師との出会い
その日は異常、と言っていいほどの雨が降っていた。それだけならば普通の光景であるが、異質なのはその中で1人の少年が膝を抱えてうずくまっていることだ。
「ん、ふあ...」
1人の少年があくびをしながら上体を起こす。少年の顔たちはまだ幼さを残しているが、整った顔たちをしていた。そして、特徴的なのは髪と瞳だ。青い髪に空のように澄んだ水色の瞳を彼は持っていた。上体を起こし、背を伸ばすと
「あの日から7年か。久しぶりにあの日の夢を見たな。そういえば今日は編入試験の日だったっけ。準備しないと」
そう言いながらあの雨の日のことを思い出す。全てを失った瞬間とそんな自分に手を差し伸べてくれた師との出会いを。
彼の名は一セリストリア、という。
7年前一
その日、セリストリアは家に向かって走っていた。友達と遊んでいるとき、突然雨が降り始めたのだ。その場でさよならを告げ、家に向かっていた。家に着き、気づく。門が閉まっているのだ。いつも遊びから帰ってくる時は鍵が開いているので当然、鍵など持っていなか
い。そのとき、家の扉が開き、中から少年が出てきた。セリストリアの双子の弟のカイアだ。カイアの特徴はセリストリアと同じ青い髪を持っているが、瞳は氷のように冷たく、セリストリアはカイアのことが苦手だった。そんな彼に対して、
「カイア!門を開けて!凍えて死にそうなんだ」
と、頼むが、
「嫌だよ、兄さん。いやもう兄さんではないか」
そう断られた。
「どういうこと?そんなことより早く家に入れてよ!」
セリストリアはそう言うが、カイアは門を開ける様子はない。
「さっきも言ったけど、嫌だよ。君はもうこの家の人間ではないから」
「え?」
「当然だろう?君は貴族の人間でありながら勉強せずに遊んでばかり。知ってるかい?君は貴族の中では無能で落ちこぼれであると言われているんだ。そのせいでうちにも影響が出ている。だから父上はこのことに対して、君を勘当することを決めた。君をいない者とすることでうちの名誉を取り戻すために、ね」
「そ、んな...」
セリストリアは絶望した。遊んでばかりいた自分にこれから何ができるのだろうか。そう考える彼を置いてカイアは、
「じゃあね」
と、言って家の中に戻って行った。セリストリアが何度呼んでも応じることはなく、門は開くことはなかった。
それからどれくらい経っただろうか。セリストリアは家から離れ、道の隅で膝を抱えてうずくまっていた。友達の家に行こうとしたが、そもそも知らないため、行くことができず、今に至る。
(どうして...?どうしてこんなことに...?)
長時間雨に打たれ、体が冷えたことも忘れ、なぜ勘当されてしまったのか。ただそれだけを考えていた。
しかし、どれだけ考えても答えは出なかった。そして、だんだんと意識が遠くなるような感覚に襲われる。
ああ。死ぬのかな、別に死んでもいいか、そう思ったときだ。その足音を聞いたのは。
(足音が聞こえる?まさかこの雨の中なんだ。気のせいに違いない)
そう考えるが、足音は少しずつ大きくなっていき、誰かが近づいてくる気配がした。足音は本当に気のせいなのだろうか?そう思ったときだ。
「そんなところで何をしているのだ?少年」
そう声を掛けられ、セリストリアは顔を上げる。目の前にいたのは、艶やかな黒く長い髪に鮮やかな紫色の瞳が特徴の凛とした雰囲気の纏った女性だ。白を基調とした衣装を身に纏い、腰には一振りの長剣が帯びている。その女性が、
「そんなところで何をしているのだ?少年」
もう一度そう問いかけてきた。
「父親に勘当されて..家を追い出されて...」
唇を震わせながらそう答えようとしたが、声を出せず、ただ息を吐く事しかできなかった。そんな彼の様子を見て女性は、手を伸ばし、彼に触れた。
「ッ!?」
セリストリアの体は長時間雨に打たれていたことで氷にように冷たくなっていた。しかし、女性が驚いたのはそこではなかった。
(この少年は一体...?いやそれよりも先に)
セリストリアは女性がいきなり触れてきたこと、急にその表情が変わったことに首を傾げた。
「ああ、すまない。少し考え事をしていた。それよりも体が冷え切っているな。すぐ近くに私の家がある。そこで冷えた体を温めようか」
女性はそう言うと、セリストリアの手を取り、歩き始める。
(どうして俺なんかに手を差し伸べてくれるのだろう…?)
