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第十九話 魔蔓延る大森林 赤き装束の噂

 「生きててよかったぞ。雪焔――!」


 廃屋に落ちる一筋の涙。

 

 静焔はいつまでも、抱きしめるその腕を解こうとしなかった。


 「ち、父上……。なぜ、こちらに――」


 「お前が身一つで魔軍の根城に向かったと聞き、連れ戻しに来たのだ」


 静焔の言葉を聞き、雪焔の顔にあった驚きが焦りへと変わる。


 バッと静焔を突き放し、雪焔は2,3歩後退った。


 「……父上。私はまだ、本懐を遂げてはおりません。ですから、まだ帰るわけにはいかないのです」


 世界から魔軍の脅威を取り除く。

 

 その一心で、雪焔はここまでやってこられた。


 雪焔の脳裏には未だ、隻眼の少女が笑って生きる未来の映像が映る。


 そして、首筋に伝う暖かな感覚もまた、鮮明に思い出せる。

 

 「たとえ、父上が大軍団長の立場でご命令されても、私は――」


 まっすぐに、静焔を見据える雪焔の顔には覚悟の表情が浮かぶ。


 遅れて廃屋に入ってきた霆華、馬順もまた、雪焔の迫力にただ成り行きを見守ることを選ばされた。

 

 「あー。そのことなんだがな、雪焔」


 何か言いにくそうに右手で頭を掻きながら、静焔が続ける。


 「実は……我々も魔軍の根城を討伐することに決めたのだ」

 

 雪焔の表情がまた驚きで塗り替わる。

 

