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恋の音色は星空と輝く  作者: 御子柴 流歌
第2章: 零れたミルクを嘆く
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2-3: いつも通りとは


「とりあえず、ボクもセナもいつも通りで良いんだよ。きっと」


 そもそもアタシが『いつも通り』をできるのかどうか、その自信が今はもう欠片くらいしか残っていない。フウマとは悪ふざけのようなからかい合いをするとか、ナミとは他愛のないことばかりを話すとか。そもそもそれが本当に『いつも通り』なのかも、よくわからなくなりそうだった。


「そうなの……かな?」


 思わずぽろりと口から溢れたのは、アタシの本音だったのだろうか。慌てて口を押さえようとしてももう遅かった。


 これでは、アストの顔なんて見られない。


 そんなことを思ったアタシの気持ちを知ってか知らずか、アストは変わらず柔らかい声色で続けた。


「それにさ。最終的には、そういう気持ちって、きっとなるようにしかならないモノだと思うんだよね」


 見られない、なんて思ったのに、あっという間に前言撤回。思わずアストの方を見上げると、その声色と同じ様な笑顔がそこにはあった。


「そう、じゃないかな?」


「たしかにそうかも。……ん? あー。たしかに、うん、そうかもしれない」


 思わずそう答えてしまって、一旦悩んで、改めてしっかりと飲み込めた。たしかに、言われてみればそんな気もしてくる。『なるようにしかならないし、ならないようにはならない』、物事って案外そんなモノだ。


「お、意外とすんなり納得してもらえた。……そういう経験があるとか?」


「んー、何かで読んだことが……あ」


 またしても口から言葉がこぼれ落ちた。いろいろな意味で口元が不安定すぎる。きっと集中力が足りていないせいだろうけど、今はそんなこと構っていられない。


 アタシの言う『何か』は、基本的にはマンガ。何せアタシは、母親譲りの、筋金入りの少女マンガ党だ。いつだったか、フウマとふたりだけで話していたとき、今みたいにぽろっと言ってしまって散々からかわれたことを思い出す。あれは本当に本当に、人生の汚点とも言えるくらいの大失策で――――。


「ふーん……。それって、何? 小説とか? それともマンガとか?」


 だけれどアストは、そんなことなど気にも留めないように、むしろアタシの『読んだ』という言葉に食いついてきた。柔らかな笑顔が、今はもう完全に楽しそうな笑顔に変わっていた。


「……マンガかな。アタシ、少女マンガが好きで」


「イイじゃん。何で一瞬『マズい!』って顔したのかはちょっと気になるけど」


「まぁ、ちょっと、……それはね」


 敢えてちょっとだけぼかして言ってみた。強がりにもなっていなさそうだけど、一応気分の問題だった。


「少女マンガなら、ボクもたまに読むけどね」


「え、ウソっ!?」


「たまにね、ホントにたまーに。……っていうか、そこまで驚かなくても良くない?」


 何だか楽しそうに笑ってアストは言う。


 いやいや。そうは言うけれど。


「だって、一度もそういう話とかしてくれたこと無かったし」


「だって、セナがそういう話するときって大抵ナミとでしょ? そこに割って入るのは、ちょっとね」


「別に、全然入ってきて良かったのに」


 すぐそうやって遠慮するように一歩引くところはアストっぽくもあるけれど、もしそれを知っていたら――。そんなことを思っているうちに、ひとつの疑問にぶつかった。


「そっか。そういえば、アストとこういう話するのって、何気に初めてとかかも?」


「……言われてみれば、そうかも」


 アストの言うとおり、アタシがこういう話をするときの相手は、基本的にはナミを筆頭にした女子。フウマとの一件があってからはとくに、そういう傾向が強かったような気がする――というかそもそも男子相手に本やマンガの話題を振ったり振られたりすることが無かった。


「何か新鮮。っていうかむしろ、なんで今までしてこなかったんだろ、って感じだよね」


 うんうん、と微笑みながら頷くアストの頬は、いつも以上に緩んでいるように見えた。


「だったら今度からはアストにもそういう話振っちゃおうかな」


「全然、構わないよ」


「え、いいの? アタシ、ふつーに甘えるよ?」


「……セナから先に言っておいてそういう反応するの?」


 眉をハの字にして、ちょっとだけ困ったように微笑むアスト。そんな様子が面白くて、持っていたペットボトルを落としそうになるくらいに笑ってしまう。


「だってアタシ、アストの好みじゃない本の話とかするかもよ?」


「今は知らなかったり、好みじゃ無かったりするかもしれないけど、セナから教えてもらえればボクも好きになるかもよ?」


 アストのセリフに弾かれたように、彼の顔を見上げた。


「でしょ?」


 ちょっと首を傾げながら。さらに、ちょっとだけいたずらっ子のような表情を浮かべながら。アストは、アタシにそう投げかける。


「ボクだって、セナが好きじゃ無いかもしれない本の話とかするかもしれないしね。ほら、それならおあいこでしょ?」


「う、うん」


「はい、決まり」


 満足そうに前を向きつつ、レモンティー。機嫌の良さから来るのか、いつもよりも勢いよく彼の喉が鳴っている。


「……アスト、意外と()しが強いのね」


「そうでもないと思うけどね」


 ペットボトルのキャップを丁寧に閉めたアストは、こちらに向き直って言った。


「そもそも圧しの強さで言ったら、普段のセナには負けるよ」


「なぁにそれぇ」


 げしげしと、アストの脇腹に肘を入れてみたりする。少しくすぐったそうに身体をよじったアストに笑いながらも、ひとつ言おうとしていたことを思い出した。


「そういえば、さ」


「うん?」


「アストは、大丈夫だったの?」


 この流れなら言ってしまえるかもしれない。そう思ったアタシは思い切って抱えていた質問をアストにぶつけてみた。割とストレートに訊いてしまった気もするけれど、仕方ない。これをわざわざ面倒な言い方をするのも違う気がしたからだ。


「何のこと?」


「この前もさっきも、アストに訊こうと思ってたんだけど」


 アタシとフウマがくだらないことでやり合っているときなんかもそうだけれど、アストがナミといっしょに話をしていたり、笑っていたりしていたのをよく見ていた。その雰囲気は傍目から見てもイイ感じで、だからこそあの時ユミも『どの組み合わせで』付き合っているのか、と訊いてきたに違いなかった。


 そういうようなことを詰まりながら言ってみると、アストは一瞬だけ俯いたものの、そのまま空を見上げた。アストの視線を追うようにアタシも空を見上げようとして、失敗した。アストの横顔に釘付けにされたように、アタシの視線は動かなくなった。


 小さく深呼吸をして、もう一度訊いてみる。


「だから、大丈夫なのかな? って思って」


「……まぁね」


 想像していたのよりもずっと曖昧な答えと笑みが返ってきた。


 もしかすると、アタシが思っていたよりも――。そんなことを考えてしまうくらいには切なそうに、アタシの目には見えた。同時に、今日の昼休みに自分だけあの場を離れてしまったことを申し訳なく思った。


「じゃあ、アタシたちって仲間?」


「……そうなのかな?」


「えー? アスト、冷たーい」


「そもそも何のつながりの仲間なのさ」


 そう言って苦笑いを浮かべたアストの脇腹にもう一度軽く攻撃しながら、アタシのアタマは明日からのことをぐるぐるととりとめも無く考えていた。



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