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第十八話 魔蔓延る大森林 再会

  朝靄の涼がわずかに残る眠気を完全に拭い落としていく。


 夜明けとともに起床した静焔らは、早々に出陣の準備を整える。


 彼らが目指すのは北西にある魔軍の根城。


 一夜を明かした大木の洞に作られた拠点の前に4人がそろう。


 「よし。これより、魔軍の根城を叩くべく出陣する。が、その前に2つ、お願いがあるのだ」


 神妙な面持ちの蒼達に、静焔、霆華、馬順の視線が集まる。

 

 誰もが口を開かず、続く蒼達の言を待った。

 

 「1つは、この刀。“龍刃丸”を静焔、そなたに預けたい」


 「ん?なぜ私なのだ。それはそなたの大切なものとお見受けするが……」


 蒼達からの予想外の申し出に、静焔は困惑を隠しきれない様子で尋ねる。


 「私は――」


 蒼達の目から一瞬、光が消えた。

 

 悔恨の念がわずかに滲む。

 

 「私は、この刀を持つに本来ふさわしい人間ではない。しかし、静焔殿の腕と、この若者らの信頼を得る人徳。私はそなたにこそ、主の刀を振るってほしい」


 一息に、まるで何かを振り切ろうとするかのように蒼達は一息で告げた。


 そうして、静焔の前に“龍刃丸”を差し出す。


 見事な意匠だ、と間近で見ていた霆華は息をのむ。


 黒鞘は見事に磨かれ、その光沢が淡い青の光を放つ。

 

 柄に鍔にあしらわれた巻きつく龍の眼光は鋭く、生を感じさせる躍動を感じる。

 

 静焔は持ち手に手をかけ、蒼達の手にある鞘からゆっくりと刀身を引いた。

 

 見事な流紋が朝の陽光を乱反射させる。

 

 単に鋭さのみを湛えているのではない。

 

 美しさをも携えたその刀身からは威圧にも似た無言の冷たさが感じられた。


 「おいおい。こりゃあ、マジですげぇ刀じゃねぇか!もらっとけよ静焔。絶対お得だぜぇ」

 

 珍しく武器に興味を示した様子で馬順が静焔を急かす。

 

 しかし静焔はその言を無視し、鞘へ刀身を戻すと、蒼達に告げた。

 

 「――見事なものだ。しかし、蒼達。やはりこれはお主が持っておけ」


 この返答を覚悟していたのか、蒼達から抗議の声は上がらない。


 しかし、その眼光は静焔の言葉への拒絶を、雄弁に語る。

 

 「どうしても、申し出を受けてはいただけませんか」


 「あぁ。この刀は主を待っている。そしてそれは、私ではない……」


 そう言って静焔は、先ほど刀を引き抜いた手を持ち上げた。


 親指の外側に、真新しい小さな切り傷が数本ついている。


 「“龍刃丸”を抜く際、僅かだが柄に触れた。この傷は事故ではない。刀が生き、私を拒絶したのだ」


 霆華は静焔の手と“龍刃丸”を交互に見る。


 刀が生きている、とは信じていない。


 しかし、鞘から抜くだけで小さいながらも傷を負うということを、静焔がやらかすこともない。


 非常に低い可能性が重なったがために起こる現象。


 それが起こること自体が、何者かの意思を感じさせるものであった。


 「――わかりました。刀のことは一度諦めましょう。して、2つ目のお願いなのだが……」


 3人は再び蒼達へ向き直る。

 

 蒼達の話に、静焔が呼応するようにして会話が進んでいく。

 

 「ここから北へ向かった先にある廃屋へ、寄りたい。仲間とはぐれた際に示し合わせている場所なのだ」


 「それくらいなら、構わない。示し合わせた場所は、そこだけなのか」


 「いや。複数あるが、他のところはここよりもっと大森林の外側だ。――しかし、そこに向かおうとしてもたどり着けないだろう」


 蒼達は苦々しく説明する。


 深手を負ったまま散り散りになった仲間。

 