 真偽の確かめるように、雪焔は入り口に立つ霆華へ目をやった。


 霆華が、肯定の意を込めてゆっくりと頷く。


 「なんでぇ。こいつが例のお人好し娘かぁ」


 「馬順。今は少し静かに――」


 「――本当に」


 好奇の声を上げる馬順を諫めようとした霆華の言葉に雪焔の震える声が重なる。


 「本当に、父上たちも一緒に戦ってくれるのですか」


 「ああ。今まで孤軍奮闘。大変だったろうが、もう大丈夫だ」


 そう言って、静焔は雪焔の肩に軽く手を乗せる。


 「ここには、霆華をいる。めっぽう強い馬順も、お主と同じ志をもち戦い続けた蒼達もいる」


 全員の目が、雪焔に注がれる。


 雪焔を中心に、扇が開かれていく。


 ――今、ようやく役者が揃ったのだ。


 「共に参ろう。雪焔」


 「父上――!」


 雪焔は、いつの間にか大粒の涙を流していた。


 ゴシゴシと、目元を乱暴に拭き、バツが悪そうに雪焔は背を向ける。


 「――いくら娘といえども、年頃の女性に触れるのは、規律としていけないことだと思いますが?」


 「さんざん、規律を破っているお主にだけは言われたくない……」


 相変わらず照れ隠しが下手だ、と後ろで見ている霆華は口元を隠して笑う。


 不器用ながらも娘を思い、その言動に一喜一憂する父・静焔。


 情に篤く、猪突猛進に人助けを行う娘・雪焔。


 霆華がまた見たいと思っていた、似た者同士の親子と掛け合いが今は目の前に広がっている。


 「さて!」


 未だにギクシャクとした会話をする静焔、雪焔の代わりに、霆華が声を上げる。


 「それじゃあ、そろそろ、根城攻略の作戦会議をしましょう!」


 努めて、明るく。


 ここからは、未来を創るための戦いだ、と霆華は自分に言い聞かせる。


 廃屋にある椅子や机などは、無残にもバラバラになっている。


 よく見れば、壁面には不規則に黒いシミがつき、虐殺の爪痕が色濃く残る。


 その場にいる者たちは各々、他の者が見える位置に適当にお腰を下ろした。


 「――では、これから根城討伐に向けた軍議を行うが……」


 場を仕切る静焔の目が、ある一点に注がれている。


 薄黄色の装束を纏い、腰に2本の小太刀を下げる少女。


 年齢は雪焔と同じ15か、それより少々幼い位の顔立ちだ。


 「蒼達殿。彼女は何者か、ご存じか」


 「もちろん、知っているぜ。それより、静焔の旦那。ここはもう、御大層なお屋敷じゃねぇんだ。もっと気抜いて話そうや」


 静焔は拠点を出立した時の会話を思い出す。


 「ああ、すまない。つい、癖で……な。して、その少女は?」


 「こいつは、黄鶴っつって、俺たちの仲間だ。しかし、こいつしかいねぇってことは……」


 チラリ、と蒼達は黄鶴と呼んだ少女に目を向ける。


 悲しみに暮れた表情を携えながら、黄鶴は口を開く。


 「お初にお目にかかるっす。私以外の仲間は……。多分、もうダメっす……」


 膝に乗せられた黄鶴の両手が固く握られる。


 ガバッと、黄鶴は蒼達に向かって額を地面に激突させながら深く頭を下げた。


 「蒼達様!私は、皆の死に添わずこうして命を拾ってしまいました。次の戦。わが命に代えても勝利を引き寄せると、お約束いたします!」


 悲痛の叫びが、廃屋全体に響く。


 蒼達が黄鶴の元まで近寄り、そっとその肩に触れる。


 「何を言っている。命に代える、など気安く言うんじゃない。――拾った命、長く忠義に尽くせ」


 黄鶴は顔を上げ、額から流れるものを気にも留めない。


 頬を伝う涙の感覚の方が、何よりも暖かく印象的だった。


 「さて、我々のことで時間を取らせてすまなかった。静焔。この通り、黄鶴は危険ではない。安心してくれ」


 「分かった。共に参ろう。さて、まずは魔軍の根城についての情報が欲しい。蒼達。説明、願えるか」


 話を振られた蒼達は、小さく頷き、手近な3本の木材を手元に寄せる。


 「まず、魔軍の根城についてだが……」


 蒼達は3本の木材をおもむろに組み始めた。


 2本を立て、その間を橋渡しするように1本を横に重ねて置く。


 まるで、出来損ないの鳥居のようだと、霆華は感想を抱く。


 「――奴らの根城は建物じゃねぇ。“門”だ」


 「門?んなもん、どぉやって拠点にできんだよぉ。そんなとこに、何百体も入れるわけねぇだろうが」


 根城を見たことがない者たちの疑問を、荒々しく馬順が代弁した。


 無理もない、という表情で、蒼達と黄鶴は顔を見合わせる。


 「雪焔は、見たことがないのか」


 「私は、まだ心臓部にはたどり着いておらず……。しかし、この方たちの言葉は信頼できると思います」


 静焔は天井を見上げ、少し思案したのち、蒼達に先を促した。


 「この“門”の詳細な情報はありません。奴らは、門の中へ入っていき、出てくるのです」


 どういうことだ、と霆華と馬順は顔を見合わせる。


 「話の腰を折ってしまうのですが、門に入る、とはどういうことでしょう。くぐるのではなく?」


 冷静な雪焔の指摘に、しかし蒼達は想定内と言うように淡々と返す。


 「どうやら、門を挟んで向こう側は別の空間になっているようでな。門に入っても、反対側から出てこないんだよ」


 「だから、私たちは一計を案じたっす」


 蒼達の言を引き継ぐように、黄鶴が声を上げる。


 「この門を破壊すれば、魔軍は出てこられない。常に見張りで立っている奴らは10体ほど。私たちならいけるって、そう思ったっす」


 ゴトッと、黄鶴は掌大の古臭い手投げ式爆弾を自身の前に置く。


 「これを私たちで一斉に投げつければ、あの門は崩れる。そう、思ったっす……。でも――」


 「仕掛ける前に感づかれて、散り散りになって逃げた、ということです」


 蒼達と黄鶴の説明はひと段落したが、多くの疑問をこの場にいる者に抱かせた。


 得体のしれない魔軍の技術。


 その正体を知る術がない今、魔軍という存在が空間の中で肥大化していく。

 

 「なぁ、ちょっといいかぁ」


 重くなる空気の中、どことなく緊張感を削ぐいつもの口調で、馬順が声を上げる。


 「そもそも、お前らって強ぇのか。魔軍10体くらい、俺一人でもやれるぜ」


 「あの時は――!」


 馬順の言葉に黄鶴が反射的に声を荒げた。


 命を懸け、そして命を落とした仲間たち。


 彼らを『弱かったから死んだ』などと言ってほしくはなかった。


 「あの時は――感づかれた途端にワラワラと蟻のように、魔軍が門から出てきたっす。私たちにとって爆弾は貴重。無理な戦闘で失わないために、撤退したっす」


 「つってもよぉ、やっぱり壊滅っつーのは疑問だよなぁ。おっさん、本当にこいつら、連れてくのかぁ」


 静焔は静かに蒼達と黄鶴を見る。


 (――ここで反論できないのなら、置いていくしかないか……)