そんなことを考えながら、セリストリアは女性についていった。
女性が言った通り、女性の家にはすぐに着いた。
「ここだ。すぐに風呂を沸かせてくるから、暖炉の前で待っていてほしい」
女性の家につくと、彼女はそう言って部屋の奥へと行った。セリストリアは言われた通りに暖炉を見つけると、そこで冷えた体を温めることにした。しばらくすると、
「風呂が沸いたから、入ってくるといい。待たせてすまない」
女性がやってきて彼に風呂行くように促した。セリストリアは何か言おうと思ったが、女性の厚意を無下にするわけにもいかないと思い、風呂へと向かうことにした。女性はセリストリアが風呂へ向かい、姿が見えなくなったのを確認すると、
「まさかあのような少年がいるとはな..。驚いた。それより一体どのような理由で彼はあんなところにいたのだろうか?…まあいい。彼を引き取って育ててあげるとしよう」
そう呟いた。彼女はセリストリアを今後どうしようかと考えるのであった。
「風呂上がりました」
セリストリアはカナにそう言うと
「少し話があるのだが、いいだろうか?」
彼女はそう返した。セリストリアは頷き、カナの話を聞こうと思い、対面に座った。
「まずは自己紹介をしようか。私の名はカナ・マリエル。少年の名は?」
「カナ・マリエル⁉︎“剣聖“のカナですか⁉︎どうしてこの街に?」
女性の名を聞き、セリストリアは驚く。“剣聖”とは剣士の最高峰の称号であり、歴史上でもそう名乗ることができたのは僅かしかおらず、現在では3人がその地位にいる。また、“剣聖”とは“聖剣“に選ばれた剣士でもある。“聖剣”とは強大な力を有した武器であり、神話の時代に作られた代物だ。今では神話の時代の産物は失われているが、数は少ないものの現代にまで残っている物も当然存在する。“聖剣”もそのうちの一つで、現在判明しているのは、長剣、細剣、双剣、大剣の4種である。そして“剣聖”カナ・マリエル。現在3人いる“剣聖”の1人で長剣の聖剣“闘神乃聖”の持ち主であり、その名は有名だ。今から10年前、当時18歳という若さで“聖剣”に選ばれ、“剣聖“となり、その後、多くの災厄個体の魔物を単独討伐したという逸話を持つ剣士。その“剣聖”が今セリストリアの目の前にいる。
「この街にいるのはここが私の故郷だからだ。それと確かに私は“剣聖”と呼ばれているが、あまり畏まらなくていい。それよりも君の名前を教えてほしい」
そう言うが、
「いやいや畏まらなくていいって…。そんなことできませんよ!あと、自分を助けてくれた人が“剣聖”⁉︎そんなことってあります⁉︎」
セリストリアは全く聞こうとしなかった。数時間前に家を勘当され、雨の中にいたところに手を差し伸べてくれた人が“剣聖”だったのだ。冷静になれ、という方が難しいのかもしれない。カナはそんな彼の様子に、
(ここまで驚かれるのは予想外だ。まあ私の立場を考えれば驚くだろうし、状況が状況だったからな…)
そうなってしまうのは無理はないと判断した。
「落ち着け。色々と聞きたいことがあるだろうが、ちゃんと説明するからまずは名前を教えてくれ」
「…わかりました。俺の名前はセリストリアです。家を勘当される前はバルバトロスの性を持っていました」
セリストリアはカナの問いに対してそう答える。
「勘当か、通りで雨の中でいた訳だ。それよりも体の具合はどうだ?」
カナはそう言いながらも、
(バルバトロス家の者だったのか…。そういえば、長男が何もできない無能であるという話を聞いたことがあったな…。とてもそのようには見えないが、何もできないのではなく、何もさせなかったのではないか?)
そう考える。実際、カナは“剣聖”であることから、よく貴族や王族の宴に招待されることがあるため、バルバトロス家の長男の話は聞く機会があった。その頃は気にも留めなかったが、実際に出会ったことでその話は違うのではないかと思った。
「体調は大丈夫です。それよりもどうしてあの場所に?」
そんなことを考えるカナに対してセリストリアはそう返した。
「それはだな、君が1人でどこかに歩いて行くのを見ていたからだ」
「はい?見ていたってどういう?」
カナの答えに対して疑問を持つ。歩いていくのを見ていた?いつから?どこで?
