第3話 勇者との共闘、そして確信
黒鉄平原に、戦の音が満ちていた。
金属がぶつかる轟音、魔法の光、絶叫と怒号。
土煙の中、俺――リオンは、仲間たちの背に〈加護〉を重ね続けていた。
「ミナ、左側から来る! ガイル、踏み込みは三歩前で止めろ!」
「了解!」
「任せろッ!」
魔物の群れが押し寄せるたび、俺の光が味方を包み、傷を癒やす。
その効果は異常だった。
兵士たちは皆、信じられないほどの速度で動き、倒れてもすぐに立ち上がる。
「なんだ、これ……!」
「体が、勝手に反応して……!」
「痛くねぇ!? 傷が塞がってる!」
俺のスキルは、戦場全体を変えていた。
“支援”のはずが、“戦況支配”になっていたのだ。
だが、その異変に最初に気づいたのは勇者レオだった。
彼は剣を振り抜き、炎を纏う魔将を一閃して振り返る。
「……リオン。今の、貴様の仕業か?」
「そうだ」
「ありえん。範囲支援でここまでの効果が出るはずがない」
彼の額に汗が滲む。かつて俺を“無能職”と切り捨てたその口から、
初めて動揺の色が見えた。
「レオ。俺は――この力で仲間を守る」
「……口だけならいくらでも言える」
レオは剣を構えた。
その刃の先、黒い影が立ち上がる。
魔王軍の上級将――〈死翼のグラウス〉。
翼を広げ、漆黒の瘴気を吐く異形の魔族だった。
「勇者……また人間どもが群れているのか」
グラウスの声が空を震わせる。
兵士たちの中に怯えが走った。
「ひ、引けぇぇぇ!!」
誰かが叫んだ瞬間、瘴気が爆ぜ、前線が崩れた。
レオが即座に前へ飛び出す。
「皆、下がれ! ここは俺が――」
「待て、レオ!」
俺は叫んだ。
「単独じゃ死ぬぞ!」
「貴様に指図される筋合いは――」
言い終わるより早く、瘴気の槍が放たれた。
それを弾いたのは、俺の〈守護結界〉だ。
「なっ……」
レオの瞳に驚きが走る。
「もう昔とは違う。俺は、支援職のまま戦う」
瘴気が再び渦を巻き、空気が重くなる。
俺はミナとガイルに目配せをした。
「二人は後衛を守れ。ここは……俺と勇者でやる」
「えっ、でも!」
「行け。お前たちの後ろにいる兵士を死なせるな」
ミナは唇を噛み、頷いた。
「わかった。絶対に戻ってきてよ」
* * *
レオの剣と、グラウスの爪がぶつかる。
衝撃で地面が抉れた。
「くっ……!」
レオが押される。
俺は両手を掲げ、詠唱する。
「〈祝福・戦神の加護〉――対象、勇者レオ!」
白光が彼を包み、剣が金色に輝いた。
レオは一瞬、息を呑む。
「……この力、まさか……!」
「戦え、レオ。俺が支える」
「言われずとも!」
剣が唸り、空気を裂いた。
グラウスの翼が焼け焦げ、瘴気が霧散する。
だが、敵の反撃は容赦がない。
地を這う黒い刃が足元を走り、俺の脚を裂いた。
「っ――!」
血が溢れる。しかし、倒れている暇はない。
「〈癒光・自己発動〉」
光が脚を包み、裂傷が瞬時に閉じた。
“回復速度:人間の常識外”――自分でも笑えてくる。
グラウスが咆哮する。
「人間ごときが、我を上回るかぁぁ!」
その翼が膨張し、瘴気が爆発した。
周囲の兵士が吹き飛ばされる。
――その時、俺の中で、何かが切り替わった。
頭の奥が熱くなり、視界に奇妙な文字が浮かぶ。
〈スキル適性上限を確認〉
〈特性“支援倍率×10”発動中〉
〈条件一致――支援領域拡張、開放〉
「な、なんだこれ……?」
体の奥から、光が溢れた。
手のひらが勝手に動き、詠唱を口にしていた。
「〈全体加護・拡張展開〉」
空気が震えた。
戦場全体が、まるで昼のように明るくなる。
兵士たちが次々と立ち上がり、勇者の剣が輝きを増す。
誰もが、戦えるようになった。
“支援”が、“世界全体への加護”に進化していた。
グラウスの攻撃が通じない。瘴気が触れた瞬間、光に焼かれて霧散する。
レオが叫んだ。
「リオン! 今だ、合わせるぞ!」
「ああ!」
二人の声が重なり、剣と光が一線を描いた。
「〈聖断――終の閃光〉!」
巨大な閃光が天を貫き、黒翼を引き裂く。
グラウスの叫びが消えるまで、ほんの一瞬だった。
爆風が過ぎ、静寂が訪れる。
平原に、光の雨が降り注いでいた。
勇者レオが剣を突き立て、膝をつく。
「……信じられん」
俺は息を整えながら答えた。
「信じなくてもいい。けど――これが俺の“支援”だ」
レオは苦笑した。
「昔のお前なら、俺の背中しか見ていなかった」
「今は?」
「並んで、戦っていた」
その言葉に、胸が熱くなる。
――ようやく、追いつけたんだ。
* * *
戦いが終わると、戦場は歓声で満たされた。
兵士たちが俺の名前を呼び、ミナとガイルが駆け寄ってくる。
「リオンっ! すごかった! 本当に世界が光ってた!」
「お前、どこの神だよ! もう“支援職”じゃねぇぞ!」
「はは……俺にもわからないよ」
笑いながら、地面に座り込む。
全身が重い。でも、心は軽かった。
その時、勇者レオが近づいてきた。
彼は静かに手を差し出す。
「……悪かった。お前を“無能”と呼んだことを、謝る」
「……もういいさ。あのときの俺も、何もわかってなかった」
握手を交わす。
レオの掌は、戦場の熱でまだ温かい。
「これからどうする?」
「さぁな。多分、しばらくはこのまま旅を続けるよ。
支援があれば、誰かが生き残れる。……それが俺の戦い方だ」
レオは頷いた。
「なら、その力、失うなよ。世界には、まだ救えぬ者が多い」
「わかってる」
彼が去ったあと、ミナが肩をつついた。
「ねぇ、リオン。正直に言ってさ――今、どんな気分?」
俺は少し考えてから答えた。
「“報われた”って言葉が近いかな。でも、同時にまだ足りない」
「まだ、って?」
「俺の支援が本当に“誰かを幸せにする力”だと証明するには、
戦うだけじゃなく……守る世界を作らないと」
ミナがふっと笑う。
「リオンらしいね」
ガイルが両腕を組み、にやりと笑った。
「なら、俺たちの次の依頼は決まりだな」
「次?」
「“世界を守る支援職”だ。タイトルにしろよ、ウケるぞ」
「やめろって!」
三人の笑い声が、風に溶けていった。
空はすでに晴れ、遠くに虹が架かっている。
その下で、俺は小さく呟いた。
「無能職でも……誰かを救える」
そう信じて、再び歩き出した。
――これは、“支援”という名の力で世界を照らす、
ひとりの転生者の物語。