第二十八話 魔蔓延る大森林 暴虐の魔軍
連射される光球が静焔のすぐ後ろを通過する。
馬順が、赤魔軍の左にある森の茂みから飛び出し、魔崩を放つその隙をついて肉薄する。
振り下ろした左拳は赤魔軍の装甲によって弾かれ、返す刀で光球の直撃を受けた。
「――っく!痛ってぇなぁ。クソ!」
間一髪、残された僅かな魔力を集めることで、馬順はその一撃を防ぐ。
赤魔軍は魔崩を線として放ち、馬順の防御の上から叩きつける。
押し込まれる形で、馬順は地面に二本の轍を作りながら後退した。
自身に絡みついてくる光線を、馬順は防御ごと左側へずらす。
引き摺られるように光線は横薙ぎに森の木々に着弾し、爆煙を生んだ。
再び右手へ集中させた魔力が、弾かれるように霧散する。
(クッソォ。もう魔力が限界に近ぇ……)
肩で息をする馬順の右側から、静焔が赤魔軍へ突進する。
「馬順!あまり無理はするなよっ!」
赤魔軍を中心に、円を描くように高速で足を捌きながら、静焔は赤魔軍の首を執拗に狙う。
半分になった刀身により、小回りが利くようになった静焔の刀捌きは、至近距離から放たれる魔崩を軽々と弾く。
「おっさん!テメェ。人の心配なんかしてらんねぇだろ。間合いが足りてねぇじゃねぇか」
静焔が放つ激しい斬撃とは裏腹に、赤魔軍の傷は両腕から肩にまでしか届いていない。
「しかし、今はこうして機を作るしかない!馬順も、援護してくれ」
「援護っつったってよぉ……」
馬順は、こびりつくように残る右手の魔力に目を落とす。
「魔獣化と、ここまでの戦闘が響ぃてやがる……」
素早く周囲を確認し、突破口を見出そうとする馬順はその視線を止める。
「……しゃあねぇ。無ぇよりはマシかぁ」
馬順は森の中へと駆けていく。
「――頼んだぞ、馬順」
一連の行動を見ていた静焔は、絶え間ない斬撃の雨を降らせながら、馬順の背へ小さく呟いた。
直後。
唐突に赤魔軍は足元に向けて魔崩を放った。
「――!何っ!」
爆風に包まれ、静焔の体が強制的に浮かされる。
爆風に舞う土ぼこりの向こう、不気味に光る赤魔軍の双眸と目が合う。
(――やばい!)
静焔は着地と同時に転がってその場を離れる。
土ぼこりを裂くように、光球が地面を這って静焔へと向かってくる。
低い姿勢を維持したまま、蛇行する軌跡を描きながら、静焔は強引に再度の接近を試みる。
左耳を光球が掠める。
しかし、静焔はその歩みを止めず、その集中を極限まで高める。
折れた刀を納めた鞘を腰から抜き、左手に持つ。
光球による無数の傷を意に返さず、静焔は赤魔軍の懐へと飛び込んだ。
右手を、鯉口にかける。
低い姿勢から瞬間的に真上――赤魔軍の喉元へと飛び上がるべく、両足に力を込めた。
「はぁぁぁぁぁ!」
咆哮と同時に、静焔の体は宙へと飛び出す。
赤魔軍の左手が静焔の顔面を抑え込もうと振り下ろされた。
眼前に迫る左手から、静焔は目をそらさない。
(ここだ。この一撃は、届かせるっ!)
静焔の額に、赤魔軍の指先の感触が伝わってくる。
そして、静焔の額を滑るように、左手は顔の脇をすり抜けた。
その直前に聞こえた轟音。
その主を、赤魔軍の向こう側に静焔は認める。
「馬順!よくやったぁ!」
振り抜かれた馬順の右手には、すでに粉々に砕けた岩石の残骸がこびりついている。
彼は手ごろな岩に右腕を捻じ込み、即席の手甲を携えてきた。
そして、今、赤魔軍の後頭部を力の限り殴りつけた馬順と静焔の目の前で、それは粉々に砕けた。
「へっ!こぉれで、おっさんでもやれんだろぉ」
首を差し出すように前のめりで倒れる赤魔軍の首元へ、抜刀された静焔の刀が飛ぶ。
(獲った――!)