「簡単なことだ。私がバルバトロス家の者に剣術を指南して欲しい、と依頼されたからだ。まあ君が家に入れなかったところを見ていたから、適当に理由をでっち上げて断ったがな」
「…えええええ⁉︎」
「その様子だと、私がバルバトロス家に向かうことも知らなかったみたいだな」
「そんなこと聞いてませんよ⁉︎いや俺は遊んでばっかりだったから知らなかっただけ⁇」
セリストリアの様子から彼は何もできないのではなく、何もさせてもらえなかったのではないかという考えは間違っていなかったのではないかと思う。そもそも“聖剣”が反応している時点で無能ではないのだ。それが無能と呼ばれているからおかしいのだ。“聖剣”は滅多なことでは人に反応しない。それなのに、セリストリアに対して、これでもかというくらいに反応している。貴族たちの話が間違っていた訳だが、この場合貴族たちというよりもバルバトロス家の人間に問題があったと言える。
「まあこの際、それはどうでもいいことだろう。それよりも本題に移ろうか」
「どうでもいいこと⁉︎結構重要なことのように思いますし、そもそもその依頼断ってよかったんですか⁉︎」
カナの一言に対してそう返すセリストリア。勘当されたときの彼はどこに行ったのやら。助けてくれた恩人に対しての態度ではない。
「ふふっ」
「何笑っているんですか。それよりも大丈夫だったんですか、断って」
「いや何、予想以上に面白い反応するからつい、な。それに依頼に関しても大丈夫だ。もともと断るつもりの依頼だったからな。君が気にすることではないよ」
「そう、ですか。ならいいんですけど」
納得しない様子のセリストリアであったが、この話はもうするべきではないと判断し、
「それで本題ってなんですか?」
話題を変えるためにそう問いかけた。
「そうだな、セリストリア。“剣聖”にならないか?」
「…はい?」
真剣な表情で言ったカナに対して、間抜けな声を上げたセリストリア。
10秒ほど思考を停止させたあと、
「はああああぁぁぁ⁉︎」
言われたことを理解して叫んだ。
「俺が“剣聖“⁉︎なんで⁉︎」
「まあ落ち着け」
「落ち着いていられません!どういう意味ですか⁉︎」
(この似たようなやりとりを何回繰り返せばいいのだろうか…)
セリストリアのことを見ながら、そんなことを考えるカナ。そもそもの原因が自分にあることに気づかず、他人事のようにいた。
「まあ聞いてくれ」
セリストリアはまだ何か言おうとしていたが、カナの真剣な表情を見て気持ちを切り替える。
「私がなぜ“剣聖”にならないか、と言ったのか。それは君が将来、“剣聖”なれるのではないか、そう思ったからだ」
「冗談ですよね?」
「冗談ならこんなことを言わないさ。それに…」
「それに?」
「私の勘は大体当たる」
何を根拠に…と言いたくなるような発言であるが、実際は“聖剣”が反応したからという理由だ。本人はそう言わずにはぐらかしたが。
「そう、だといいんですけどね」
セリストリアは下を向く。
「それはどう意味だ?」
「俺は無能で落ちこぼれだそうです。それに今ままで遊んでばかりいました。そんな俺が“剣聖”になれるわけー」
「なれるさ」
セリストリアの言葉を遮ってカナはそう言う。
「周りの評価を気にしてどうする。今までしていなかったならこれからすればいい。それに私も同じだ」
「え?」
カナの言葉を聞き、顔をあげる。目の前の女性はこれでもかというくらい慈愛に満ちた微笑みを浮かべていた。
「私もかつて家に捨てられた。そして周りから何も持っていないとも言われていたさ。だからこそ、君を放っておくことができなかった」
「…」
「その後、私は当時“剣聖”出会った人に拾ってもらえた。その人に私はこう言われたんだ。『お前には才能がある。俺を超えるほどの才能がな。どうだ?俺と共に来いよ。俺がお前の才能を開花させてやる。それだけじゃねえ、俺の後を継いで“剣聖”になりな』、とな。今思えば無茶苦茶な人だったが、それでも私は嬉しかった。初めて誰かに認められたからな」
セリストリアはカナの話を黙って聞いている。
「もちろん、“剣聖”になることを強要するつもりはないし、断ったからといって君を見捨てることもない。君が自立できるまでは助力するつもりでいる。ただ…これだけは言わせてくれ」
カナはそこで一度区切ると、
「私は君を見てこう感じた。君ならば、誰も成し得なかったことをなすのではないか、歴代最強の“剣聖”になるのではないか、と。君の家の者が無能で落ちこぼれだからと言って捨てた?そんなことは気にするな。これから君のことを認めさせていけばいいんだ。決して無能なんかではない。君には私にそう言わせるほどの才能を持っている。だから…だから、胸を張れ、前を向け、自信を持ち、自らを誉れ。君は将来“剣聖”になる者だ」
そう言い切った。その顔は優しい笑顔を浮かべているが、その瞳にはその言葉が嘘ではないことを物語っている。セリストリアはその言葉を聞くと、自然と涙が出てきた。家を追い出され、一度死んでも構わないと願った自分に手を差し伸べ、自分を認め、ここまで言ってくれた人はカナが初めてだった。
「どうした?」
急に涙を流し出したセリストリアに対して、カナは心配そうに見る。
「いえ…すみません、急に泣いてしまって。ただここまで言ってくもらえたのは初めてなんです」
涙を拭うと、
「だから…俺はカナさんを信じます。そしていつか“剣聖”になってみせます」
真っ直ぐカナを見据え、そう言った。その表情を見てカナは
(勘当されて間もないというのに、もう前を見据えることができるとはな…これは期待以上の成長を見せてくれるかもしれないな。やはり私の判断は正しかったようだ)
彼を鍛え、必ず“剣聖”にさせてみせると決心した。
「わかった。ならば明日から早速修行を始めようか」
「明日から、ですか」
セリストリアは不安そうな表情になるが、
「大丈夫だ、君ならすぐにコツを掴むことができるさ」
カナの言葉を聞き、その不安もなくなっていく。そして
「はいっ!」
そう返事をする。どんなに辛くてもついていく。その想いを胸に抱いて…
いつの間にか大雨も止んでおり、空には月が輝いていた。
まるでセリストリアの未来を照らすかのように。




