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Ashen Crown  作者: 篠宮あかね
学園祭編
14/22

十三話 精霊たちと忠誠

 精霊会議が終わった翌朝。

 アンネリーエは、いつも通りの時間に目を覚まし、完璧に整った身なりで学園へと向かった。だが、アンネリーエの背後には、目に見えない「精霊」がぴったりとついている。

 見えないとはいえ、くっついている精霊は闇の精霊。空気が少しばかり濃くなっているのは事実で、何人かの魔法感知に優れた生徒たちが、アンネリーエとすれ違うたびに少し気にしていたように見受けられた。

 その時、後ろから声がかかった。

「アンネリーエ。おはよう」

「クロイツェル嬢。おはようございます」

 振り返ると、そこにいたのはアデリナとリーゼロッテだった。

「おはようございます」

 二人は特に気がつかないようだったが、まあ、アンネリーエが高等魔法でぎりぎりまでフィンスの魔力を消している。

 そもそも、魔法感知に優れていないと変化にすら気づかない。だから、魔力に敏感な生徒たちの間で、「最近、学園の気がなんか変わった」と噂になっていたのだ。アンネリーエ以外、誰もはっきりとした原因は知らない。

「……今日、少し変よね」とアデリナが言う。

「何が?」

「雰囲気が」

「……そう?」

 アデリナは、それ以降は何も言わなかった。ただ、アンネリーエをちらりと見ては木を眺めているだけだった。


 その日の放課後、生徒会室。

 昨日に続き、アルベルトが資料の山に埋もれながら、頭を抱えていた。

「……クロイツェル嬢」

「はい、殿下」

「……君、昨日から空気が変わったな」

「気のせいでは?」

「いや、違う。昨日までと違う、何かが……」

 リヒトの声が、アンネリーエにしか聞こえない音域で囁く。

(あ、これ面白くなってきたね〜! 王族の勘ってやつは、やっぱ鋭い!)

(黙っててください)

 とアンネリーエが心の中で返すと、フィンスがアンネリーエの耳元でつぶやいた。

(気づくかもしれんな。精霊の気配は、感受性の高い王族には感じ取れることもある)

(どの程度なら、誤魔化せますか?)

(……会話を始めない限りは、気のせいで通る)

「クロイツェル嬢?」

「はい。何か?」

 アルベルトはじっとアンネリーエを見つめた。

「……いや、何でもない。君が傍にいると、不思議と冷静でいられるな」

 それは、もはやプロポーズと紙一重のような言葉だが、アンネリーエはいつも通り淡々と応じた。

「光栄です。殿下の理性にお役立ていただけるなら」

 ナハトが静かに呟く。

(感情の揺らぎ、警戒度:中。彼もまた、執着の兆候を示し始めている)

(……まったく、王族って本当にめんどくさい)

(言っちゃ駄目だよ、リーゼ)

「……やはり、いつもと違うよね?」

「気のせいですよ」

「本当に?」

「はい」

「わかった」

 その夜、アンネリーエの部屋。

 精霊たちがそれぞれが思い思いの姿勢でくつろいでいた。一応、ここはアンネリーエの私室なわけだが。リヒトは暖炉の前でうたた寝し、ナハトは窓際で夜風を感じている。モントは炎の玉を弄びながら空中を浮遊し、フィンスはアンネリーエの背後で静かに佇んでいた。

「……観察の結果は、どうかしら?」アンネリーエが静かに尋ねた。

「第一王子、精神状態は警戒継続。だが、理性は保っている」とナハト。

「第二王子、感情の揺らぎ大。もうリーゼではないみたいだね。他の女とつるんでた」とリヒト。

「最低ね」

「ああ」

 これが、アルベルトの言っていた「アンネリーエ以外の女子と歩いていた」と言うことだろう。腹は立たないが、少し不敬だとは感じる。

「ああ、それは第一王子殿下が、あなたたちを召喚する前に言っていましたよ」

「ふうん……」

「学園には魔力が多いところとかはなかったわね。ちょっと気になったのは、学園の旧棟、図書室の奥の閲覧禁止区画と言うところね。地図で見たらそうだったわ」

「……」

「何か知ってるわね、リーゼ?」

「リーゼロッテ嬢が言っていたわ。あそこには、古い記録や、もう誰も扱わない術式の断片が残っているそうよ」

「だからちょっと気になったのね、ありがとう」

「いずれにしても、主の身辺への接近は今後も増えるだろう」とフィンスがまとめた。

 アンネリーエは頷いた。

「……彼らの動きが加速すれば、学園内のバランスも崩れるわ。政争の火種をここで燃やされるのは避けたい」

「では、我らが直接介入するか?」とモント。

「いいえ。今はまだ、備える段階。こちらから動いてしまえば、相手にカードを渡すことになる」

 アンネリーエは、机の上に広げた地図を見つめた。そこには、王族の動線、使用魔法の系統、そして何かの「紋章」が細かく記されていた。

 ふと、リヒトが楽しげに言った。

「でもさ、リーゼ。これって結構スパイごっこみたいで楽しくない? 王子たちの秘密を探って、裏で守って……なんか、そういう小説あった気がするなあ」

「現実はごっこでは済まないわ」とアンネリーエが言った。「一歩間違えれば、私たちは『王族に不正な干渉を行った者』として裁かれる」

「でも、国王陛下もご存じなのでしょう?」

「いいえ、そっちじゃなくて……お父さまに、いつ切り捨てられるか知ったものじゃないから」

「その時は、私が逃がす」とフィンスが即答した。

「我も同意だ」とナハト。

「誰にも渡さないわ。我らの主よ」とモント。

「ね、精霊たちって本当に一途だよね〜」とリヒトが笑った。

(ええ。本当にめんどくさい)

 めんどくさい、だけでは済まされないかもしれないが、今はまだ、考えなくていいだろう。

「……で、今日も王子たちは二百年経っても相変わらずだったね!」とリヒトがソファの上で寝転びながら言う。

「第二王子はまだ動揺の渦中、第一王子は冷静を保っているようでいて、欲望がある。どちらも問題だ」とナハトが淡々と続けた。

「……このままじゃ、いずれどちらかが爆発するか、破滅するわね」とモント。

「主よ、策は?」とフィンスが問いかける。

 アンネリーエは、紅茶を飲みながら言った。

「……もうしばらくは、観察を続けるだけよ。精霊たちが揃った今、ようやくスタートラインに立ったのだから」

 精霊たちは、それぞれに頷いた。

 こうして、IQ百三十越えの精霊たちと、公爵令嬢アンネリーエによる、静かなる王族護衛計画──通称「精霊護衛計画」は、本格始動したのであった。

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