後日談談
それでは、後日談をしていくとしよう。
翌朝、登校するなり、煌斗は昨日の使われていない部室へと連れてこられていた。
連れてきたのはもちろん来栖彩乃である。
彼女は朝早く登校してきた煌斗を教室で確認するなり、短く、低い声で
「来い。」
というなんとも男らしいセリフによって煌斗をこの部室へと連れてきた。そこまでの間一度も話さず、振り返りすらしなかった彩乃は、その顔をようやく煌斗に向ける 。
彼女は鋭い眼光を煌斗に向けて思いっきり突き刺した。構図的には不良生徒に呼び出しをくらっているクラスのいじめられっ子の図を思い浮かべてもらえればいい。
「何したの?」
「…み、水責め。」
「誰が拷問の名前答えろって言ったのよ。今さらとぼけないで。あんたが何かしたから、私の処分が取り消されたんでしょ?」
「そうか。処分が取り消されたならよかった。」
「さっさと質問に答えなさい。何をしたの?どうやって私の処分を取り消したわけ?」
「どうやってって、処分が取り消されたのなら理由は一つしかないじゃないか。」
「あの煙草の持ち主が見つかった。」
「知っているじゃないか。」
「そんな事は教師から聞いたわ。不本意そうな謝罪と一緒にね。私が訊いているのはあんたがどうやってその持ち主を見つけ出して、自首させたかって事よ。」
「僕は別に何もしていないよ。」
「いいから、さっさと洗いざらい、今回の件に関してあんたのしたことを言いなさい。」
さすがに彼女のその威圧感は半端なものではなく空気の読めない煌斗といえど、素直に応じるしかなかった。
「べ、別に僕が直接何かしたわけじゃないよ。ただ僕は吉田氏に噂を流してほしいっていっただけで。」
「噂って?」
「君の処分を下すには物的証拠が不足してるって内容の噂をクラスに流してもらったんだよ。もしかしたら真犯人が証拠をもって現れるかなって。」
「それで見事に馬鹿な犯人は証拠をもってのこのこ現れて、あんたみたいな奴に言われて自首したってわけ?」
ひどい言われようである。
「ま、まあそんなところだね。」
実際説得したのは煌斗ではないのだが、説明がややこしくなると感じ、言わないことにした煌斗だった。
「ふ、ふうん。」
そこまで聞いて彩乃は視線を煌斗から外した。
その声に先ほどまでの威圧感はなかった。
「聞いても言い?」
威圧感どころか、彼女の声は今まで聞いたこともないくらいに弱々しかった。
「どうして、私を助けたりなんてしたの? あれは確かに私の煙草じゃなかったけど私ここで煙草を吸っていたのは事実よ。」
「別に僕は君が正しいとか、可哀そうだとか言った覚えはないけど。」
「ならなんで助けたのよ。」
「助けったってほど大した事じゃないだろ? そもそも君が頑なに否定すれば処分なんてうけなかっただろうし。」
確かに、今回処分が下った一番の決め手は本人の自白である。実はその点の矛盾を解消するために煌斗はある情報を教師側に流したのだが、これも煌斗は黙っていた。
「べ、別にあんたが助けただなんて思っていないのならいい。勝手に貸しを作った気でいられたら困るから聞いただけよ。」
また少し、表情が怖くなってしまう彩乃だった。
「君とは、もっと話したいと思った。だから処分を受けてほしくなかった。」
「は?」
「いや、だから謹慎処分とかなったら話できないじゃないか。」
「そ、そうじゃなくて、私と話したかったって本気で言ってんの?」
「本気だとおかしい?」
「だって私みたいな不良と話したがる人なんていなかったし。」
「自分で自分を『不良』と呼ぶのもどうかとおもうけど。」
「うっさいわね。周りの評価くらい分ってるだけよ。」
「そういうものかな。でもそんな事いったら僕みたいな影の薄くてダサい生徒と話したがる生徒はもっといないよ。そんな自分と話してくれた人ともっと話してみたいと思うのはそんなに不思議なことかい?」
それを聞いていた彩乃は再び煌斗に視線を合わせた。しかしそれは先ほどのような鋭利なものではなく、戸惑いがちな女子のそれだった。恐らくこの学校いや、この学校の人間以外にもこんな彼女の姿を見た者はほとんどいないだろう。
恐らく煌斗のようなバカでなければ彼女の評価が大幅に変わった事だろう。
「そ、そういえば今日はあのメガネしてないのね。」
昨日煌斗がつけていた大きな黒い縁の眼鏡は姿を消していた。
「しょ、諸事情で壊れてしまってね。」
その『諸事情』を思い出して、身震いがしてくるのを感じて煌斗は慌てて首を振り、思考を遮った。
「あんたって結構目おっきいのね。そ、それに結構綺麗な肌してるし―」
そういいながらつい顔を近づけすぎて、慌てて距離をとる彩乃だった。
(ななななな、何でこいつの顔みて顔が熱くなってんのよ、私は!?)
(やっぱりそんなに見るに堪えない顔なのか?)
その顔が妙に発熱していた事に彩乃は戸惑い(狼狽したといってもいい。)、煌斗はもちろん何も気づかなかった。
そして煌斗が感じたのは煙草のやに臭い匂いではなく、シャンプーのいい匂いだった。
「と、兎に角賭けは私の負けね。」
煌斗は彩乃に賭けを申し出ていたのだ。
自分の言うことを誰も信じてくれないのかどうか。
「どうだろうね。結局僕の言うことを信じてもらってはいないと思うよ。」
実際の犯人を説得したのは煌斗ではない。目の前に正体不明の人物に動揺している状態で問い詰められるのと、下に見られている自分が問い詰めるという二つの選択肢に迷わず前者を煌斗は採用したのだ。まあその『正体不明』の人物を使うのに若干の身体的リスクを受容したのだが。
「い、いいから!あんたは賭けに勝ったんだから今日からもこの部屋に来ることを許可するわ。」
まあ元々彼女の部屋でもないのですがね。
「そ、それは助かるよ。」
彼女の不可思議な勢いに若干戸惑いを覚える煌斗だった。
「じゃあ、私は先に教室もどるから。」
そういって彩乃は足早に部室を後にした。
そんな彼女の背中を見つめながら―
(そういえば、彼女、僕を見てすぐに『有栖川』って名前を言っていたなあ。)
彼女ともっと話たいと思った自分に少し納得がいたった煌斗だった。