第1話 無能職、追放される
――転生して最初に言われた言葉が、「お前、外れ職だな」だった。
光の神殿で、ステータスを確認した瞬間、俺――リオン・アークウェルは周囲の笑い声に包まれた。
勇者パーティの中で唯一、剣の加護も魔法の適性もなかったからだ。
「見ろよ、このステータス! “支援”と“回復”しかねぇ!」
「まさかのサポーター? はは、戦闘じゃ足手まといじゃねぇか!」
嘲り声が響く中、唯一、勇者レオだけが眉をひそめた。
「……リオン、本当にこれでいいのか? 転生者ならもっとこう、派手なスキルが――」
「いいんだ。これが俺の職業なんだろ?」
俺は苦笑いで答えた。どんな職だろうと、仲間を支えられるならそれでいいと思っていた。
――そのときまでは。
翌日、勇者レオは言った。
「すまない、リオン。お前はもうパーティを外れてくれ」
理由は明白だった。
「お前の支援はありがたい。だが、火力が足りないんだ」
彼は真剣な顔でそう言ったが、他のメンバーは肩を震わせていた。
「支援なんて、ポーションで十分だろ」
「後方で祈るだけなら、神官でもできるさ」
俺は荷物をまとめ、静かに扉を出た。
「……そうか。わかった。今までありがとう」
言葉に悔しさはなかった。ただ、胸の奥が冷えていくようだった。
神殿を出ると、陽の光が眩しすぎて目を細めた。
風が頬を撫でる。誰もいない広場の片隅で、俺はひとり座り込んだ。
「無能職、ね……」
ステータス表をもう一度見返す。
職業:サポーター
スキル:〈癒光〉〈祝福〉〈加護〉〈守護〉〈集中〉
どれも地味な支援系だ。だが――俺は気づいていなかった。
その数値の隣に、“倍率×10”という文字が、淡く光っていることに。
* * *
三日後。
近くの森で、たまたま出会った冒険者のパーティが、魔獣に囲まれていた。
前衛が二人倒れ、残るは魔術師の少女ひとり。
「くそっ……っ、お願い、誰か――!」
叫び声に、体が勝手に動いた。
「下がれ!」
俺は木陰から飛び出し、咄嗟にスキルを唱える。
「〈加護・全体展開〉!」
瞬間、光の幕が張り巡らされ、魔獣の牙を弾いた。
「えっ……!?」
少女の驚く声。
俺はさらに〈集中〉を発動する。自分の精神が研ぎ澄まされ、味方の動きが手に取るようにわかる。
「右、避けて! そこ、足元!」
指示に従って少女が詠唱を再開した。
放たれた炎弾が、まるで加速するように光を纏い、魔獣を一撃で焼き尽くす。
煙の中、彼女は震える声で言った。
「な、なに今の……支援魔法の域じゃない……!」
俺も驚いていた。
確かに発動したのは、一般的な〈加護〉魔法だ。
だが効果が桁違いだった。
戦闘が終わり、少女――ミナが駆け寄ってくる。
「ありがとう! 助けてくれて!」
「いえ、俺はただ支援を――」
「ただの支援であんな威力出せるわけないでしょ! あなた、一体……?」
俺は首を振る。
「わからない。けど……もしかしたら、俺の“支援”は、普通じゃないのかもしれない」
ミナは目を見開いた。
「なら、一緒に来てよ。うちのパーティ、今、後衛がいないの」
「俺でいいなら……」
「もちろん!」
こうして、俺は新しい仲間を得た。
* * *
初めての依頼は、洞窟の魔物退治だった。
前衛は斧戦士のガイル、後衛がミナ、そして支援が俺。
「リオン、バフ頼む!」
「了解。〈祝福・攻撃強化〉、〈集中・反射加速〉!」
光が二人を包み、動きが目に見えて速くなる。
ガイルの一撃で、鉄骨ほどの魔獣の腕が粉砕された。
「お、おい! 俺、こんなに強かったか!?」
「いや、それ、リオンのバフだろ!」ミナが笑う。
「なにそれ、反則だよ!」
戦いはあっけなく終わった。
俺は初めて、仲間と笑い合った。
“支援”でも、“後方”でもいい。誰かを守れるなら、それが俺の戦い方だ。
* * *
その夜。焚き火を囲みながら、ミナがぽつりと言った。
「ねえリオン。あんた、勇者パーティにいたって本当?」
「うん。……でも追放されたよ。無能職だって」
「無能? はは、それ笑えるね」
ミナは火を見つめたまま微笑んだ。
「私、こう思うの。後ろで誰かが支えてるから、前に立つ人が輝けるんだって」
その言葉に、胸が熱くなる。
――そうだ。俺の戦い方は、これでいい。
いつか、あの勇者たちが本当に苦しむ日が来たら。
その時、俺は胸を張って言おう。
「無能職でも、支える力が世界を救う」って。
焚き火が、夜空に舞い上がる。
光が消えるたびに、俺の心の中で、ひとつずつ炎が灯っていくようだった。