第三話 家燃やす
「ええ、彼女?」
「うん、彼女。ねぇ、モテないでしょ」
「いやー、そうでもないよ」
「そっか」
だはは、と僕は笑っていたが八角さんはすごく寂しそうだった。肩が細くなっていて、今すぐに抱きしめたいという衝動に駆られた。あーん、しゅき〜。
だが、表面はシャキッとしていないとずばりダサい。
「ほんとは、全然モテてないよ」
というと、八角さんの顔が華やいだ。ぱっと笑顔が咲いた。
もう、花弁の中のめしべからもっと綺麗な花が咲いてきたよという感じで、僕の心臓は破裂寸前だった。
「え、よかった! 私ね、実はね、実はね」
きゃーっと八角さんは頬を抑えていた。
実はなんなんだよ!
叫びたかった。
が、あんまりにも食いつきすぎるとキモがられるので、え? なに。みたいなスカし方をしていた。ガム噛んでそうな。
「小学生の時、マツくんのこと好きだったんだよ!」
「ふぅん」
別に何も、予想内だし、みたいな反応をした。ま、普通だね、という顔をしていた。
が、内心ははしゃいでいた。
えぇ、そうだったの!? じゃああの時告ってれば上手くいってたって事なの。なんなら、今はどう。ライン交換しよ! それからデートを重ねて、大学は同じところ行って、子供の名前はどうしようか、というところまで行っていた。
反応の薄い僕に、三角さんは不満そうだった。
「えー、あんまり嬉しくないの?」
「嬉しい……けど」
僕は、少し逃げ腰ながら戦った。
「でも、それって小学生の時のことでしょ」
「え? じゃあ今も好きって言ったら?」
「え、マジ?」
ひゅおうと風が吹いた。というより吹いていた風をここで初めて認識した。夜風に頬を冷まされながら、僕はなんとなく笑顔を引きつらせた。
八角さんはいう。
「全然、本気だけど」
ええっ、と思った。
ぶっちゃけ引いていた。
ワンチャンないかなと思っていたのは、こうノスタルジー的な思い出に対する気持ちであって、ちゃんとしたチャンスが目の前にボンッと置かれると、その生々しさとか、その思いを現実的に遂げてしまうと一体全体どうなってしまうんだ、という臆病な感じが出てきた。
そもそも、僕には鬼のようだけど美人な彼女もいるし、実際に浮気したのがバレると首切りの上、校門に晒し首として卒業まで晒される恐れがあった。
そもそも倫理的に良くないよね。浮気なんて。
すると、彼女とのやりとりの一幕が僕の頭に警告のように蘇ってきた。
ある日のことだ。僕は聞いた。
「よしんばよ、よしんばの話なんだけど、これは極めてよしんば的話しで、ちょっとした好奇心から聞いているわけでそんな意志とか全くないとしてよ、もし僕が浮気したらどうする?」
「家燃やす」
洒落にならんわけである。
この女はほんとに燃やす、という信頼感が彼女にはあった。仕事ができるからね。
だから、及び腰になってしまう。
すると八角さんはいう。
「私ね、最近ずっとマツくんのこと考えてた」
「へぇ、なんで?」
「だって、初めてはマツくんがいいと思ってさ」




