十三話 精霊たちと忠誠
精霊会議が終わった翌朝。
アンネリーエは、いつも通りの時間に目を覚まし、完璧に整った身なりで学園へと向かった。だが、アンネリーエの背後には、目に見えない「精霊」がぴったりとついている。
見えないとはいえ、くっついている精霊は闇の精霊。空気が少しばかり濃くなっているのは事実で、何人かの魔法感知に優れた生徒たちが、アンネリーエとすれ違うたびに少し気にしていたように見受けられた。
その時、後ろから声がかかった。
「アンネリーエ。おはよう」
「クロイツェル嬢。おはようございます」
振り返ると、そこにいたのはアデリナとリーゼロッテだった。
「おはようございます」
二人は特に気がつかないようだったが、まあ、アンネリーエが高等魔法でぎりぎりまでフィンスの魔力を消している。
そもそも、魔法感知に優れていないと変化にすら気づかない。だから、魔力に敏感な生徒たちの間で、「最近、学園の気がなんか変わった」と噂になっていたのだ。アンネリーエ以外、誰もはっきりとした原因は知らない。
「……今日、少し変よね」とアデリナが言う。
「何が?」
「雰囲気が」
「……そう?」
アデリナは、それ以降は何も言わなかった。ただ、アンネリーエをちらりと見ては木を眺めているだけだった。
その日の放課後、生徒会室。
昨日に続き、アルベルトが資料の山に埋もれながら、頭を抱えていた。
「……クロイツェル嬢」
「はい、殿下」
「……君、昨日から空気が変わったな」
「気のせいでは?」
「いや、違う。昨日までと違う、何かが……」
リヒトの声が、アンネリーエにしか聞こえない音域で囁く。
(あ、これ面白くなってきたね〜! 王族の勘ってやつは、やっぱ鋭い!)
(黙っててください)
とアンネリーエが心の中で返すと、フィンスがアンネリーエの耳元でつぶやいた。
(気づくかもしれんな。精霊の気配は、感受性の高い王族には感じ取れることもある)
(どの程度なら、誤魔化せますか?)
(……会話を始めない限りは、気のせいで通る)
「クロイツェル嬢?」
「はい。何か?」
アルベルトはじっとアンネリーエを見つめた。
「……いや、何でもない。君が傍にいると、不思議と冷静でいられるな」
それは、もはやプロポーズと紙一重のような言葉だが、アンネリーエはいつも通り淡々と応じた。
「光栄です。殿下の理性にお役立ていただけるなら」
ナハトが静かに呟く。
(感情の揺らぎ、警戒度:中。彼もまた、執着の兆候を示し始めている)
(……まったく、王族って本当にめんどくさい)
(言っちゃ駄目だよ、リーゼ)
「……やはり、いつもと違うよね?」
「気のせいですよ」
「本当に?」
「はい」
「わかった」
その夜、アンネリーエの部屋。
精霊たちがそれぞれが思い思いの姿勢でくつろいでいた。一応、ここはアンネリーエの私室なわけだが。リヒトは暖炉の前でうたた寝し、ナハトは窓際で夜風を感じている。モントは炎の玉を弄びながら空中を浮遊し、フィンスはアンネリーエの背後で静かに佇んでいた。
「……観察の結果は、どうかしら?」アンネリーエが静かに尋ねた。
「第一王子、精神状態は警戒継続。だが、理性は保っている」とナハト。
「第二王子、感情の揺らぎ大。もうリーゼではないみたいだね。他の女とつるんでた」とリヒト。
「最低ね」
「ああ」
これが、アルベルトの言っていた「アンネリーエ以外の女子と歩いていた」と言うことだろう。腹は立たないが、少し不敬だとは感じる。
「ああ、それは第一王子殿下が、あなたたちを召喚する前に言っていましたよ」
「ふうん……」
「学園には魔力が多いところとかはなかったわね。ちょっと気になったのは、学園の旧棟、図書室の奥の閲覧禁止区画と言うところね。地図で見たらそうだったわ」
「……」
「何か知ってるわね、リーゼ?」
「リーゼロッテ嬢が言っていたわ。あそこには、古い記録や、もう誰も扱わない術式の断片が残っているそうよ」
「だからちょっと気になったのね、ありがとう」
「いずれにしても、主の身辺への接近は今後も増えるだろう」とフィンスがまとめた。
アンネリーエは頷いた。
「……彼らの動きが加速すれば、学園内のバランスも崩れるわ。政争の火種をここで燃やされるのは避けたい」
「では、我らが直接介入するか?」とモント。
「いいえ。今はまだ、備える段階。こちらから動いてしまえば、相手にカードを渡すことになる」
アンネリーエは、机の上に広げた地図を見つめた。そこには、王族の動線、使用魔法の系統、そして何かの「紋章」が細かく記されていた。
ふと、リヒトが楽しげに言った。
「でもさ、リーゼ。これって結構スパイごっこみたいで楽しくない? 王子たちの秘密を探って、裏で守って……なんか、そういう小説あった気がするなあ」
「現実はごっこでは済まないわ」とアンネリーエが言った。「一歩間違えれば、私たちは『王族に不正な干渉を行った者』として裁かれる」
「でも、国王陛下もご存じなのでしょう?」
「いいえ、そっちじゃなくて……お父さまに、いつ切り捨てられるか知ったものじゃないから」
「その時は、私が逃がす」とフィンスが即答した。
「我も同意だ」とナハト。
「誰にも渡さないわ。我らの主よ」とモント。
「ね、精霊たちって本当に一途だよね〜」とリヒトが笑った。
(ええ。本当にめんどくさい)
めんどくさい、だけでは済まされないかもしれないが、今はまだ、考えなくていいだろう。
「……で、今日も王子たちは二百年経っても相変わらずだったね!」とリヒトがソファの上で寝転びながら言う。
「第二王子はまだ動揺の渦中、第一王子は冷静を保っているようでいて、欲望がある。どちらも問題だ」とナハトが淡々と続けた。
「……このままじゃ、いずれどちらかが爆発するか、破滅するわね」とモント。
「主よ、策は?」とフィンスが問いかける。
アンネリーエは、紅茶を飲みながら言った。
「……もうしばらくは、観察を続けるだけよ。精霊たちが揃った今、ようやくスタートラインに立ったのだから」
精霊たちは、それぞれに頷いた。
こうして、IQ百三十越えの精霊たちと、公爵令嬢アンネリーエによる、静かなる王族護衛計画──通称「精霊護衛計画」は、本格始動したのであった。




