第二十六話 魔蔓延る大森林 背中
高速の二刀剣術による猛攻が、正面から赤魔軍を攻め立てる。
戦場を滑るように移動しながら、攻防を続ける黄鶴と赤魔軍。
黄鶴の攻撃の間隙を縫うように、霆華は関節部分を狙って矢を放つ。
激しい攻防をしながら、霆華の矢を装甲部分に当てて弾き返す赤魔軍の動きに、霆華は歯噛みしながら次の矢を番えた。
雪焔と蒼達の一撃が、黄鶴のそれと重なる。
三方から迫る斬撃に対し、赤魔軍は両手で黄鶴と雪焔の刃を受け止め、蒼達を左足で蹴り飛ばした。
続けて、両手でそれぞれの刀身を掴んだ赤魔軍は、力任せに刀ごと黄鶴と雪焔を投げ飛ばす。
「何なんっすか!こいつ、全然崩せねぇっす!」
肩で息をしながら、黄鶴は悪態をつく。
「焦るな!まずは奴の動きに慣れることが優先だ!」
「そうよ、黄鶴。あなたはよくやっているわ!」
蒼達と雪焔が、離れたところで声を張り、黄鶴を鼓舞する。
「でも、こんなに切ってるんっすよ!?」
「それはそうかもしれんが……」
「いいえ、黄鶴。蒼達」
二人の会話を、雪焔が遮る。
「手数なら、もっと稼げるわ」
ドスッ、と地面にほぼ垂直に矢が刺さった。
それは、はじまりの号砲。
直後、赤魔軍に数多、矢の雨が降り注いだ――。
「はぁ……はぁ……」
息を切らしながら、霆華は木の上に立ち、戦場を見下ろしている。
「俺の弓一発じゃ、あいつを止められない……」
ドサッと、太い木の枝の上に矢筒を置く。
森の中を駆けずりまわり、即席で作った数百本の木の矢。
弓の調子を確かめるように、霆華は弦を軽く引く。
よし、と霆華は矢を三本番えると、上空へとそれを構える。
「俺は、俺ができることで皆を援護する!」
ヒュンッ、と上空高く舞い上がった矢の姿は一瞬で青に溶けた。
その行く末を、霆華は見ない。
ヒュン、ヒュン、ヒュン、ヒュンーー。
とめどなく上空へと放たれる矢は一定の軌道を描きながら上空を舞う。
「あぁ……久々だから、結構キツい……」
――腕が痺れてくる。
――集中を続ける脳に靄がかかり始める。
――弦は切れかけ、ついに霆華の右手の握力は完全になくなった。
それでも、霆華は戦場を見下ろす。
亀のように丸まり、関節一つに無数の矢が突き刺さる赤魔軍をじっと見つめた。
「はっ。ざまぁ、見やがれ……」
強烈に霆華の視界が揺らぐ。
ドサッと、霆華は前のめりに倒れこみながら、木の上から落下した――。
黄鶴の目の前で、赤魔軍が矢の雨を受けている。
赤魔軍は、両手で覆うようにして頭部を守る姿勢になった。
その装甲を削るように矢は止めどなく落下し、装甲の間隙に深く突き刺さる。
「な、なんなんっすか、これ」
「霆華が言うには、局地制圧用弓術、らしいわ」
「いや、局地すぎっすよね!?」
無数の矢が突き刺さる赤魔軍を見ながら、黄鶴はその威力に慄く。
相手が赤魔軍でなければ、戦局はこれで一気に優勢に持ち込めたはずだ。
しかし、目に前の赤魔軍は何事も無いかのようにそこに立つ。
「二人とも!二回戦だ。行けるか!?」
蒼達の呼びかけに、黄鶴は再び赤魔軍へととびかかり、雪焔は背後へと素早く移動する。
突撃を仕掛ける蒼達の元へ、黄鶴が投げ飛ばされてきた。
「大丈夫か!黄鶴」
「はい!大丈夫っす!まだまだいくっすよぉ!」
すぐに自分の手を離れ、黄鶴は赤魔軍への猛攻を再開する。
――本当に。
――本当に、頼もしいなぁ!次の世代はっ!
