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第十四話 前線砦にて 大森林への備え

石造りの一室を数本の蠟燭が淡く照らす。

 

 物的資源が乏しくなりがちな前線では、こういったところで節約が必要なのだろうと、静焔は部隊の財政状況に頭を抱えたくなる。

 

 「それで、静焔様。お話というのは……」

 

 四角い卓を挟んで向かい側に座るのはこの砦の長を任されている男、宋健。

 

 この部屋には彼の他にも、運営・管理を担っている者が数名詰めている。


 窓がないことで、ただでさえ密度が高い空間が輪をかけて息苦しさを感じさせる。

 

 「いや、なに――」

 

 静焔は少し言い淀む。果たしてこのまま言ってしまってよいものか……。

 

 懸念を拭えぬまま、しかし代替案も思いつかない静焔は当初の予定通り言を発する。

 

 「明日……になるとおもうが、霆華が目を覚まし次第、娘――雪焔を探しに大森林へ出立する」

 

 「本っっっ当に!申し訳ございませんでした!!静焔様!!!この宋健、この砦を任されて以来――」

 

 急に号泣しながら卓に頭を押し当てて叫び始めた宋健を静焔は片手で耳を覆いながら制する。

 

 (この話を出すとこうだもんなぁ。でもなぁ……情報も仕入れとかないといかんしなぁ……)

 

 はぁ、と深いため息をつきながら、静焔は周りに控える者たちを見遣る。

 

 座っている者、立っている者まちまちだが、階級というより各々が楽な方を選んでいるようだった。

 

 「あー。宋健。それについてはよいと言ったはずだぞ。それより、次の手をどう打つのかが肝要だ。


 次の手とは、私たちが大森林へ赴き、雪焔を連れ戻すということだ。……分かるな?」

 

 ズビスビ……と小刻みに鼻をすすりながら宋健は顔を上げ、小さく頷く。それに呼応するように周りの者たちも次々に頷いた。

 

 「そうかそうか!それならいくつか大森林について教えてくれ。ここ数日の魔軍の動向。雪焔の手がかり。その他何か気になる変化や予兆。そういった類の情報、何でもよい」

 

 何とか会話ができる状況になった好機を逃さないように、静焔は矢継ぎ早に質問を投げかける。

 

 「えーと。まずは、魔軍の動向ですね。これについては目立った動きはありません。


 しかし、森の奥へ向かったはずの使いの者は戻ってきませんでした……。確実に奴らは“いる”でしょうな」

 

 ふむ、と静焔は顎を撫でながら宋健の報告に耳を傾ける。

 

 (使いが戻らない……。つまり、捕らえられたか、殺されたか……。しかし――)

 

 「その、使いの者たちはそれなりの手練れではなかったのか」

 

 宋健や豪角ほどではなくとも、魔軍数体に全滅させられることはめったにない。

 

 仮に全滅したのなら、それなりの規模の魔軍との戦闘、気が付くはずなのだ。

 

 「失礼。横からよろしいでしょうか」

 

 問いかけながら、なおも腑に落ちない態度の静焔に、苦い顔をした長身の男が声をかける。

 

 静焔がチラリと宋健に目配せをすると、宋健は大仰に頷き長身の男に先を促した。

 

 「ありがとうございます。さて、先の静焔様の問い。偵察班を指揮している私は自信をもって、送り込んだ者たちは一級の戦士だったと申し上げます」

 

 男の言を聞き、静焔は咄嗟に前のめりになり、頭を抱える。

 

 (なるほど、あの表情は部下の実力を侮られたと思われたか……)

 

 「いや、すまなかった。別にここの戦士たちの力量や君たちの采配を疑ったわけではないんだ。気を悪くさせてしまったな」

 

 慌てて謝意を述べる静焔に、男は頭を下げて応える。

 

 「そ、それで、飛陽よ。偵察班からは何か報告はないのか?」

 

