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悪役令嬢はなぜ婚約者を殺さなかったのか。

作者: ありしあ

一発ネタです。







 公爵家令嬢、マリアンヌ・フォン・ルクレール。

 十八歳の祝いとして街に宝石を買いに出ていた彼女は、偶然にも見かけてしまった。それは一人の筋骨隆々とした偉丈夫、婚約者である王子アルフレッドが、平民の娘を相手に鼻の下を伸ばしていたからである。盗み聞くにどうやら王子は、その娘にこう語っているらしい。


「俺は王子だからな。このような宝石、いくらでもキミに贈れるだろう」


 それを耳にしたマリアンヌは驚愕した。

 何故なら彼女は彼と婚約して以来、そういった類のプレゼントを贈られた試しがなかったからである。これはどう考えても、王子による裏切りに他ならなかった。マリアンヌはそれを理解するにあたって、次第に憎しみの炎を胸の奥に滾らせる。

 そして、決意するのだ。そう――。


「君、死にたまふべし……!」――と。



 その日から、王子を道連れにすべく暗殺計画を練り始めたのだった。





 最初に考えたのは、毒殺である。

 王子アルフレッドは頭こそ弱いのだが、肉体は誰よりも強靭だった。そのような相手には、内側から破壊するのが筋というもの。マリアンヌは薬学の書物を読み漁り、知識を蓄えていった。

 その折である。

 偶然、図書館にて王子アルフレッドと居合わせた。

 姿を見られては怪しまれるため、令嬢は即座に身を隠す。すると友人と思しき同姓と、彼の会話が耳に入ってきた。


「いやあ、女の子と遊ぶのに国庫から金貨三百枚ほど拝借しちまった」

「王子よ何を言っているのか。それは当然、陛下に報告済みか?」

「気にする必要などない。バレないさ」


 それを聞き終えて、マリアンヌはしばし考え込む。

 この男には殺すほどの価値があるのか、と。


「いいや、まだ私の憎しみの炎は消えていない」


 そう考え、マリアンヌは研究を続行した。


 ――

 ――――

 ――――――


 そして、またある時のこと。

 マリアンヌは王子の動向を探るため、彼を尾行していた。するとその際に、彼は自身の父親である国王陛下の私室へと向かっていく。あるいは先日の盗みがバレ、呼び出されたのか。そのように考えたのだが、盗み聞くに内容は異なっていた。


「アルフレッドよ、貴様は本当に能なしであるな」

「何を言うのですか、お父様。俺にはこの鋼の肉体があるぞ」

「それが国政において何の役に立つというのだ。女の尻ばかり追い回す暇があるなら、多少は勉学に励もうと考えよ。さもなければ、貴様の王位継承権を五位まで落とす」

「はっはっは! お父様は冗談が好きだなぁ!」


 次いで聞こえたのは、国王陛下の大きなため息。

 どうやら王子アルフレッドは長男でありながらも、王位を得られない可能性が高いらしい。それならばいよいよ、彼を殺す意味などあるのだろうか。

 そこまで思案したマリアンヌは、このように考えたのだ。



「そもそもとして、あの平民の娘はどのように考えているのか」



 彼女は答えを得るべく、その脚で街へと向かった。



 ――

 ――――

 ――――――



「マジで、あり得ないって。あの筋肉ダルマ!」

「ソフィアあんた、相手はバカ王子とはいえ王族よ? 大丈夫なの?」



 マリアンヌが宝石店に再び足を運ぶと、そこにはあの日の平民女性の姿。

 名をソフィアというらしい彼女は、アルフレッドのことを陰で『筋肉ダルマ』と呼称しているらしい。その口振りからして、ソフィアが王子に好意を持っていないのは歴然だろう。