蒼達が狙うのは、赤魔軍の関節に突き刺さる無数の矢。
彼は太刀の側面を、赤魔軍の左足に刺さる矢へと叩きつける。
深々と矢を突き刺した蒼達は、赤魔軍の右足によって再び蹴り飛ばされた。
「ゴフッ……」
大木へと叩きつけられ、蒼達の意識が飛びかける。
しかし、次に飛び込んできた光景が、蒼達の気絶を許さなかった。
すべての速度が、鈍化していく。
目で追うことさえやっとの、化け物じみた赤魔軍の動きさえ、その視線の動きすら読み取れる。
黄鶴の右腕から体重を乗せた一撃が放たれた。
赤魔軍は左腕でそれを受け止めると同時に、黄鶴目掛けて左足を振り上げる。
間一髪、後方に跳ぶことで、黄鶴はこの一撃を回避する。
黄鶴が空中にいたのは、ほんの一瞬だった。
赤魔軍が右足を踏み切り、一息で黄鶴に肉薄する。
黄鶴の頭部に、振り下ろされた赤魔軍の左足が直撃した。
ゴギッ、と鈍い音を立てながら黄鶴は地面に叩きつけられる。
「――!黄鶴!」
雪焔が止めるために赤魔軍へ突進するも、切りかかった刀身に拳を合わせられ、刀ごと吹き飛ばされる。
生気をなくした黄鶴の頭部を、赤魔軍は左手で荒々しく掴み、持ち上げた。
額から、血が滴り落ちる。
か細く、乱れた呼吸が口の隙間から涎と共に漏れ出ている。
朦朧とする意識の中、黄鶴は威殺さんとする視線を赤魔軍に向け続けた。
その目を意にも介さず、赤魔軍は右手を引く。
命を絶つ右手が、黄鶴を目掛けて放たれる。
グシャ、と人体を貫く右手が出した音を、間近で黄鶴は聞いた。
――最初に蒼達様にお会いしたのはいつだったっすかねぇ。
――昔過ぎて、全然覚えてないっす。
――自分、まだ何も成せてないっすけど。
――背中、ずっと追いかけて行くっすよ……。
飛びかけた意識が戻った黄鶴が最初に感じ取ったのは、匂い。
生臭く、鉄くさいそれは、自分もよく知っているものだった。
次に飛び込んでくるのは、視界いっぱいに広がる黒。
白い刺繍は、黄鶴たちが仕えた家の家紋。
そして、その黒の中心を、禍々しい赤魔軍の右手が貫いていた。
「そ……」
ずっと、追ってきたのだ。
この背中を、ずっと――。
「蒼達様ぁぁぁぁぁぁ!」
真後ろで響く黄鶴の叫び聞き、蒼達は安堵の笑みを浮かべる。
(よかった。……守れてよかったぞ、黄鶴)
ガシッ、と蒼達は自分に突き刺さる赤魔軍の腕を左手でつかみ、自身から引き抜くことを許さない。
右手で太刀を振り上げ、蒼達は赤魔軍の関節へと視線を落とす。
「俺の……宝に……」
赤魔軍は左腕を使い、蒼達を払いのけようとするが、それを雪焔が阻止した。
彼女は、赤魔軍の左腕を、しがみつくように必死に掴む。
「――させません」
雪焔の目は、悲しみと怒りを湛え、赤魔軍を睨む。
太刀を構えた蒼達の腕が、膨張する。
蓄えられた筋力を、全てこの一撃に込める。
「俺の……宝に……手ぇ出してんじゃねぇよ!」
振り下ろされた太刀は、霆華の矢を巻き込みながら叩きつけられる。
直撃した太刀は、赤魔軍の右腕を両断した。
赤魔軍は動揺したように後退る。
大量の血を流しながら、蒼達は倒れ、黄鶴に支えられている。
「蒼達様!蒼達様!」
悲痛に呼びかける黄鶴へ迫る赤魔軍の追撃。
その一撃は、赤い宝玉を狙う矢と刀によって阻まれた。
「黄鶴!蒼達を連れて行きなさい!」
「で、でも、雪焔が……」
「いいから!何とかして見せるわ!」
バシュッ、と黄鶴の近くに木の矢が突き刺さる。
「おい!そこにいたら邪魔だ!さっさとこっちに来い!」
体中に無数の傷を負いながら、霆華が必死に叫ぶ。
脇腹には、血が滲んでいるのが見て取れた。
それでも、黄鶴を離脱させるため、再び矢を引き絞る。
黄鶴は霆華のその姿で意を固めた。
蒼達を抱えて、駆ける。
墨を垂らしたような血の跡が黄鶴の軌跡をまっすぐに描いた。