 大軍団長に頭を下げさせる、という事態にあたふたした様子で、宋健は強引に話題をつなげる。

 

 飛陽と呼ばれたその男は、またもや難しい顔をして答える。

 

 「はい。実は、少々気になることが。森の浅いところを偵察した者たちが妙な物を……」

 

 ちら、と、飛陽は自分の向かい側、静焔の斜め前に腰を下ろす初老の男に視線を向ける。

 

 「なんじゃ、若造。ワシに遠慮せんでよいぞ。必要なことはもう伝えとる」

 

 「しかし、太仁殿の考察を、私がお話しするというのも……」

 

 ふん。と鼻を鳴らし、太仁は体を捻り、静焔と向かい合う。

 

 「お久しぶりですな、静焔様」

 

 「ああ。太仁も息災で何よりだ。ここしばらく、前線に張り付かせて申し訳ないな」

 

 「いえいえ。ここの監察班が、ワシには性にあっとるようです。どうぞ、お気になさらず」

 

 穏やかに会話をひとしきり交わしたのち、静焔は声の調子を変えて尋ねる。

 

 「して、観察班としてお前は、何を見つけたのだ?」

 

 飛陽が報告を場を太仁に預けた。


 これは“常識では説明できない”類の話だからに他ならない。

 

 そして、そういう話は往々にして魔軍関連のものと相場が決まっている。

 

 引いては、雪焔につながる手がかりかもしれないと、静焔は前のめりに太仁の言を待つ。

 

 「知っての通り、ワシが監督する観察班は、森や戦場から回収された物品を見ているわけじゃが……」

 

 太仁はおもむろに布に包まれた何かを卓の上に置いた。

 

 ゆっくりと、何層にも重ねられた布が剥かれていく。

 

 「ワシも長く生きとるが――こんなものは初めて見たぞい」

 

 そうして静焔の目の前に現れたのは、瑠璃色に輝く菱形の物体だった。

 

 「これは……宝石、か?」

 

 「わかりませぬ。しかし、この品。雪焔殿の動向に深く関わっているやも……」

 

 「お、おい!太仁!その話は……」

 

 静焔と宝石を挟んで話す太仁の言に宋健が割り込む。

 

 「宋健殿。静焔様は覚悟と矜持をもって屋敷を飛び出し、ここまでおいでになったと聞き及んでおる。それならば、全てをお伝えするのが最良というものではないかね?」

 

 穏やかだが、有無を言わせぬ迫力を言外に込めながら、太仁は宋健に向けて問いかける。

 

 「しかし、それはあまりに……」

 

 「宋健――」

 

 なおも太仁に食い下がろうとする宋健に向かい、静焔は語る。

 

 「宋健。私はここに来るまでに豪角と矛を交え、少なくない己の血を流してきた。それは己自身の矜持のためだ。肩書でここにいるのではない。


 雪焔を連れ戻すことが、今の私の生そのものなのだ。どうか、協力してくれ」

 

 まっすぐな視線でそう語る静焔を見て、宋健は諦めたように、そして決意をするように首を横に振った。

 

 「わかりました、静焔様。太仁。ここから先の説明は私がしよう」

 

 どうぞ、と言うように太仁は小さな包みを宋健に預ける。

 

 その包みは、先ほど瑠璃色の物体を包んでいたものよりもずっと上等なものだ。

 

 「実は一つだけ、雪焔様の手がかりが見つかっております」

 

 ピクリと、宋健の言を聞き、静焔の眉が動く。

 

 雪焔の手がかり……。

 

 それは今この場で最も重要なものだ。

 

 静焔は目の前でゆっくりと開かれていく上質な布を凝視する。

 

 最後の一枚になった時、不意に宋健は手を止め、大きく息を吹き出す。

 

 「それでは、ご覧ください――」

 

 そう言って捲られた布の奥。


 ――血にまみれた雪焔の着物の切れ端が現れた。


 ドクンッと、大槌で胸を打たれたような感覚を静焔は受ける。

 

