第二十一話 魔蔓延る大森林 大蛇の門
大きく開けた円形の空間。
中央に大きく聳えるのはおよそこの世のものとは思えない奇妙な意匠の門。
上空、地上それぞれに数百規模の魔軍が展開されている。
「雪焔!後ろから6体接近しているぞ」
「――くっ!」
前方にいた3体の魔軍を相手取る雪焔は、それらの後方へと直進することで背後の追撃を避ける。
雪焔は素早く振り向き、目の前に迫る9体すべてを視界に捉えた。
(――見えた。『刃の道』)
自らの動きを止めるために踏ん張った右足を大きく曲げ、さらに速く雪焔は突撃する。
雪焔の背後で9体の我楽多が新たに生み出された。
立て続けに高速の移動を行った雪焔は、素早く左側へ転がることで、自分を狙ってきた魔崩を回避する。
(まったく。息つく暇もない。しかし、この連携された動きは……)
雪焔は、忌々しげに飛行する数百の魔軍を見上げる。
地上の魔軍はいわば鳥籠だ。
そもそも、魔軍に近接戦闘の力はない。
にもかかわらず、彼らは地上では常に自分から向かってくる。
目的は、対象となる者を捕獲すること。
物量で抑え込んだ相手を上空からの魔崩で仕留める魂胆だ。
(まったく!なんて!面倒な!)
上空からの魔崩を間一髪避けながら、雪焔は迫りくる魔軍の集団へと自らも突撃して向かい打つ。
ハァハァハァ……。
木の陰に潜み、霆華は息を整える。
魔軍がとる陣形の狙いを読み取った彼は、上空の魔軍を撃破するために門の広場周辺の森を駆けていた。
「おい、お前。大丈夫っすか?」
霆華の隣で黄鶴が声をかける。
上空を飛ぶ魔軍を射抜く霆華を守るため、黄鶴が地上の魔軍を相手取る。
「あぁ、大丈夫。ちょっと、集中力を使いすぎただけ」
「そう……。でもあんただけが頼りっす。しっかりするっすよ!」
地上の魔軍にかかりっきりの他の5人の生存率を上げるのは、上空の魔軍を倒せる霆華のみだ。
もう何体撃墜したか分からないが、終わりは未だ見えない。
「よし、行ける」
霆華は3本の矢を横向きに番え、目いっぱい引いて放つ。
手近な3体の魔軍を墜落させ、霆華の黄鶴は森の中を駆ける。
静焔と蒼達は波のように迫る魔軍の壁を切り分けながら突き進む。
「静焔!あの門を何とかしねぇと、敵さんが際限なく湧いてきちまう。そうなるとジリ貧だぜ」
「あぁ。分かっている。まずは門の元まで急ぐぞ」
静焔は洗練された足捌きで魔軍の動きを誘導し、一刀で複数体を効率よく無力していく。
一方の蒼達は、静焔が持つ刀よりも刀身が長い、太刀を振り、一体ずつ一太刀で沈めていく。
二人の達人は、ほどなくして門の傍までたどり着いた。
「さて、ここからどうするか……」
「こいつを使ってみよう」
そう言って蒼達が取り出したのは、廃屋で黄鶴が見せた爆弾だ。
「この爆弾で効果があるといいんだが……」
「とりあえず、やってみよう」
そう言って爆弾を門柱のたもとに置き、周りの魔軍を蹴散らしながら距離を取る。
ドォォォン……。
ほどなくして、設置した爆発物は周囲の魔軍を巻き込みながら赤色の光と黒煙を上げた。
しかし、門の損傷は軽微のようで、倒壊せしめるには至らない。
「……ちっ。やっぱり駄目だったか……」
「では、力づくで破壊し――ん?なんだ?」
刀を構え直す両者の目の前で、突如、門全体が薄桃色に発光する。
その門から聞こえてきたのは、無機質で淡々とした声。
【オペレーション1209。
外部からの衝撃を感知。損傷の特定を開始。
――クリア。基本動作における致命的なダメージ無し。
続いて原因の特定を開始。
――クリア。外敵による敵対行動と断定。
――緊急迎撃モードに移行。
――クリア。緊急迎撃モード作動まで、3、2,1
――0】
それから起きたことの仔細を、説明できる者はいない。
淡い薄桃色の光が急激にその輝きを強めた途端、生まれたのは4本の光柱だった。
4本の光柱はまるで大蛇のように四方をのたうち回り、上空を横断する。
その光に飲まれた魔軍は、一瞬で塵と化した。
「――っ!皆、回避行動をとれ!なんでもいい!生き残れぇ!」
力の限り叫ぶ静焔の前に、横薙ぎに大蛇の一撃が襲い掛かる。
馬順は広場の外周を駆ける。
視界に入る魔軍を片っ端から殴り飛ばし、戦闘不能の我楽多を量産していた。
(……やっぱり。勘違いじゃねぇ)