 しかし、念のためにマリアンヌは木陰で耳を立てた。


「大丈夫よ、あのバカは気付いてない。借りた金貨だって返さなくていいって、契約書を交わしてるんだから。もっとも、中をしっかり読んでないでしょうけどね」


 なるほど、これで確定したといっていい。

 アルフレッドはこの女性に、カモにされていると考えて間違いなかった。そして以上のことから、マリアンヌは改めて考えるのだ。

 あの王子に、果たして殺す価値などあるのだろうか。

 しばしの沈黙の後、マリアンヌはこう呟くのであった。



「しかし、浮気をしたという事実は消えていない」



 己のプライドが傷ついたという事実。

 それは拭い切れぬ禍根であり、復讐するに十分な理由であった。







 ――そして、ついに『婚姻の儀』の当日を迎える。

 国民の前で盛大に行われる行事であるが、どうにも王子アルフレッドの様子に落ち着きはなかった。含み笑いを抑えきれないといった様子で、いかにも怪しい。

 その理由を彼は、すでに周囲に語っていた。曰く、


『俺は国民全員の前で婚約破棄し、ソフィアに求婚する』――と。


 その際に絶望するマリアンヌの表情が、いまから楽しみで仕方ないのだろう。

 彼にとって婚約者は、口うるさい目の上のたんこぶでしかなかった。したがって、みじめに捨てることに躊躇いなどない。そしていよいよ、儀式は幕を上げた。



「国民たちよ! 俺は今日、お前たちに宣言したいことがある!」



 隣にマリアンヌを置きながら、アルフレッドは高らかに声を上げる。

 しかしそんな彼の言葉を遮って、


「俺は今日マリアンヌとの婚約を破棄し、町娘のソフィアへ――」

「その前に、こちらをご覧になっていただいても?」

「……なに?」


 マリアンヌは、一つの書類を手にして言う。

 アルフレッドは不機嫌を隠さず、その書類へと目を通した。そして、


「貴様、マリアンヌ! いったいどこで、この書類を!?」

「貴方の部屋のゴミ箱に、雑に捨ててありました」

「………………」


 驚く彼に、静かに告げる。

 その上で彼女は後方に控えている国王陛下に進言した。



「国王陛下。おそらく国庫から消えた金貨が三百ほどあったはず。こちらの誓約書に目をお通しくださいませ」

「む……? こ、これは! ソフィアという少女へ金貨三百を譲渡するものか! しかも、この馬鹿な筆跡は間違いなくアルフレッドのものだ!!」



 それを聞いた国民たちには、分かりやすい動揺が走る。

 その中で国王は、アルフレッドにこう言った。



「貴様が国庫から血税を盗み出した張本人であったか! アルフレッド!!」

「え、あ……いやぁ、はは……?」



 その詰問に王子は口角を引きつらせ、ちらりと聴衆の中にソフィアの姿を探す。そして見つけ出したのだろう。婚姻の儀を放り出して、彼女のもとへと駆け出した。

 逃げようとする少女を捕まえて、アルフレッドは必死に訴えるのだ。



「頼む、あの金を返してくれ!」――と。



 あまりに情けなく、泣き叫ぶように。

 だがソフィアは軽蔑の眼差しを隠すことなく、このように告げた。



「誓約書にありますでしょう? 返却を求む権を放棄する、と」



 すなわち、アルフレッドに三百もの金貨を工面し直す術はない。

 そのことに絶望した王子だが、しかし――。



「お父様! いえ、国王陛下よ! 長男たる俺を裁くつもりか!!」



 何故かいまさらになって、そうやって権力を主張したのだった。

 だが、当然ながら国王は首を左右に振る。



「先日、すでに話した通りだ。貴様はもう王位の継承権がない」

「そ、そんな……!?」

「したがって、いますぐに廃嫡としてもよいのだが――」

「国王陛下、ありがとうございます」



 そう口にした国王に、マリアンヌは感謝を伝える。

 そして液体の入った瓶を片手に、アルフレッドへと歩み寄った。彼女は慈愛に満ちた微笑を湛えて、絶望する王子へとこう言う。



「アルフレッド様、選んでくださいまし。――この毒を呑むか、否か」



 その瓶に入っていたのは、彼女が生成した猛毒であった。

 それを見て、アルフレッドは声を震わせる。



「そ、そんなもの……呑める、はずがない!」

「えぇ、そうでしょう。あなたに、そのような胆力はない」



 その答えに満足したようにして、マリアンヌは立ち上がり言った。



「そして、そもそもここで王子を殺しては、私の手が汚れますでしょう? あなたのような屑の命を奪って、生涯それを背負うのは御免被りますわ」

「そ、それなら、助けてくれるのか……!?」



 瓶を地面に叩きつけたマリアンヌに、アルフレッドは歓喜の表情を浮かべる。

 どのような思考をしているのか。彼はまだ、彼女が自身を救ってくれると信じている様子だった。だがしかし、そのように都合の良い展開など起こるはずがない。

 マリアンヌは微笑みながら、婚約者にこう宣告するのだった。





「アルフレッド様。本日をもって、あなたとの婚約を解消いたします」――と。





 これでもう、アルフレッドを守る者は真にいなくなった。

 さすがの彼も理解に至ったらしく、絶望の表情を浮かべて惨めに泣き始める。




 こうして結局、マリアンヌはアルフレッドを殺すことはなかった。

 その理由は単純な話であり、殺す価値すらなかった、からに過ぎないのである。




 


ミーム知ってる人に届くといいな、これ。


面白かった



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― 新着の感想 ―
脳筋王子を与謝野晶子がシバく話かと思ったら、後半は綺麗に纏めていて、意表を突かれました。 わざわざ手を下すまでもないと、痺れますね。
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