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恋の音色は星空と輝く  作者: 御子柴 流歌
第5章: アストライアの動揺
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7-2: そして、新しいアタシたちになる


 うつむき気味にこちらに近付いてきていたナミは、アタシたちの姿を見ると驚いたようにその大きな目をさらにまんまるにする。例えて言うなら――なんていう前置きをするほど綺麗な例え方はできないけど、それでも今、ナミがどんな気持ちでここまで来たのかは何となくわかる気がした。


「ナミっ!」


 だからアタシは、ここが駅のホームであることは一瞬だけ忘れることにして、少しでも彼女が前を向けるように大きな声を出す。もっとも大抵の学生が夏休みに入っていて、働いている人たちもあらかた会社に向かいきったこの時間帯。人の数はそれほどでもなかった。


「……セナ」


「ん? どしたの?」


 実際ものすごく元気だけれど、空元気だと思われても別に構わない。だって相手はナミだし、他にいるのはこのふたり。何を取り繕う必要があるだろうか。


「セナ、ごめんね……」


「え?」


 ぽろりとこぼれ落ちた涙に、思ってもいなかったナミの第一声に、思わずアタシは訊き返してしまう。


「ご、ゴメンって、そんな。アタシは別に、ナミに謝ってもらうようなことなんて、全然されてないよ?」


「だって、私……!」


 声はそこまで大きくはない。いつもと同じくらいだ。だけど、すっかり震えてしまった彼女の声は、何かに縋り付こうとしてそれでも何とか耐えようとしているようにしか聞こえなかった。その声のおかげか、困惑気味だったアタシの思考回路は少しずつ整理されてきた。


「私、セナを傷つけるみたいなことを……!」


「だーかーら。ナミはそんなことしてないでしょ?」


「でもっ……!」


「第一っ!」


 がしっとナミの両肩を掴む。ちょっと力加減を間違ったようで、ナミの肩はアタシの手を跳ね飛ばすような勢いで跳ねた。


 底へ、底へと潜っていくようなナミの思考を強引に引き上げるには、アタシが思いつけるのはこれだけだ。もう少しかっこいいことが言えたりできたりすればいいのかもしれないけれど、アタシは結局アタシでしかない。


 だから、いつだってアタシは、等身大のアタシがやれることをやるだけだ。


「アタシはどこも傷ついてないし、何なら今またこうやってナミと向き合えてるんだから、すっごい幸せだよ」


「…………せなぁぁぁ!」


「あ、コラっ!」


 朝から涙でぐちゃぐちゃになってしまった顔を形振り構わずこすりつけるように、アタシに抱きつくナミ。ほんわかとあったかい笑顔だったり。年相応くらいに明るい笑顔だったり。おとなしそうな佇まいだったり。しっかりと集中した顔つきだったり。ナミのそういう顔は今までもよく見てきたつもりだったけれど、こんなに感情を表に出した彼女の姿は、もしかしたら初めて見たかもしれない。


「……よしよし」


 何となく嬉しくなってしまって、アタシはナミの頭を撫でる。ついでにさらさらロングな髪も手櫛で梳いてしまう。


「ねえ、フウマ」


「ん?」


 だいぶ落ち着いてきたもののそのままアタシの胸元に顔を埋めたままのナミを抱きしめつつ、フウマに訊いてみる。何となく認識のズレみたいなものがあるような気がしてならなかったわけで、これを問いただしておかないといけないような気もした。


「アンタさぁ、ナミに変なこと吹き込んだわけじゃないよね?」


「いや。そういうことは言ってないんだけど……」


「じゃあ何よ」


 そういうところで歯切れが悪いと、余計に気になるでしょうよ。


「謝ったんだよ、昨日。っていうか、あの後。『いい加減なことばっかり言ったりして、傷つけて、ゴメン』的な感じで」


「あの後って、閉幕式の後?」


「そう」


 何を伝えようとしていたのかは気になっていたけれど、まさか謝罪をしているとは思っていなかった。


「で、……まぁ、その、アレだ。さっきまでの話につながるわけだけどさ」


「さっきまで……ああ」


 フウマが頬を掻きながら、珍しく照れている。そのおかげで何を話そうとしているのかも察することが出来た。


「正式に付き合ってくれ、って言ったんだよ」


「『お試し』じゃなく、ね」


「ん」


 恥ずかしさが漏れ出しているようにフウマの耳が赤くなっていた。ここまで話してくれたのなら、アタシたちのことをアストから聞き出したことは水に流してあげてもイイかな、なんて思えた。


「それで、答えは?」


「……それが、まぁ……うん」


 フウマは口篭もりながら、ナミに、ゆっくりと視線を向けた。


 ――まさか、この娘は。


「ナミ?」


「……ぅん」


 できる限り優しい声色で。でも、彼女を抱きしめる腕にはちょっとだけ力を入れて。


「ナミ、よかったね」


「……いいの?」


「なんのこと?」


 ――ああ、やっぱりか。


「私、フウマくんのこと、好きでいてもいいの?」


 そう言うと思った。本当にナミは変なところで遠慮する。アタシにそんな配慮なんてする必要ないのに。


「……ってなことをこの娘は言っておりますが、当のフウマさんはいかがでしょう?」


「お前、さすがにそれはちょっとイジワルじゃね?」


 苦笑いを向けてきたフウマに小さく舌を出してやる。


「……なぁんてね。アタシはアタシで好きな人がようやく出来たし」


 なおもグズりそうなナミをそのままフウマの胸元に預ける。ふたりのびっくりした顔には笑顔を送りつけながら、アタシはそのままアストに抱きついた。


「だから、ナミもフウマも、……もちろんアストもだけど。誰にも、なーんにも、遠慮なんかする必要無いんだから」


 ね? と念押しするように言えば、フウマは付かないカッコを付けて呆れたように笑うし、ナミはようやく何かを吹っ切ったように泣き笑いをした。


 ははぁ、と小さく納得したようなため息が聞こえたので、その吐息が聞こえた方を見上げる。丁度のタイミングでアストもこちらを見たようで、ばっちりと視線がぶつかった。


「そういうことか」


「そういうことだよ。……だって、アタシが遠慮しないからね」


 理解してくれた。相変わらずこの辺の察しが良くて嬉しい。


 いつだってアタシを見てくれていたアストは、アタシの考えていることとか思いついたことは何となく察してくれている。アタシは彼に比べれば察する力はまだまだ足りていないけれど、これからはきっと大丈夫。アストがアタシのことを見てくれていたみたいに、これからはもっともっとアストのことを見ていくのだから。


「じゃあ、とりあえず並んでおこっか」


「そうだね」


「だな」


「……うんっ」


 それぞれで手を繋ぎ合って、電車が来るのを待つ。


 間もなくして、久方駅のホームに到着のベルが鳴り響いた。

 

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