第二十三話 魔蔓延る大森林 それぞれの戦場
バシュッ。
雪焔の左耳を赤魔軍の魔崩が掠める。
直進していく魔崩は、その軌道上にいた5体の白魔軍を貫いて消滅した。
(相変わらず、桁違いの威力……でも――)
内心で独白しながら、雪焔は白魔軍の間を縫うように大きく弧を描いて移動する。
雪焔へと狙いを定める赤魔軍は、躊躇わない。
赤魔軍は追撃するように放たれた光線を横薙ぎに振り、数十体の白魔軍を真っ二つにする。
その勢いのまま、雪焔の背に急速に接近した。
(――!今ッ!)
雪焔は思いっきり身をかがめ、光線の下へと滑り込んだ。
その眼前を通過する光線をやり過ごし、雪焔は白魔軍の残骸の向こうにいる赤魔軍へと距離を詰める。
『刃の道』によって安全で最短の道を進もうと踏み出した一歩。
しかし、二歩目の追随はない。
雪焔が見ていた、『刃の道』が、一瞬にして砕け散った。
雪焔の動揺は一瞬。
その後、大きく左側へと雪焔は跳ぶ。
直後、先ほどまで雪焔がいた場所に、無数の魔崩が浴びせられた。
(……『刃の道』が見えない。『刃の目』も。あいつ、全然スキが無い!)
ガサッ。
後退った雪焔は、そのまま森の中へと身を隠す。
赤魔軍による損害を覆い隠すかのように、大量の白魔軍が門から吐き出されてくる。
「まったく。きりがない……。早くしなさいよ、霆華!」
雪焔は、悪態をつきながら森の中を疾走する。
「うおぉぉぉぉぉらぁ!」
蒼達の太刀による豪快な一撃が赤魔軍の装甲とぶつかり、甲高い音を立てる。
続けざまに、二撃、三撃――。
重量を感じさせる攻撃は、赤魔軍の体勢を崩しながら徐々に後退させていく。
「くっ!硬ぇな、その装甲!俺の得物は打撃武器じゃねぇってのに」
赤魔軍に攻撃の隙は与えないが、こちらの攻撃が通っているわけでもない。
完全な均衡状態の中、蒼達はそれでも太刀を振るう。
「蒼達様!大丈夫っすか!?」
「黄鶴!テメェは周りの白魔軍どもを蹴散らしとけ!こっちに寄越すんじゃねぇぞ!」
「わ、わかったっす」
戦場に、重層的な斬撃音が響く。
両手に小太刀を構えた黄鶴が、全身の体重移動を巧みに繰り返し、流れるような動作で白魔軍を無数の斬撃に沈めていく。
背後で鳴り響く無数の音を聞きながら、蒼達は小さく口角を上げる。
(あの二刀剣術の美しさは、才能だな……)
一層の力を込めた逆袈裟の一撃が赤魔軍を大きく仰け反らせた。
さらなる追撃を加えるため、蒼達は踏み込んだ右足で強く地面を掴む。
その時、仰け反りながら赤魔軍が、後ろで奮闘する黄鶴へ右手を向けた。
「――っ!テメェの相手は俺だろうがぁ」
素早く、蒼達は魔崩の射線上に割り込み、太刀によって構えられた右腕を地面へ叩きつけた。
直後、蒼達の視界が左へ大きく回り、地面の固い感触を感じた。
押し倒された、と蒼達が察した時にはすでに、右の頬に感じる赤魔軍の左手が熱くなっていた。
(――!魔崩が来る。罠だったか!)
零距離からの魔崩被弾は、確実な死以外の結果をもたらさない。
蒼達は自らの死を覚悟した。
「蒼達様ぁぁぁぁ!」
絶叫とともに現れた黒い影が、蒼達にのしかかる赤魔軍を強引に引き離す。
「蒼達様!ご無事っすかっ!」
「黄鶴。すまぬ、不覚を取った」
「無事ならいいっす!」
そう言って黄鶴は赤魔軍を睨む。
赤魔軍の手から、数百の光線が黄鶴と蒼達目掛けて放たれた。
逃げ道は、無い。
圧倒的な物量が、一直線に迫る中、黄鶴は大きく息を吸い込む。
数百の光線を迎え撃つ、二刀。
黄鶴は、光線を弾き、突き落とし、撃ち返す。
視認するとこすら叶わぬほど、高速で動く刀身。
いつ終わるとも知れぬ無呼吸の時間を、黄鶴は遊泳する。
(――守るっす!なにがなんでも)
(――小太刀は、守りの刀)
(――もう二度と、同じ失敗はしないっす!)