馬順は今なお新たな魔軍を生み出してくる門を注視する。
(あの門の向こうから、故郷の匂いがする……。あの向こうに、俺の……)
故郷に帰りたいと願い、静焔たちの旅に同行した。
ここに至るまで、その目的に揺らぎはなかった。
しかし、目の前に故郷への道が開かれた途端、何かが強く目的の背を引いた。
「……まぁ、これは、あれだな」
馬順は、片手間で魔軍を吹き飛ばしながら独白する。
「こっちの世界も、まぁ、悪くねぇってことだろぉ」
治りかけの右頬の傷を撫でながら、馬順は楽しそうに笑う。
不意に、無機質な声がその鼓膜を震わせた。
その直後に現れた無数の大蛇のような光柱。
「……あの光、俺の魔力と同質?……ヤバいぜぇ、こりゃあ」
不規則にのたうつ光柱が馬順の鼻先を掠める。
続けざまに襲い掛かる光柱を、馬順は思いっきり殴りつけた。
飛ばされたのは、馬順。
圧倒的な質量差を感じながら、馬順の体は7本の大木をへし折り、8本目に深くのめりこんでようやく止まる。
「――なんでぇ。結構、痛ぇじゃねぇ……か」
殴りつけた右手がひどく痙攣している。
拳の先から肩までを、鋼鉄を殴ったような甲高い衝撃が貫いた。
明滅する視界の端に、霆華が駆け寄ってくるのが見える。
「……ふ。テメェに助けられてちゃ、世話ぁねぇ……ぜ……」
霆華が何を言っているのか、その声は届かなかった。
馬順が、倒れた。
霆華が必至に呼びかけるが、完全に気を失っている。
「霆華。ここもあの光が来るかもしれないっす。もう少し奥へ運ぼうっす」
「あ、あぁ。そうだな。黄鶴。手を貸して」
「お安い御用っす」
両脇から馬順を抱え、二人は広場から離れた巨大な岩の後ろに身を隠す。
「この岩なら、少しは持ちこたえてくれそうっす」
「……あの馬順が、こんなあっさり倒れるなんて」
霆華は、ぐったりと横たわる馬順を見下ろす。
「この人、ほんと凄かったっす。魔軍もサクサク倒すし、あの光柱の直撃受けても生きてるっす」
「あぁ。そうだ。馬順は本当に強いんだ。でも――」
蹲る霆華を、黄鶴は無理やり立たせる。
「しっかりするっす。彼がこうなった今、うちらは一人分不利っす。いじけてる暇はないっすよ!」
なおも下を向く霆華を心配に思いながらも、黄鶴は門がある広場の方を向く。
「……あの攻撃が、止んでるっす。私は行くっす。霆華、決心がついたら、ここから出てくるっすよ!」
そう言って駆けていく黄鶴の背中を、霆華は見送った。
「……何やってんだ、俺は」
「……ホント、なぁにやってんだぁ、オメェ」
予想外の声に、霆華は驚いて視線を下へ向ける。
気を失っていた馬順が、呆れたような目で霆華を見上げていた。
「オメェよぉ。今、どんな思いでここにいんだぁ」
ガシッ、と馬順の左手が霆華の胸倉をつかんだ。
「テメェは、俺と2度戦って、そのたび根性見せてきたろぉが。
今のテメェはただの腰抜けだぜぇ。
――俺に同情してんならやめやがれ、気持ちわりぃ。
テメェは弱くはねぇから、さっさとその情けねぇ顔やめやがれぇ!」
ボロボロのはずの馬順に励まされる。
霆華にとってこれは、予想外のことであり、馬順にそうさせた自分の姿勢を呪った。
霆華は胸倉にある馬順の左手をそっと握る。
「……ありがとう」
それ以上の言葉は、ない。
しかし、馬順は小さく微笑む。
いつの間にか、霆華の目には本来の輝きが戻っていた。
「まぁ、立ち直ったなら、ちょっと耳ぃ貸せ」
馬順の言葉に呼応し、霆華はしゃがみ込む。
「オメェらは魔力を感じ取れねぇから気づかねぇかもしれねぇが――」
一拍おいて、馬順はしっかりと、霆華を見る。
「あの門。止められるかもしれねぇぜ。霆華。オメェがいれば、な」
門の周りには、霆華、馬順を除く全員が立っていた。
大蛇のような光は周囲を蹂躙し、広場の面積を外側へ押し広げた。
沈黙して門を見つめる面々の耳へ、再び無機質な声が流れ込む。
【オペレーション1210。
緊急迎撃モード終了。生存状況を確認。
――クリア。生存者6名。迎撃モードによる成果、なし。
即時、システムの有用性について検討。
――クリア。システムに欠陥は見られず。
対敵対者用プログラムを起動。
――クリア。起動完了。
殲滅部隊の戦場投入を実験的に許可。
――ゲート。オープン】