 再会の最後の希望がある廃屋へ向かおうというのが、蒼達の願いだった。


 「分かった」


 静焔は間を置かずに返す。


 「ここから先の行動は、常に魔軍の脅威にさらされている。共に行動しよう。お主の仲間も戦力になってくれれば心強い」


 「静焔殿……。ありがとうございます」


 蒼達は深々と頭を下げる。


 静焔は蒼達の肩を叩き、頭を上げるよう促した。


 「ところで、お主……。私も1つお願いがあるのだが……」


 言いにくそうに、歯切れ悪く静焔が切りだす。


 「もう、我々は同じ隊の仲間なのだし……。余所行きのこの話し方はしなくてもよいだろうか……」


 ポカンーー。


 その場にる全員の思考が、止まる。

 

 か、構いませんが……、と蒼達から返事をもらい、肩の荷が下りたとばかりに伸びをする嬉しそうな静焔。


 「……肩書持つと大変なんだなぁ」

 

 「つか、あれはもはやおっさんの性分だろぉ、ここまでくると……。」

 

 後方から、霆華と馬順は、静焔らに気づかれないくらい小さく、呟いた。


 「――あそこだ」


 蒼達が突き出した指の先。


 鬱蒼と茂る常緑の木々に隠れるように、母屋だけを残した屋敷の残骸が見えた。


 「こんなところに、屋敷……ですか」


 霆華が湧き出した疑問を静かに口にする。


 「俺も初めて見たときは驚いたが、どうやら魔軍が攻めてくる前、この辺は高い位の奴らの別荘に使われてたらしい」


 「でも、随分と破壊されてる……。魔軍は人以外への攻撃はしないのに」


 「建物の中に人が逃げ込めば、撃ってくるだろ。結構な数の人骨が転がってたぜ」


 大戦の最初期。世界人口を1割にまで沈めた大虐殺の残骸を目の当たりにし、霆華の胸が重くなる。


 「まぁ、行くしかねぇじゃんか。あれが残ってるおかげで、お仲間が助かってるかも知んねぇんだろ?」


 そう言って馬順は、霆華の数歩先をズンズンと歩いて行く。


 間もなくして、後方を歩く馬順と霆華は、屋敷の入り口に立つ静焔と蒼達の姿を認めた。


 (自分たちを待っていた……?それにしては、様子が――)


 霆華は二人の後姿を見て違和感を覚える。


 まるで、雷にでも打たれたかのように、直立不動の姿勢で佇んでいた。


 バン!


 不意に静焔と蒼達が思いっきり扉を開ける。


 二人が何をしていたのか、その一端が霆華の耳にも届いた。


 「くそ!離してくれっ!私は……、蒼達様と共に戦わなければ……!」


 「おとなしく寝ていてください!治りかけでも傷が開いたら元も子も……!」


 会話だ。


 女性二人の会話が屋敷の中から聞こえる。


 「へぇ、ちゃんと誰かいたみたいじゃんか。にぃしても、おっさんまであんな慌てることあるかぁ?」


 霆華の隣で馬順がいつもの軽口を叩くが、霆華の耳には入らない。


 彼の意識は、先ほど聞こえてきた懐かしい音に注がれていた。


 ――守れなかった自責が、こんなところまで引っ張ってきたのだろう。

 

 ――誰にも頼らず、一人で進むことを決めたことを、叱らないといけない。

 

 ――軍規を乱すな、と。命令には従え、と。ちゃんと伝えないといけない。


 開け放たれた扉の先。


 目に飛び込んできた者を、静焔はひしと抱きしめる。


 「生きてて――」


 思いのほか、長い長い旅路になった。

 

 思いがけない人と、感情とに出会ってきた。


 「生きててよかったぞ。雪焔――!」


 この腕の中にある温もりを、決して忘れない。


 雪焔を抱きしめる静焔の目から雫が一筋、頬を伝い落ちた。

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