酸欠で視界がぼやけ、腕が鉛のように重くなる。
しかし、黄鶴はただの一つも斬撃の質を落とさず、放たれる光線をさばいていく。
やがて、目の前を照らしていた光線の雨が止んだ。
「はぁ、はぁ。どうっすか、蒼達……様」
倒れこむ黄鶴を素早く抱えて、蒼達は最速で移動する。
森へ逃げ込み、追手の有無を確認する。
やはり、門の警備を重視しているが故か、赤魔軍は森の中までは追ってこない。
蒼達は、黄鶴を木にもたれかけさせた。
「よくやったぞ、黄鶴!実に、見事だった!」
痙攣する黄鶴の両手を、蒼達はしっかりと握りしめる。
「霆華と馬順が何とかしてくれるまで、今しばし、ここは耐えるぞ」
蒼達の言葉に、黄鶴は力なく、しかし意志を宿した目でまっすぐに頷いた。
ガサッ、ガサッ
戦場の爆音を背に、森の奥へ走る二つの影があった。
その影は、大木の根元までくると立ち止まった。
「この木は、どうだろう」
「いやぁ、これは低すぎるだろぉ」
大木の根元で、霆華と馬順が会話をする。
彼らが探しているのは、門のてっぺんと同程度の高さの大木だ。
広場の周りから探し始め、気がついたらかなりの距離離れたところまで来ている。
「もぉ少し、離れたところからも探すかぁ」
「そうだな。急ご――」
聞こえたのは、広場からの一際大きな爆音と木々がへし折れる音。
霆華は、こうしている間にも懸命に魔軍の足止めを行っている者たちを考える。
その爆音は、一刻の猶予も与えない事態を無慈悲に伝える号令でもあった。
(俺たちは、こんな悠長なことをしていて、本当にいいのか)
傷だらけになりながら戦場を駆ける皆の姿が浮かぶ。
彼らに、これ以上重荷を背負わせることを、霆華は否定した。
「――なぁ、馬順」
「ん?なんだぁ。さっさと行こうぜぇ」
再び進行方向へと進もうとする馬順の後ろで、霆華は片膝を地面につき、頭を下げる。
「おいおいおい!おめぇ何してやがんだぁ?」
「馬順!一つ、お願いがある。対価はなんでも払おう。だから、聞き届けてほしい!」
「聞き届けろだぁ?それは、その“お願い”次第だぜぇ」
話を聞いてもらえると知り、霆華は内心で安堵する。
そして、顔を上げ馬順を見上げながら、言い放つ。
「馬順。魔獣の姿で、俺を上空まで運んでくれっ!」
魔獣の姿で必要な高さを保って飛行すれば、確実に、静焔や霆華以外にもその姿が見られる。
もしかすると、前線砦にも何らかの影響が出るかもしれない。
面倒ごとを嫌い、魔獣の姿をひた隠す馬順にとって、この願いは馬順の思想を曲げさせること。
霆華は自身の言葉にどれほどの重みがあるのかを自覚し、その上で口に出し、同時に最大限の敬意を示した。
沈黙が続く――。
やがて、馬順は未だ頭を下げ続ける霆華の肩にそっと手を置いた。
霆華の耳元で、馬順が言う。
「おめぇ、また俺と戦え」
ドクンッ、と霆華の心臓が跳ね上がる。
勝利すれば要求を飲む、と解釈し、霆華はゆっくりと立ち上がり、馬順へ向けて矢を引く。
すると馬順は、慌てたように手を振った。
「――!違う違う!今じゃねぇ、帰ったらの話だ」
「は?帰ったら?」
そうだ、と馬順は何度も首を縦に振って肯定する。
「おめぇは常に強くなってるからなぁ。戦ってぇみたくなんだよ」
「……それが、俺の願いを聞く条件?」
「ああ、そぉだぜ」
そう言って笑う馬順に、霆華は拳を前へ突き出す。
「あん――?なんだ、そりゃ」
「お前も、右手、拳突き出せって」
訳も分からず突き出された馬順の拳と、霆華の拳が重なる。
「これはな――」
霆華は目の前の馬順をまっすぐに見つめる。
「――俺たちは仲間だって意味のものさ」
異様に複雑な感情を湛えた馬順の顔を、霆華は一生忘れないだろう。
「さて、そろそろ行きますかぁ」
馬順の周囲に、紫の揺らぎが見える。
馬順の体は瞬く間に肥大し、徐々にその全形が露わになる。
逞しい四肢の体躯。
世に紛れる体毛と、対照的に夜を彩る淡いきらめきを持つ漆黒の翼。
馬順は、“悪夢”の魔獣、ナイトメアとして、顕現した。
「オイ。サッサト乗リヤガレェ」
迫力に圧倒される霆華を、馬順は急かす。
