第三十二話 魔蔓延る大森林 龍の一閃
睨みあう魔軍と馬順の間に広がる空間は、一瞬にして零になる。
中空で交わるのは、馬順の拳と魔軍の右足。
互いの攻撃がぶつかった際の衝撃は、衝突点を中心に同心円の塵煙となって現れる。
「始まったっす。霆華!準備はいいっすか」
「いつでもいい。守ってくれよ」
「当然っす!」
霆華は矢を番え、魔軍の胸元に鎮座する赤い宝玉に狙いを定める。
短期決戦。
馬順が言ったその言葉が、偽りなく真実であることを霆華と黄鶴は目の前の光景から感じ取る。
「――ぐ、がはっ」
腹部に突き刺さった魔軍の蹴りに、馬順は思わず呻く。
互いに猛攻を浴びせあう馬順と魔軍。
しかしその均衡は少しずつ崩れ始めた。
追撃の蹴りを、馬順は辛うじて避けるが、続けざまの右拳を左側頭部に食らう。
真横へ大きく吹き飛ばされる馬順。
魔軍が振り抜いた右腕の死角から、黄鶴が魔軍の懐へ飛び込む。
魔軍が咄嗟に、戻した右腕を小太刀で受け止めた黄鶴は、そのまま後方に弾かれる。
「今っす!霆華!」
魔軍の右腕が伸びきった先。
大きく空いた胸元へ、霆華の一射が正確に放たれた。
矢は、一直線に放たれる。
バンッ。
宝玉を狙う一射は魔軍の左手によって弾かれた。
――そして、重なるようにして放たれていた第二の矢が、魔軍の宝玉を直撃する。
キンッ、と甲高い音が響く。
しかし、その音には宝玉が割れるような、細かさが無い。
たった一度の音。
それは、霆華と黄鶴にとって予想外の結果がもたらされたことを意味した。
「弾かれた……?」
「そんなの、ありっすか……」
魔軍の両手が霆華に向けられる。
「――! マズいっす!」
黄鶴が駆けだすよりも早く。
無数の光球が、霆華を狙い撃ち放たれた。
数発が地面に着弾し、細かな土煙を上げる。
黄鶴、馬順が霆華のもとへ駆けだす中、徐々に立ち上った煙が消えていく。
――激戦の最中にあって、未だ輝きを失わぬ刀身が光る。
霆華の前に立ち、その刀で被弾を防いだ雪焔は、荒い呼吸のまま片膝を地面についていた。
盾となってくれた雪焔の背後から、霆華は立て続けに5本の矢を放つ。
それらすべてが、宝玉にぶつかり、砕くことなく落下した。
「雪焔!大丈夫っすか!?」
駆け付けた黄鶴が雪焔の肩に手を置く。
空ろな目を向けながらも、雪焔はゆっくりと頷き、力なく微笑む。
「どぉなってんだぁ!硬すぎだろ、あの宝玉ぅ!」
息も絶え絶えに馬順が霆華の横につく。
満身創痍の中、四人は成す術を持たない。
激しく呼吸をしながら、四人は魔軍を睨みつけることしかできなかった。
抵抗の意志を体現できない四人へ、魔軍はゆっくりと片手を向ける。
――膨大な魔力が手のひらへ集中する。
それは、これまでのような牽制や距離を取るためのものではない。
勝者が敗者を徹底的に抹殺するために放たれる強大な一撃。
回避する余力が、四人には残っていない。
薄桃色の光が周囲を照らし、内包する力は周囲に吹き荒ぶ風を生み出す。
集約する魔力が衝突しあい、無数の雷撃が走る。
――そして、周囲は眩い光に包まれた。
轟音の波が周囲の木々をなぎ倒す。
迫る魔崩の塊を前に、無意味だと分かりつつ、黄鶴は二刀小太刀で迎え撃つ構えを取る。
(……守れなかったっす。ごめんなさい……蒼達様……!)
涙すらも蒸発する熱気を放つ死の輝き。
――その輝きは、振り下ろされた一刀の前にあっけなく霧散した。
突如として開かれた視界。
四人の目の前には、雄々しく、壮大な背中が映る。
「父……上……」
状況の理解よりも優先して、雪焔は小さく呟く。
ゆっくりと、静焔は振り返る。
「皆、無事か……?」
息も絶え絶えに、しかしどこか安堵した様子の四人の表情。
静焔はその顔を見渡すと、くるりと魔軍へ向き直った。
「――あとは、任せろ」
腰に“龍刃丸”を携え、静焔は魔軍へ向かって走りだす。
魔軍から連射される魔崩の球を、静焔は高速の剣で叩き落す。
魔崩の雨を掻い潜り、静焔は瞬く間に魔軍へと肉薄した。
抜刀による一閃。
宝玉を狙った一撃を魔軍は左腕で迎え撃つ。
静焔が振り抜いた刃は、魔軍の左腕に深々と傷をつけた。
静焔は再び納刀し、魔軍の蹴撃を躱すように垂直に跳ぶ。
陽光を背にした静焔の姿は、魔軍には黒い影に映る。
その影の中。
青白い龍の眼光だけが、魔軍をまっすぐに捉えていた。
(――今、この一撃にすべてを乗せる)
静焔は空中で体を大きく回す。
(――これが俺の、新しい剣だ!)
回転と同時に鞘から抜かれた刀身は、吸い寄せられるように魔軍の脳天へと向かう。
「――龍閃!」
静焔が振り抜いた“龍刃丸”は、今再び鞘へと戻される。
静焔の眼前にいる魔軍は、僅かな時間、その動きを止めた。
チンッ、と“龍刃丸”が完全に鞘へと納められる。
魔軍に背を向け、霆華たちのもとへ歩き始める静焔の背後。
魔軍の体が宝玉もろとも、中心から左右へ二つに分たれた――。




