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第一話 琅邪(ろうや)の風、乱世の兆し




光和四年(181年)、泰山にほど近い琅邪郡陽都県。

後に「臥龍」と称される赤子が産声を上げた。


諸葛孔明、その人である。




父、諸葛珪(しょかつ·けい)は泰山郡のじょうを務める穏やかな人柄の士人であった。


幼い孔明にとって、父の書斎が何よりの遊び場だった。墨の匂い、整然と並ぶ竹簡の壁。

父はまだ言葉もおぼつかない孔明を膝に乗せ、古の聖人君子の物語を語り聞かせた。



「よいか、孔明。力で人を従わせる者を『覇者』と呼ぶ。だが、徳で人が自ずと集まってくる者を『王者』と呼ぶのだ。これからの世は、力ある覇者が次々と現れるだろう。だがな、真に天下を安んずるのは、王者の徳を持つ者なのだ」




父の言葉の意味を、幼い孔明が完全に理解できたわけではない。

しかし、力ずくで何かを成し遂げることの虚しさと、人の心が自然と集まることの温かさ。その違いだけは、肌で感じ取っていた。




だが、その穏やかな日々は長くは続かなかった。


巷では「蒼天すでに死す、黄天まさに立つべし」という不穏な歌が囁かれ始めていた。

黄巾を頭に巻いた者たちが、各地で蜂起しているという。

父の顔から笑みが消え、書斎にこもる時間が増えていった。




ある夜、孔明は父と叔父の諸葛玄(しょかつ·げん)が深刻な顔で話し込んでいるのを目にした。



「兄上、このままでは漢王室の威光も地に落ちます。我ら士大夫も、いずれ決断を迫られましょう」


「玄よ、騒ぐでない。我らにできるのは、己の務めを全うし、家族を守り、そして何より学びを怠らぬことだ。乱世であればこそ、物事の本質を見抜く『眼』が要る。力に惑わされず、徳を見極める眼がな」



父はそう言って、傍らで聞き耳を立てていた孔明の頭を優しく撫でた。




「孔明、よく覚えておきなさい。嵐の時には、むやみに動き回る者から倒れていく。太い幹を持つ大樹のように、あるいは深く根を張る草のように、じっと耐え、天の時を待つのだ」





それが、孔明が父から受けた最後の教えとなった。

間もなく父は病に倒れ、帰らぬ人となる。

まだ幼い孔明と弟のきんにとって、世界のすべてであった太陽が、突然沈んでしまったかのような衝撃だった。




父の亡き後、叔父の諸葛玄が孔明たち兄弟を引き取った。

優しい叔父ではあったが、父が持っていたような、乱世にあっても揺るがぬ静かな自信は感じられなかった。




孔明は、父の死と世の乱れという二つの大きな嵐の中で、否応なく「大人」になることを迫られていた。


彼は父の書斎に一人こもり、竹簡を読み漁った。

もはや物語としてではない。

この混沌とした世を生き抜くためのすべを、必死に探していた。


書物の中に描かれる興亡の歴史、権力者たちの栄枯盛衰。


その一つ一つが、父の言っていた「本質を見抜く眼」を養うための糧となっていった。


孔明は悟り始めていた。




ただ嘆き、流されるだけでは、乱世の濁流に飲み込まれて消えるだけだ。


父が言ったように、今は根を張る時。

知識という根を、誰にも見えない大地深くに、静かに、しかし確実におろしていくのだ。




――真の力とは、表面的な権力や武力ではない。


状況を的確に分析し、将来を予見する『知性』と、好機が訪れるまで耐え忍ぶ『忍耐力』である。



目立つことなく、騒がず、ただ静かに学ぶ…..


父の死という最初の逆境が、皮肉にも、後の臥龍·諸葛孔明が世に出るための、最も重要な土台を築き始めていたのである。

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