 静焔は同行の判断を、彼らの姿勢へゆだねることにした。


 「――私が悪いっす。殿を務めた私が、早々に敗北し、みんなが逃げる時間を十分に稼げなかったっす……。だから――」


 黄鶴は全員を見回して懇願する。


 「私はおいて行っても構いませんから、蒼達様は連れて行ってください」


 「そんじゃ、蒼達は連れてって、黄色のおめぇは留守番っつーことでぇ」


 「待て」


 馬順が早々に結論を出そうとしたところを、静焔が止める。


 「黄鶴。俺の質問にも答えてくれ。――なぜ、殿のお前が生きているんだ?」


 静焔の問いかけに、霆華と雪焔も呼応する。


 殿は、部隊で最初に死ぬ役割である。


 殿だけが生き残るには、何らかの罠が仕掛けられた可能性が高かった。


 武に長けた3名と、蒼達までもが黄鶴の答えを静かに待っている。


 「……分からないっす。突然、凄まじい魔崩が飛んできて、必死に防いでもそのまま吹き飛ばされたっす……」


 静焔、霆華、雪焔は顔を見合わせる。

 

 幾度となく戦場で魔軍と矛を交えた彼らでさえも、人ひとりを吹き飛ばすほどの威力の魔崩は見たことがなかった。


 「相手は、いつもと同じ白装束の者たちだったのかしら」


 「いや、白ではなかったっす」


 自信を持って、黄鶴は雪焔の質問に応える。


 「私を攻撃してきたのは、――赤い装束の魔軍でした」


 「赤い装束だと!?」


 黄鶴の証言にいち早く反応したのは、蒼達だった。


 浅鶯色の衣に開けられた真円。


 その向こうに見える深紅の鎧。


 今までに何度も回想されてきた光景が、蒼達の脳裏に広がる。


 「蒼達。赤い魔軍に何か覚えが?」


 「覚えなんてもんじゃねぇ……」


 ギリギリ、と奥歯を噛み鳴らしながら、蒼達は絞り出すように告げる。


 「その魔軍は、我らの主君を死に追いやった。仇討の対象だ」


 ガンッ、と蒼達は腐りかけた床板に拳を叩きつける。


 それでも、蒼達の双肩はワナワナと小刻みに震えていた。


 「――ところで、馬順」


 静焔は唐突に馬順へ問いかける。


 「黄鶴のおかげで、敵主力の情報が手に入った。白い装束の者たちより数段格上の魔崩を操る、赤い装束の魔軍だ」


 静焔は悪戯っぽく笑い、馬順はめんどくさそうに落ち着きなく聞いている。


 「彼女の情報は、我々の全面可能性を大きく下げるものだ。どうだろう、黄鶴の参加は本人の自由意志で、というのは」


 「ふん。好きにぃしやがれ」


 ぶっきらぼうな馬順の肯定を聞き、静焔は改めて黄鶴へと向き直る。

 

 「そういうわけだけれど、黄鶴はどうしたい」

 

 「私は――」


 ――すでに心は決まっている。

 ――蒼達様に、そして今は亡き主君の忠義に応えるのは、今。

 ――何を、迷うことがあるだろうか。


 「私は、皆さんと同じく戦いに行くっす。決して足手まといにはならないっす。どうか、連れってって下さい」

 

 異を唱える者は、誰もいない。


 軍議がお開きになった後、静焔は魔軍の根城がある方向を睨みつける。


 「静焔殿」


 不意に話しかけられ、静焔は振り返る。


 蒼達が、木製の碗一杯の水を持って隣までやってきた。


 「静焔殿。すまなかった。本日向かう予定だったものを、明日に順延してもらい……」


 「気にするな。そっちは黄鶴、こっちは雪焔が満身創痍の状態だった。気丈に振る舞ってはいたがな。貴重な戦力。万全の状態で決戦の日を迎えたい」


 「これが酒だったら、最高なんだが……水で我慢してくれ」


 「俺は下戸だ。酒は飲めん」


 二人は碗で軽く乾杯をし、ゆっくりと飲み干す。


 「明日、俺は主君の仇を必ずとるぜ」


 「あぁ。俺も、無事に雪焔を屋敷に連れ戻さないかん」

 

 夕焼けに染まる空を横顔に受けながら、静焔と蒼達向かい合う。

 

 「明日を、魔軍最後の日にしてやろう!」


 静焔の檄に、蒼達は大きく頷いた。

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