突如鳴り響く轟音。
赤魔軍の元へ、膨大な魔力の塊が落雷のように降り注ぐ。
その圧力に耐えきれず、静焔と馬順はその場から吹き飛ばされた。
「な、なんだ!何が起きた!馬順っ!」
「分からねぇ。……なんだぁ、この魔力量……」
先ほどのものよりも、大きい土ぼこりが上がる。
静焔と馬順は互いに、一撃に巻き込まれないよう、一定の距離感を保ちながら土ぼこりを睨みつける。
徐々に、風に流されて視界が開けてくる。
初めに見えたのは、赤く輝く双眸。
うっすらと見え始めた全身の影が、静焔を困惑させた。
(装甲が……変わっている?)
赤魔軍の腕は一段と大きく、重量と硬度を感じさせる装甲がついている。
その背には今まではなかった二本の突起が、まるで翼のように生えていた。
土ぼこりが完全に晴れ、露わになった赤魔軍の威圧感に、静焔と馬順は動けない。
ゆっくとした動作で赤魔軍は顔を上げ、静焔と馬順を交互に見る。
――そして、一瞬でその場から消えた。
静焔の後ろに、殺気の塊が産まれる。
「おっさん!後ろぉぉぉぉ」
馬順の声が届くのと同時。
魔力を纏わせた赤魔軍の右拳が、静焔に向けて振り下ろされる。
「な――!」
「暗殺歩法――“脱兎”!」
拳が、静焔の命を絶つことはなかった。
地面に打ち付けられた拳の衝撃は、大地に亀裂を走らせる。
赤魔軍は屠ったはずの標的を探して周囲に視線を泳がせ、やがて止まる。
馬順の足元で片膝を立てて構える静焔がいた。
その生をつなぎ留めた者を見る。
二刀小太刀を水平に構え、鋭い眼光で黄鶴は赤魔軍を睨んでいた。
「間一髪だったすね。静焔様」
「黄鶴。恩に着る」
追撃に動く赤魔軍の動きが、首を狙う一閃と目の前を通過する矢によって止められる。
「大頭!馬順!大丈夫か!」
霆華が黄鶴の横に並び立つ。
短い攻防の末、雪焔は静焔の横へと殴り飛ばされてきた。
「雪焔――!」
「大丈夫です。刀で防ぎましたから。それより、その刀は……」
「無茶をしてな。折れてしまった」
雪焔の顔に、驚愕が浮かぶ。
「そんな!それじゃあまともに戦えませんよ!」
「何とかする。心配するな」
「し、しかし――」
「二人とも、そこまでっす」
静焔よ雪焔の会話を、黄鶴が切る。
チラリ、と黄鶴は腰に下げた刀へと視線を投げ、静焔の目を見る。
「静焔様。お話があるっす。すぐ終わるっすから付き合ってほしいっす」
「黄鶴。あれを前にしてそんな余裕は――」
赤魔軍は背中の突起から魔力を噴射し、高速で間を詰めてきた。
ガギンッ。
迎え撃った雪焔の刀が赤魔軍の左肩に当たる。
僅かに鈍化した赤魔軍の侵攻を押し戻すように、馬順は背後にあった巨石を赤魔軍へ投げつけた。
迎撃とともに、赤魔軍の接近は止まる。
舞い上がる大小の岩の欠片に当たり、変則的な軌道を描いた3本の矢が、赤魔軍の左足に深々と突き刺さった。
「父上。黄鶴の話を聞くべきです」
「大頭。ここは俺たちでなんとかしてますから」
雪焔と霆華の言葉に、静焔は僅かに思考を巡らせる。
「しばし、ここを頼む。雪焔、霆華、馬順」
「チッ。しゃーねーなぁ。早くしろよぉ、おっさん」
雪焔と霆華は背中越しに笑みを浮かべ、馬順は両手の関節を盛大に鳴らしながら赤魔軍へと突撃した。