馬順は翼をはためかせ、上空へを舞い上がった。
「――コノ辺ナラ、イイダロォ」
門を正面に捉える位置、高さで、馬順は停止する。
広場から少し離れた上空。
馬順の背の上に仁王立ちし、霆華は声を上げた。
「――大頭ぁぁぁ!見つけましたぁぁぁ!」
門の正面から上がる爆煙。
それを切り裂いて、静焔は赤魔軍へと突進する。
身を低く屈め、体勢を左へ大きく回しこんだ状態から、抜刀と同時に思いっきり右へと体を回す。
突進の勢いを抜刀時の遠心力とを上乗せした一撃は、赤魔軍の左足を浮き上がらせる。
僅かな時間、上空を舞う赤魔軍へ、静焔は上段からの振り下ろしを入れ、地面へと叩きつけた。
「……これでも、効いてはねぇんだろ?」
飛んでくる光線を、静焔は後ろに飛び退くことで悠々と躱す。
赤魔軍は、ゆっくり立ち上がり再び静焔へと向き直った。
「持久戦は望むところなんだが……やはり、こちらは決め手に欠けるな」
赤魔軍の異常なほどの耐久性に、他の者と同様、静焔も苦戦していた。
静焔は、再び抜刀の構えを取りつつ、展開を思案する。
そこへ、待ちわびた声が聞こえてきた。
「――大頭ぁぁぁ!見つけましたぁぁぁ!」
まるで何かの合図だったかのように、静焔は再び赤魔軍へと駆けだした。
(こいつらの重心は、大きく上へずれている。つまり――)
状態は高いまま、一直線に赤魔軍との距離を詰める。
(――つまり、足への一撃で簡単に体勢を崩せる!)
赤魔軍が右腕を伸ばした瞬間、静焔は頭から飛び込むように赤魔軍の足元へ滑り込む。
そして、刀を鞘ごと振り抜き、赤魔軍を再度、地面へ這いつくばらせた。
静焔は追撃を行わない。
腰に掛けた袋から、瑠璃色に輝く菱形の物体を取り出すと、それを大きく上空へと放り投げた。
「――頼んだぜ。天才少年っ!」
上空で矢を番える霆華が見つめるのは、一点。
門の正面で、上空に向かって放り投げられた、何か。
しかし、その正体を確認する必要はない。
作戦の通りに行動し、作戦の通りの答えが返ってきただけだ。
霆華は集中を極限まで高める。
全身で、深く霆華は矢を引き込んだ。
ヒュンッ、と、あまりにも小さい反撃の銅鑼が鳴る。
中空をまっすぐに飛ぶ矢は、寸分違わず菱形の宝石にぶつかると、
――そのまま門の上部にある窪みへ深々とそれを埋め込んだ。
ガンッ、という鈍い音が戦場を駆け巡ったのは一瞬。
その後に起こることを、静焔をはじめ、皆が固唾をのんで見守っていた。
最初に発せられた声は、あまりにも無機質で、乾いた声。
【オペレーション1211。
魔力共有システムに重要な問題を検知。
バックアップシステムを起動。
――エラー。再試行。
――エラー。バックアップシステムの起動に失敗。
ゲートの起動不可。
ゲート。クローズ。
魔力保存システムへの移行を開始。
――クリア。殲滅部隊への魔力供給遮断。
――クリア。プロテクトフェーズを終了。
――クリア。外部への魔力供給システムの停止完了】
門から薄桃色の輝きが消えた。
とめどなく白魔軍が排出されてきた門の向こうには、なにもない。
同時に、戦場にいたすべての魔軍が動きを止めていた。
不気味な静寂が、充満していく。
静焔たちは、一所に集まり、展開を見守る。
「――どう、なったんすか。終わり……?」
「いや」
黄鶴の言葉を、静焔は静かに打ち消す。
「――どうやら、もうひと踏ん張り、のようだ」
静焔たちは武器を取り、構える。
赤魔軍3体がゆっくりと動き始めていた。
静焔が対峙した赤魔軍も、門の正面で立ち上がる。
その赤魔軍の頭上から、先ほどの一射によるものであろう門の破片が落ちてきた。
ガンッ、とその破片が赤魔軍に当たる。
激しい戦場の中でもって、非常に些細なその出来事。
しかし、それがもたらした結果は、皆の視線を一点に集中させた。
「――傷が……ついてる?」
雪焔が呟く。
赤魔軍の頭部は、先ほどの破片でわずかに傷がついていた。
ほんの些細な、しかし大きな希望。
全員の体温がわずかに上昇する。
「黄鶴」
静焔は静かに声をかける。
「――どうやら、これが最終決戦のようだ」




