」
「いや、そんなの煙草が落ちてたってだけで誰のものかなんて火を見るより明らかだろうが。」
「…じゃあ別に来栖さんの煙草だっていう証拠は何もないんだね?」
先ほど本人が煙草を吸うところを目撃している人間の発言である。
「証拠もなにも決まりだろ。ウチのクラスに、っていうかウチの学校で煙草なんてものに縁があるのなんて来栖くらいのもんだろうに。教師だってそれが分ってるから来栖を連れてったんだし、来栖だって何も反論せずについていったしな。」
つまりこれがクラスの大部分を占める共通認識であるわけだ。誰もが、煙草の持ち主を考えるなんて部分で迷ってなどいない。
誰もが彼女が犯人であると信じて疑っていないのだ。
「ちなみに彼女が煙草吸うところ見たことある人っているの?」
「さあな。そんな噂は聞いたことないけど、まああんな格好してんだから吸ってたとしても不思議じゃないよな。むしろ納得がいくくらいさ。」
「…。」
「まずいと思うよ。ウチの学校ってそういう評判はかなり気にしているだろうし、来栖の場合教師からの評価も悪いしな。それでも今まではかなり放任されてたってところがあるが今回はそうもいかないだろう。」
「大体今までだって注意されないのもおかしいのよ。自分は何をやっても許されるとでもおもってるんじゃない?」
いつから話を聞いていたのか、吉田の言葉に続いたのは女生徒だった。彼女の名前は柊佐和子。(ひいらぎさわこ) 煌斗の斜め前の席に座っている。
「ま、まあな。」
彼女の怒気に戸惑いがちに相槌をうつ吉田だった。
実際今のクラスの状態を見てみると、男子はどちらかといえば、吉田のように事件性に興奮している者が多く、女子は柊のように彩乃に悪意的な発言をしている様子が目立つ。当然空気のよめない煌斗はそんなことに気づくよしもなかった。
彼が感じていたのは、
(有栖川と来栖って語感がちょっと似てるかも。)
馬鹿ですね。本当に。