 あるいは雷が全身を駆け巡った感覚か……。

 

 上気する顔面の熱を感じながら、努めて冷静に静焔は宋健に尋ねる。

 

 「これは、この血は……本物か」

 

 「少なくとも、獣のものではないようです。獣毛が付着しておりませんし、野生動物の生臭さもありません」

 

 そうか、と、静焔は背もたれに体を預け、天井を仰ぐ。

 

 (娘は――雪焔はケガをしているのか。それとももっと深い……)

 

 思考が急速に最悪へと引きずり込まれていく。

 

 一人で魔軍の根城に向かったのだ。


 可能性を考えなかったわけではない。

 

 しかし、目の前に突き出された時の動揺は、静焔本人にとっても予想外に大きかった。

 

 「宋健。それに太仁。……雪焔は生きていると思うか?」

 

 強引に前へ向き直った静焔は目の前の二人の男を鋭く見つめる。

 

 静焔が見るのは彼らの“相”だ。

 

 彼らは嘘をついてでも自分を鼓舞するようなことを言うかもしれない。

 

 しかし、無意識の反応は抑えきれない。目や筋肉の動きは、時に雄弁に信じるを語る。

 

 真実を見ようと目を離すことなく、静焔は回答を待つ。

 

 時を置かずして、その回答が返ってくる。

 

 「もちろん、生きておりますぞ」

 

 「静焔様。雪焔様は生きているはずです」

 

 ――二人の“相”は、その言葉が真実と告げていた。


 「静焔様。よく御覧なさいな。この血の付き方。方向がバラバラじゃろ?これは切り傷に何度も布を当てがった証拠じゃ。つまりな――」

 

 太仁はニヤリと悪戯っぽく笑う。

 

 「この傷の持ち主は体に無数の切り傷はついていたとしても、一つ一つは致命傷になっとらん」

 

 その言葉に、静焔は全身の力が抜き取られた。

 

 糸が切れた人形のようにギシッと深く座り込む。

 

 「そうか……。よかった。希望が持てたよ。恩に切るぞ、太仁」

 

 何のこれしき、と太仁は恭しく頭を下げる。

 

 それを見て、静焔は続けざまに宋健をみた。

 

 「それで、お主が生きていると断じる根拠はなんだ?」

 

 そう問いかける静焔の目を真正面から受け止め、宋健は自信たっぷりに言い放つ。

 

 「はい!私は雪焔様が生きている。そう信じて疑っていないからです!!」

 

 ズルッと、椅子から滑り落ちそうになるのを静焔は間一髪堪えた。

 

 「そ、そうか……。何か、根拠とかはない……のか」

 

 「そんなもの、必要ござらん!きっと生きておられますよ、静焔様。それなのにこの老いぼれ。こんなものを見せてわざわざ静焔様を動揺させるとは……」

 

 まぁ、こんな男だったか、と静焔は老いぼれ呼ばわりした大先輩に叱られる防衛隊長を眺めていた。

 

 (雪焔……もう少しで迎えに行ける。無茶せず、待っていてくれ……)

 

 「そ、それはそうと、静焔様」

 

 いつの間にか近くにいた飛陽に声をかけられ、静焔は振り返る。

 

 「もう一つ、お耳に入れておきたいことが。最近、大森林の奥から得体のしれない音が2度聞こえてきました」

 

 「ん?それは、獣の咆哮などではないのか」

 

 静焔の疑問を飛陽は首を振って否定する。

 

 「今まで聞いたどの獣とも一致しないのです。生き物特有の息遣いも感じられません。強大な力の塊が一気に放出されたような……そんな圧すら感じさせました」

 

 大森林の奥で響いた音がこの砦まで届く。

 

 巨大な建造物が倒壊するなどでもない限り、そんなことは起こらない。

 

 (謎の宝石と、血染めの布切れ。そして巨大な音……)


 目の前に提示された情報は、どれも得体のしれない謎として、静焔の胸にこびりついた。

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