第2話 支援職、戦場で名を上げる
夜が明ける頃、俺たちは街のギルドに戻った。
依頼報告の紙を差し出すと、受付嬢が目を丸くする。
「えっ、この魔物……討伐依頼、三人でですか?」
「はい」ミナが胸を張る。
「リオンの支援があったからこそですよ!」
「そ、そうですか……あの“洞窟熊”を、三人で……」
受付嬢は驚きのまま報告書に判を押した。
その様子を見て、俺は少し頬を掻く。
「そんなに大したこと、したかな……」
「いや、しただろ!」
斧戦士のガイルが声を上げる。
「あの時の俺、体が軽かった。力も桁違いだった! まるで別人みたいに」
「そうそう!」ミナも続く。
「リオンの〈祝福〉、重ねがけした瞬間、詠唱速度が倍になったの! 魔法陣が勝手に動いてる感じ!」
俺は苦笑いした。
やはり、俺のスキルには“何か”がある。
だがまだ自分でもその正体を掴みきれていなかった。
「……そうだ。もう一件、依頼を受けてみよう」
「休まねぇのか?」
「うん。確かめたいんだ、自分の力がどこまで通じるのか」
* * *
昼過ぎ、俺たちは“黒霧の荒野”へと足を踏み入れた。
草一本生えぬ、暗灰色の地。
空は曇り、遠くで稲光が走る。
討伐対象は〈鉄喰い狼〉。金属を噛み砕く牙を持つ危険な魔獣だ。
「ここにいたら、金属鎧は狙われるな」
ガイルが斧を構える。
「なら俺が囮だ。リオン、支援頼む!」
「任せろ――〈加護・全体展開〉!」
光が三人を包む。
視界が澄み渡り、反応速度が上がるのを全員が実感した。
次の瞬間、黒い狼が地を滑るように突っ込んでくる。
金属音。ガイルの斧が弾かれ、火花が散った。
「硬っ……!?」
「ガイル、左後ろ! そこ、岩陰!」
俺の叫びに合わせてミナが詠唱を終える。
「〈火陣・弐式〉!」
大地から噴き出した炎が狼を飲み込む。
けれども、魔獣はまだ立ち上がる。毛皮の奥が光り、装甲のように硬化していた。
「やばい、効いてない!」
ミナが後退しようとした瞬間、狼が跳ねた。
牙が迫る。
俺は咄嗟に叫んだ。
「〈守護結界〉!」
薄い膜のような光が、ミナの前に広がる。
牙が食い込み――弾かれた。
狼が怯んだ隙を逃さず、ガイルが踏み込む。
「うおおおおッ!!」
斧が閃き、狼の首が落ちる。
その刃先が青く光っていた。
俺の加護のせいだ。攻撃力上昇だけでなく、魔力属性を“自動付与”していた。
「……勝ったな」
荒い息を吐くガイルの肩を、ミナが叩く。
「リオン、あんた……本当に支援職?」
「……多分、そう、だと思うけど」
そう言いながらも、俺の中で確信が強まっていた。
――俺のスキルは、既存の枠を超えている。
ただの“支援”じゃない。仲間の能力を倍化させる、未知の系統だ。
* * *
その夜。ギルドはざわついていた。
「三人組が“鉄喰い狼”を倒したらしい!」
「しかも支援職がいたんだと!」
「まさか支援でそんなことできるのかよ……?」
俺たちは奥のテーブルにいた。
注目を浴びていることに、正直居心地が悪い。
だが、ミナとガイルは笑っていた。
「いいじゃねぇか、リオン。ようやくお前の実力が広まったな!」
「ほんとだよ。これから依頼なんて選び放題だよ!」
「……そんな、俺なんて――」
「自信持ちなさいって」ミナがにやりと笑う。
「支援のくせにあんな火力、普通じゃないんだから」
彼女の言葉に、胸の奥が少しだけ温かくなった。
仲間に信じてもらえる。それがこんなにも嬉しいとは思わなかった。
だが、その背後で――聞き覚えのある声が響いた。
「……リオン、まさか本当に生きていたとはな」
振り返ると、そこにいたのは勇者レオだった。
黄金の鎧をまとい、二人の聖女を従えている。
彼はゆっくりと近づき、俺を見下ろした。
「お前、今さら支援職で何をしている?」
「……冒険を。仲間と一緒に」
「ふん。無能職が仲間を? 笑わせる」
その冷笑は、かつて俺が信じた勇者そのものだった。
ミナが立ち上がる。
「無能じゃない。リオンは私たちを救った!」
「そうだ!」ガイルも怒鳴る。
「お前らが捨てた“支援”が、今こうして結果出してんだ!」
レオの目が一瞬、鋭くなった。
「……ほう。ならば証明してみせろ。三日後、王都で“連合討伐戦”がある。魔王軍の斥候が現れた。もし本当に力があるなら――参加してみるといい」
言い残して、彼は去っていった。
ギルドの空気が一気に冷える。
ミナが拳を握りしめた。
「挑発……だよね」
「ああ」俺は静かに頷いた。
「けど、悪くない。あいつらの前で、俺の支援がどこまで通じるか――確かめてみたい」
焚き火のように、胸の中に熱が灯る。
かつて追放された“無能職”が、今度は戦場で名を上げる番だ。
* * *
三日後。王都近郊、黒鉄平原。
戦旗が翻り、各地の冒険者や騎士団が集まっていた。
勇者レオ率いる第一部隊の後方に、俺たちの小隊が配置される。
「おい、後衛かよ。足手まといになるなよ」
「無能職って聞いたぜ? 勇者様の邪魔すんなよ」
周囲の嘲笑に、俺はただ笑って返した。
――そうだ。笑われるのは慣れてる。
問題は、戦いの中で結果を出すこと。
「ミナ、ガイル、準備を」
「了解!」
「任せろ!」
魔物の咆哮が遠くで響く。黒煙が空を染め、土が震える。
俺は深呼吸し、スキルを重ねた。
「〈加護・全体展開〉」
「〈祝福・攻撃上昇〉」
「〈集中・反応強化〉」
「〈癒光・自動発動〉」
光の輪が仲間たちを包み、戦場全体が淡く輝いた。
その瞬間、周囲の兵士たちがざわめく。
「な、なんだ……体が軽い!?」
「動きが速くなってる!」
「傷が……勝手に塞がる!?」
勇者レオがこちらを振り返った。
目に、わずかに動揺が浮かぶ。
――やっと、届いたか。
俺は剣を握る彼に静かに言葉を投げた。
「支援職を、なめるなよ」
次の瞬間、光が戦場を覆った。
戦いが始まる。
“無能職”の逆転劇が、今まさに始まろうとしていた――。